誰も僕を責めることは出来ない3

谷は考えていた。
土方は俺の事を好いてはいない。
近藤は単純だから入り込める余地もあるが、土方は違う。
このままでいれば問題は無いかもしれないが、伊東という波がたった今。
今こそが、土方を押しのけ更なる高みへ登る機会である。
だからといって、土方を直接どうこうしない。
そんな事は伊東に任せて置けばいいのである。
とりあえず、その伊東に取り入らねば…。



夜、やはり総司の代理として巡察に出る新八を、土方は見送りに出ていた。
「珍しい」
「大丈夫なのか?…体は」
刀を確認してから新八は、両腕を持ち上げて見せた。
「結構元気ですよ?」
「…なら良い。行け」
土方と新八の様子を見守っていた隊士達に、新八は声をかける。
そして、夜の取り締まりへと彼らは屯所を後にした。
それを見送ってから部屋に戻る土方とは別に、そっと、左之もまた新八を見送っていた。
今日久々に間近で見た新八の顔が、左之の脳裏に焼き付いて離れない。
…疲れている。
倍になった仕事量もそうだが、土方の部屋での寝起きという通常ではない生活と、それを噂する屯所の雰囲気に彼は疲れているのではないか。
土方は、気付いていないのだろうか。
屯所の外へ消える巡察隊から、左之は立ち去った土方の方へ視線をずらしていた。



土方は自室には戻らず、まっすぐ総司の部屋に入った。
「…何を、眉間に皴を寄せてるんですか?」
入るなり、総司の声がした。
「いつものこった」
「そうかな。今日はまた、一段と苦悩している様子ですが…」
布団から上体を起し、土方の顔を覗き込む総司。土方は眉間の皴とやらを伸ばそうと、指を顏に伸ばした。
「永倉さんは、また出られたんですね」
「…ああ」
「いい加減、永倉さんを休ませてあげたらどうですか?」
「俺が、休ませて無いというのか?」
最近、顏を合わせればこんな会話を繰り返してる気がした。
だが、毎回毎回、総司は粘る。
「あなたと同じ部屋で寝起きして、疲れが取れるはずがないでしょう」
「酷い言いようだな。あいつ、結構いびきでかいぞ」
「じゃ、逆に、土方さんが眠れてないんじゃないんですか?」
睨む様に見つめてくる総司に、土方は溜息と共に顏を伏せた。
そんな土方に、被せるように総司は言った。
「永倉さんは私じゃないし、原田さんはあなたじゃない。二人を、私たちの身代わりには出来ないんですよ」
白く細くなった総司の手が、土方の手に重ねられた。



伊東は、扇子を口に当てて微笑んでいた。
土方がこの男が好きじゃない理由が、ちょっと左之にはわかる。
神経を、逆なでするタイプなのだ。
「原田さんも、行くでしょう?」
「あ、ああ…」
微笑む伊東の顔に、ひきつった笑みしか返せない左之を判っているのかいないのか、平助が彼の腕を取った。これから、飲みに出ようと言うのだ。
伊東の背後には、いつも付いて回る内海と篠原と弟の三樹三郎。
この面々と、更には谷と平助と他数人の隊士でもって飲みに行こうという。
「じゃあ出発!」
「っておい、土方さんには…」
「参謀が一緒なんだよ? 何言ってるの原田さん」
強引に腕を引く平助に、左之は頭を掻いた。
山南が切腹して以来、彼の近藤・土方離れは凄まじく、その間の溝は決定的とも言えた。
しかし、左之はそうじゃない。
山南の切腹に思うところはあれど、左之はあまり権力闘争の様なものに関わる気はなかった。
彼は、日々を確実に、そして新八と共に生きて行ければ十分だったのだ。
迷い困った左之の目に、廊下の向こうに消えようとする斎藤の姿が映ったのは、その時だった。
「おい、斎藤!お前も来い!!」
左之のその声に、斎藤が振り返り。
伊東がまた少し…笑った。



夜が更けていく。
左之は伊東達と共に飲みに出かけ。
土方は総司の様子を見。
そして新八は…





そっと、刀に手をかけていた。
「………広がれ!!!」
新八が叫ぶと、路地の影からわっと彼の周囲に人影が飛びだしてきた。
夜と明け方の巡察は、一番こうした事が多い。
キン!と新八と刀を合わせた相手が、小さく呟いた。
「今日もまたお前か…」と。
その言葉に、新八は「まさか」と心中で呟き返した。
もしこの襲撃が、何日も前から綿密に計画されたものだとしたら…新八は刀を奮いながら、全体の様子を見た。
巡察隊の人数と、ほぼ同数程度が襲撃にきていた。
新八の視線に気付いたのか、男はニヤリと笑うと、指を口に当てた。
ピュー!!!
甲高い音が夜空に響き、風が木々を撫でた。



