誰も僕を責めることは出来ない2

屯所に噂が立っていた。
新八はその噂に頭を掻く。
「永倉組長、宜しいんですか…?」
稽古中の2番組の隊士がこそっと呟いた。
その言葉にも、新八は頭を掻いて「う〜ん」と唸るばかり。
「原田先生と永倉先生が不仲らしい」
「永倉先生が副長室で寝起きをしているのは、何故?」
「いよいよ沖田先生は具合が悪いのだろうか…」
人の噂も75日。
更には、真実を目の前に突きつけてやれば、そんなものは一瞬で吹き飛ぶと新八は思っていた。
が、新八が土方の命令で、彼の部屋で寝起きしているのは事実で。
何故か最近、左之と非番は全くかち合わず。
稽古の時間も隊務の巡りも、何もかもが二人を引き離していた。
「何だかなぁ」
ぼんやりと空を見上げた新八に、でっぷりとした影が近づいたのはその時。
「お悩みが多そうですなぁ」
「…谷さん…」
「ちょっと一緒に出ませんか?」
新八の傍らには、いつの間にか現れた谷が笑顔を見せていた。



土方が日課の如く、総司の部屋を訪れる。
「…何を立ち上がってる!」
「何って、たまには稽古でもしようかな〜なんて」
土方は部屋に入って早々に、目を丸くして叫んだ。
それに対して、総司は寝巻きから稽古着に着替えてニコニコ顏。
だが、白さを増した顔色は、嫌でも目に付いてしまう。
「今丁度、永倉さんもいるみたいだし」
ちらっと総司が道場の方向を見やる。
だが、土方は溜息をつくと、その細くなってしまった肩に手をおいた。
「寝ていろ、総司」
「これ以上寝てたら、いざ仕事って時に動けませんよ」
「仕事なら、新八か斎藤が代わる」
絞りだすように言う土方を、総司はまじまじと見つめる。
「………永倉さんを倒れさせる気ですか?」
「何だって?」
「どうして永倉さんと原田さんを引き離すんですか?」
「そんな事はしていない」
「してますよ」
確かに、している。
土方は心の中では認めた。が、それを表には出さない。
別に新八の事も左之の事も、嫌いでしているわけじゃない。むしろその逆だった。
「………辛い思いをする感情は、捨てた方が良い」
小さく呟き、顏を逸らす土方を、総司は小さく笑った。
「それは、誰の事を言ってるんですか?」と。
「…………総司、俺は…」
土方が何かを言おうとして、やめる。
障子の外に、人の気配がしたからだ。
「何だ」
土方の声に、すっと障子が開く。
そこに顏を覗かせたのは、山崎。
「谷先生と永倉先生が出かけられました」
「何だと?」
「それと、それより少し前に、伊東先生も…」
山崎の報告に、総司がハッと土方を見る。
その視線に気付きながら、土方は山崎にだけ言葉を発した。
「つけろ」
「吉村が、既に」
山崎はそれだけ言うと、頭を下げて去っていった。



年が明けてそろそろ3月が丸々過ぎようとしている。
「土方さんに言わなくて、大丈夫だったかな〜」
ぼんやりと新八は呟いた。
隣りでは谷が、丸い顔を揺らして歩いている。
普段からあまり会話する相手でも無いし、好き好んで付きあいたい人でも無い。
ただ何となく、あの屯所の雰囲気から逃げ出したかっただけかもしれない。
それでも新八は、最近何かと五月蝿い土方に言わずに出てきて良かったかと…
「伊東さんに許可を貰ってますから」
ふいに谷が呟いた。
「伊東参謀?」
思わず目を丸くした新八に、谷は小さく頷く。
「それは…」
余計にやっかいかもなぁ…と新八は頭を掻いた。
伊東参謀と言えば、土方の天敵。
「もしかして、今から伊東さんと落ち合うなんて…」
「だから、今日はゆっくり休めますよ」
不安が募る新八とは反対に、谷はあくまでニコニコ顏で頷く。
それを心の中で「おいおいおい」と眺めながら、新八は辺りを見回した。…何か、途中で引き返す理由が欲しかったから。
しかし二人の歩く京の町は、とても平穏で。
にこやかな商人の店に、年頃の娘が2人ではしゃいでいたり。花売りの婆さまがすれ違ったり。団子を貪る親子がいたり。…接点が無い。
そう新八が思った瞬間、視界の隅に…吉村がいた。



