誰も僕を責めることは出来ない5

新選組の象徴たる沖田の登場は、敵に大きな衝撃を与えていた。
その名前を聞いただけで、逃げていく者もいるほどだ。
まるで姿そのものが凶器であるが如く。
起した風までもが、刃であるが如く。
間違いの無い存在感を、まざまざと見せつけて。
「私は、沖田総司なんですよ」
そう言った総司の言葉を、土方は黙って受け止めるしか出来なかった。



風が、血の匂いを運んでいく。
そこに立っている人間が味方ばかりになった時、新八の体が力を失った。
「新八っ!?」
左之が腕を伸ばすと、それにすがりながらも新八は尻餅をついていた。
心配そうに見下ろしてくる、左之の顏が間近に。
たったそれだけの事で。
「………は〜…」
新八は心が満ち足りていくのを感じていた。
「…良かった…」
ぼんやりしている新八を抱きしめて、左之もその幸せを噛みしめる。
まず生きていてくれた。
そして大きな怪我も無く無事だった。
新八の隊が襲撃されただけではなく、窮地に陥っていると知った時の、胸を鷲掴みにされた気持ち。
体調が万全では無いだろうと思うだけで、足下から崩れていきそうな錯覚を覚え。
「新八ぃ…」
「あ〜良かった。俺さ、絶対死ねないって思ったんだわ」
「…は?」
左之に抱かれるままに任せている新八が、間の抜けた声を出す。
今にも泣きだしそうな顔をしていた左之が、新八を見ると。
「左之に会わずに死ねるかって、それだけで力出たんだぜ」
ははははっと笑っていた。
その笑顔に、左之はもう一度新八を抱きしめていた。



土方はそんな二人を、苦しそうに見つめていた。
そして、久々に刀を握り傍らに立つ総司を見る。
総司もまた、二人を見てから土方を振り返っていた。
「………言ったでしょう、あの二人は私たちじゃないって」
「総司」
「あなたが何を恐れているのかは判りますよ」
「総司!」
「あなたは、私の死を予想して怯えているんだ」
土方は総司を睨んだ。
吉村は、怪我人の隊士の手当てをする振りをして遠くへ離れる。
腹の立つほどに、気の利く男。
そんな事を頭の隅で考えながら、土方は総司に言い返す言葉を探した。
だが、見つからない。
左之が新八に肩を貸し、二人は立ち上がる。
どこからか、山崎も駆けつける。
吉村が隊士の血止めをしている。
総司が土方を睨んでいる。
「永倉さんを、身代わりしようと思ったんですか?」
「違う」
「永倉さんを失った原田さんを慰めて、自分を慰める気でしたか?」
「違う!」
「何も違わない。あなたのしていた事は、身代わりを用いた現実逃避ですよ。…土方さん」
「黙れ総司!!!」
土方の怒声に、その場にいた誰もが息を飲んだ。



だが、総司だけは驚きも怯えもしない。
逆に彼は肩をすくめると、笑ってさえ見せたのである。
「言われなくても…」
そして、次の瞬間、彼は血を吐いていた。



土方が真っ青な顏で目を見張り、手を伸ばす。
その腕に収まった総司が、まだ笑う。
「ほら」
彼は自分の手についた、自分が吐いた血を土方に示す。
「黙れ総司…」
「これが現実ですよ、土方さん」
「総司…っ」
悲痛な顏で土方が総司を抱きしめる。
その耳に、総司の声はどこまでも透明に響いた。
「逃げないで下さい、私の死から。それを乗り越えて、戦って下さい」
それはどこまでも、鋭く土方の胸に響いた…。








翌朝、谷が死体で発見された。
下手人は不明だが、土方には強く探す気もなかった。
伊東も何事も無かったかのように、日々を過している。
彼は内海にこっそりと呟く。
「やっぱり、永倉か斎藤は連れていきたいねぇ」と。
総司は、また横たわる生活に戻っていた。




自室で、荷物を片づけていた新八の元に、バタバタと足音を隠そうともせずに左之がやってくる。
「部屋、戻ったんだな!?」
「おう」
突然部屋に入ってきた左之に、当たり前のように新八は笑った。
「今夜泊まりに来て良いか〜〜〜〜っっ!?」
叫びながら抱き付いてくる左之に押し倒されながら、新八はきっぱりと返事を返す。
「嫌だ!」
「何でっ!?」
「だって土方さんだって結構いびき凄いんだぜ〜? 久々一人で静かに…そう!静かに寝かせろっ!!!」
静かに…と強調する新八に、左之は考え込む。
その胸に下では、新八が潰されかかっていた。
「俺の上で考え込むのはやめろ〜」
「………判った!!」
「お前、聞いてないだろ」
真上から大声で叫んだ左之に、新八は小さく唸る。
が、左之はそんな呟きは無視して、満面の笑みを浮かべると…
「お前が寝るのを見届けてから、後から俺が眠れば良いんだろ?」
嬉しそうにそう提案した。
のだが。
「お前のいびきで目が覚めたら、意味がないじゃねぇか〜〜〜っ!!!」
新八は叫ぶと、無理矢理その腕の中から這いだして逃げ出す。
それを慌てて追いかけながら、左之は叫んだ。
「だって新八が好きなんだから、仕方ないじゃねぇかよ〜〜っ!!!」
廊下に逃げていた新八は、辺りに響き渡ったその声にギョッとする。
現に、偶然通りかかってしまい左之の声を聞いた隊士達が、微妙な顏で逃げるように去っていくではないか。
その様子を呆然と見送りながら、新八は叫んだ。
「また噂が立つだろうが〜〜〜〜っ!!!!」




どこからか響く新八と左之の声に、土方は「けっ」と溜息を吐く。
彼は縁側で一人、物思いにふけっていたのだが。
「すこぶる元気になりましたな」
「…斎藤」
振り向けば、いつの間にか斎藤が彼の傍らに控えていた。
彼もまた今の声を聞いていたのだろう。
顏には僅かに笑みが浮かんでいた。
…恐らく。
恐らく谷を殺ったのは、斎藤だろうと土方は思っている。
だが、土方にはそれを責める気はなかった。むしろ、誉められるものなら誉めてやりたい。
せいせいしていた。
「……斎藤、俺はやるぜ」
「…は」
土方は前を見据えて呟く。
見るべき現実は判っている。
総司がそれを望むのなら、それをやってやろうじゃないか。
新八が、左之を支えに力を出したように。
戦う俺を見続けたいと思わせる事で、あいつの命を延ばしてやる。
「どれ程の血を流しても…」
ちらっと斎藤が土方を見る。
土方は笑っていた。
まさに、鬼の微笑。
「どれだけの犠牲を払っても、俺は突き進んでやる」
「…付きあいましょう」
この人を鬼にしたのは、あんただな…。
斎藤は思った。
今は眠る、白い青年を。




「歴史を人は責めません。突き進んで下さい、土方さん…」
総司が夢の中で、呟いた。





そして翌年、伊東一派が離脱する。
更なる流血の予感を漂わせながら。













□ブラウザバックプリーズ□

2008.11.20☆来夢

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喧騒の中で時代は眠り続ける




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