吉村の報告に、土方は「けっ」と短く答えた。
伊東がまたぞろぞろと隊士を連れて、飲みに出かけたという。
…そうやって、仲間を増やそうとしているのだろう。
「楽しく飲んで笑って…ふやけた気分でしきれる組織か、ここは」
そしてまた、土方はその一行の面々の中に谷がいる事に…薄く笑った。
やはりあの男、伊東へ走ったか。
「俗物どもが」
「いかがなさいますか?」
「放っておけ…と言いたいが、妙な動きがあれば、また報告してくれ」
妙な動きがあってくれた方が…楽かもしれない。
土方の脳裏に、伊東の笑みが浮かんだ。



人数が増えた。
男の口笛が合図となって、更なる人数がなだれ込んでくる。
これは確実に計画された襲撃だと新八は思った。
新八のこめかみに、汗が噴きだす。
まだ寒いこの時期に、全身から湯気立つような戦闘。
「…キリがねぇ!」
珍しく息の上がった新八に、隊士が一人進言する。
「組長!増援を呼んだ方がっ!!」
「二人行け!」
「え、でも」
ただでさえ多勢に無勢なのに、二人も抜けては…たじろぐ隊士に、新八は笑った。
「俺を誰だと思ってやがる?」
その笑みに、隊士は頷くと二人、乱闘を抜け走り出した。
「おい、二人行ったぞ!!!」
敵もそれに気付いて叫ぶが、それは新八が斬り倒した。
走った二人への道を塞ぐように立ち、新八は叫んだ。
「俺を倒せたら、追うんだな!!!」
その体が奇妙に熱を帯び始めていることを、新八自身が不吉に感じていた…。





酒が心地よくまわり、谷は厠に立った。
小さな窓からは、冷たい夜風が吹き込んでいる。
普段なら身震いしそうだが、今は体が火照っているので気持ち良い。
彼は用を終えても、暫くその風を受けていた。
窓の方へ顔を寄せ、より多く風を受ける。
今日はよく喋った。…もっぱら伊東を持ち上げることを。
本当なら永倉を引き込む事で機嫌を取ろうと思ったのだが、酒の席で伊東を笑わせる事の方が遥かに簡単だし、楽だった。
それにしても伊東と言う男、何を言ってもよく笑う。
「馬鹿なのか、それとも…」
ふぅ…と谷が酒臭い息を吐いた瞬間、小さな窓に走る人影が見えた。
その姿に、一瞬で谷の意識が冷める。
何故ならそれは、間違いなく…新選組隊士だったからだ。
谷は急いで厠から出ると、伊東達の元に走ろうとした。
が、ふと足を止める。
あの隊士達は、確か永倉と一緒に巡察に出たのではなかったか。
谷の中で、伊東への捧げ物が様々な形・映像になってグルグルと回った。もしかしたら、酒よりも早く彼の中を駆け巡ったかも知れない。
「………ふむ」
谷は再び走りだした。
それは、伊東達の元ではなく…
「お前らどうした!?」
「た、谷先生!!!」
直接、走る隊士達の元へと。
彼の顔を見て、隊士達の顏に明らかに安堵感が広がる。
その表情に満足しながら、谷は尋ねる。
「何があった?」
すると、二人は息急き切って語りだす、永倉の窮地を。
再びグルグルと谷の中を巡る思考。
谷はにっこりと笑った。
「判った。そこで今、連れが飲んでいる。私は伝言を託してから後を追うから、君たちはすぐに戻って永倉先生のお力になるのだ!」
谷の力強い言葉に、隊士達は大きく頷き、力を取り戻し走り出した。
その後ろ姿を見つめて、谷は…また笑う。
そして悠々と、彼は宴会場へと戻っていった。
まるで軽やかに踊りだしそうな足取りで。鼻歌も出てしまいそうな笑顔で。
彼の脳内では、これからの自分の明るい未来への階段が見えていたのかもしれない。
…が、彼は知らない。
そんな彼を見つめる存在が、複数あったことを。









□ブラウザバックプリーズ□

2008.11.20☆来夢

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喧騒の中で時代は眠り続ける




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