吉村が、急にきょろきょろし始めた新八に気付く。
二人の歩く道の先には、伊東が既に入った店がある。
やはりそこに行くか…
吉村は近くの店で団子を買いながら、考えていた。
気もそぞろで釣りを受け取り、更に二人を追おうとした彼の肩を、誰かがポンと叩く。
「あ…」
「吉村君じゃないか、団子を買って帰るのか?」
「篠原さん」
振り向いた所に、同じ監察の篠原がいた。…明らかな伊東一派の彼が。
今日の行動は、山崎と吉村二人の極秘行動である。篠原に知れるわけにはいかなかった。
が、道の向こうには谷と新八。
言い逃れのしようがない状況に、吉村は笑った。
「ええ、沖田先生にと思いまして」
「ほう…その為に、わざわざこの店へ?」
篠原はチラリと団子屋を見る。
屯所からそう近くも無い団子屋。団子を買う事が目的ならば、ここをわざわざ選んで来る必要もない。
さて、どう答えようか。
一瞬逡巡した吉村の耳に、感情のこもらない声が届いたのはその時だった。
「私の散歩に付きあわせた帰りでね」
はっと、篠原が吉村の背後、団子屋の奥から現れた男を見た。
「厠に寄っていたんだが…吉村君がどうかしたか?」
「斎藤先生でしたか」
篠原は内心で「ちっ」と舌打をすると、会釈をして去っていった。
吉村は去っていく篠原の後ろ姿と、突然現れた斎藤とを見比べて…首を傾げた。
「偶然でしょうか?」とわざと笑みを浮かべて。
「必然を隠したければ、偶然にするしか無いな」
ふんっと鼻息一つ笑うように、斎藤が吉村を見ずに呟いた時。
「あれ、斎藤もいる」
二人の前に、きょとんとした新八の顔が現れたのだった。



谷が一人で辿り着いた部屋には、篠原と内海がいた。
だが、伊東の姿は無い。
「……永倉君は、来なかったようですな」
内海は酒を一口飲むと、刀を腰に戻して立ち上がった。
もう帰るという姿勢だ。
「途中で用があると…伊東先生は?」
「もう少し、警戒なさった方が良い」
篠原も内海に続いた。といっても、彼の方は谷同様、まだ到着したばかりといったかたちだったのだが。
「警戒?」と首を傾げた彼に溜息をつき、篠原は言った。
「壁に耳あり障子に目あり…ですよ」



「奇遇ですね!」
人の良さそうな吉村の笑顔につられて、新八もにっこり笑う。
「今そこまで谷さんと一緒だったんだけどさ、吉村の姿が見えたから別れてきたんだ」
「ほう、あんたと吉村がそんなに仲良しとは」
「意地悪言うなよ、斎藤」
吉村から団子を一本貰い、新八はそれを頬張りながら溜息をついた。
三人はぶらぶらといった風情で、屯所へと歩く。
「何か最近変なんだよな〜」
「新選組で、おかしくない事があったか?」
思わずぼやいた新八と斎藤が目を合わす。
暫く見つめあってから…新八はポンと手を叩いた。
「そりゃそうだ」と。
くすっと笑う吉村や、少し笑いながら頷く斎藤と並び、新八も笑う。
屯所の門が近くなったところで、その笑う視界に巡察帰りの左之の姿が映る。
「お、左之〜〜〜〜っっ!!」
「!新八!!」
手を振りながら、斎藤と吉村を置いて左之の元へ走る新八。
左之も隊士達と離れ、新八の元へ駆け寄った。
同じ屯所にいながらまるで久々の再会を果たしたかのような二人に、誰もが苦笑する。
そしてこの瞬間、屯所に渦巻いていた噂の一つがかき消された。



斎藤は二人を眺めながら、吉村に囁く。
「谷は俺が見張る」と。
顏は向けず、吉村は黙って頷いた。



賑やかな新八と左之の声に、土方は切ない溜息をついた。
無理矢理寝かしつけた総司は、今は夢の中にいる。
新八と左之と、総司と自分と。
何が胸を締めつけるのか。
それは眠る総司が物語っているのか。
谷と伊東と…どんどん混雑していく思考の中で、土方は…
「………畜生」
唇を噛みしめていた。








□ブラウザバックプリーズ□

2008.11.20☆来夢

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喧騒の中で時代は眠り続ける




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