新選組の象徴たる沖田の登場は、敵に大きな衝撃を与えていた。 その名前を聞いただけで、逃げていく者もいるほどだ。 まるで姿そのものが凶器であるが如く。 起した風までもが、刃であるが如く。 間違いの無い存在感を、まざまざと見せつけて。 「私は、沖田総司なんですよ」 そう言った総司の言葉を、土方は黙って受け止めるしか出来なかった。 風が、血の匂いを運んでいく。 そこに立っている人間が味方ばかりになった時、新八の体が力を失った。 「新八っ!?」 左之が腕を伸ばすと、それにすがりながらも新八は尻餅をついていた。 心配そうに見下ろしてくる、左之の顏が間近に。 たったそれだけの事で。 「………は〜…」 新八は心が満ち足りていくのを感じていた。 「…良かった…」 ぼんやりしている新八を抱きしめて、左之もその幸せを噛みしめる。 まず生きていてくれた。 そして大きな怪我も無く無事だった。 新八の隊が襲撃されただけではなく、窮地に陥っていると知った時の、胸を鷲掴みにされた気持ち。 体調が万全では無いだろうと思うだけで、足下から崩れていきそうな錯覚を覚え。 「新八ぃ…」 「あ〜良かった。俺さ、絶対死ねないって思ったんだわ」 「…は?」 左之に抱かれるままに任せている新八が、間の抜けた声を出す。 今にも泣きだしそうな顔をしていた左之が、新八を見ると。 「左之に会わずに死ねるかって、それだけで力出たんだぜ」 ははははっと笑っていた。 その笑顔に、左之はもう一度新八を抱きしめていた。 土方はそんな二人を、苦しそうに見つめていた。 そして、久々に刀を握り傍らに立つ総司を見る。 総司もまた、二人を見てから土方を振り返っていた。 「………言ったでしょう、あの二人は私たちじゃないって」 「総司」 「あなたが何を恐れているのかは判りますよ」 「総司!」 「あなたは、私の死を予想して怯えているんだ」 土方は総司を睨んだ。 吉村は、怪我人の隊士の手当てをする振りをして遠くへ離れる。 腹の立つほどに、気の利く男。 そんな事を頭の隅で考えながら、土方は総司に言い返す言葉を探した。 だが、見つからない。 左之が新八に肩を貸し、二人は立ち上がる。 どこからか、山崎も駆けつける。 吉村が隊士の血止めをしている。 総司が土方を睨んでいる。 「永倉さんを、身代わりしようと思ったんですか?」 「違う」 「永倉さんを失った原田さんを慰めて、自分を慰める気でしたか?」 「違う!」 「何も違わない。あなたのしていた事は、身代わりを用いた現実逃避ですよ。…土方さん」 「黙れ総司!!!」 土方の怒声に、その場にいた誰もが息を飲んだ。 だが、総司だけは驚きも怯えもしない。 逆に彼は肩をすくめると、笑ってさえ見せたのである。 「言われなくても…」 そして、次の瞬間、彼は血を吐いていた。 土方が真っ青な顏で目を見張り、手を伸ばす。 その腕に収まった総司が、まだ笑う。 「ほら」 彼は自分の手についた、自分が吐いた血を土方に示す。 「黙れ総司…」 「これが現実ですよ、土方さん」 「総司…っ」 悲痛な顏で土方が総司を抱きしめる。 その耳に、総司の声はどこまでも透明に響いた。 「逃げないで下さい、私の死から。それを乗り越えて、戦って下さい」 それはどこまでも、鋭く土方の胸に響いた…。 翌朝、谷が死体で発見された。 下手人は不明だが、土方には強く探す気もなかった。 伊東も何事も無かったかのように、日々を過している。 彼は内海にこっそりと呟く。 「やっぱり、永倉か斎藤は連れていきたいねぇ」と。 総司は、また横たわる生活に戻っていた。 自室で、荷物を片づけていた新八の元に、バタバタと足音を隠そうともせずに左之がやってくる。 「部屋、戻ったんだな!?」 「おう」 突然部屋に入ってきた左之に、当たり前のように新八は笑った。 「今夜泊まりに来て良いか〜〜〜〜っっ!?」 叫びながら抱き付いてくる左之に押し倒されながら、新八はきっぱりと返事を返す。 「嫌だ!」 「何でっ!?」 「だって土方さんだって結構いびき凄いんだぜ〜? 久々一人で静かに…そう!静かに寝かせろっ!!!」 静かに…と強調する新八に、左之は考え込む。 その胸に下では、新八が潰されかかっていた。 「俺の上で考え込むのはやめろ〜」 「………判った!!」 「お前、聞いてないだろ」 真上から大声で叫んだ左之に、新八は小さく唸る。 が、左之はそんな呟きは無視して、満面の笑みを浮かべると… 「お前が寝るのを見届けてから、後から俺が眠れば良いんだろ?」 嬉しそうにそう提案した。 のだが。 「お前のいびきで目が覚めたら、意味がないじゃねぇか〜〜〜っ!!!」 新八は叫ぶと、無理矢理その腕の中から這いだして逃げ出す。 それを慌てて追いかけながら、左之は叫んだ。 「だって新八が好きなんだから、仕方ないじゃねぇかよ〜〜っ!!!」 廊下に逃げていた新八は、辺りに響き渡ったその声にギョッとする。 現に、偶然通りかかってしまい左之の声を聞いた隊士達が、微妙な顏で逃げるように去っていくではないか。 その様子を呆然と見送りながら、新八は叫んだ。 「また噂が立つだろうが〜〜〜〜っ!!!!」 どこからか響く新八と左之の声に、土方は「けっ」と溜息を吐く。 彼は縁側で一人、物思いにふけっていたのだが。 「すこぶる元気になりましたな」 「…斎藤」 振り向けば、いつの間にか斎藤が彼の傍らに控えていた。 彼もまた今の声を聞いていたのだろう。 顏には僅かに笑みが浮かんでいた。 …恐らく。 恐らく谷を殺ったのは、斎藤だろうと土方は思っている。 だが、土方にはそれを責める気はなかった。むしろ、誉められるものなら誉めてやりたい。 せいせいしていた。 「……斎藤、俺はやるぜ」 「…は」 土方は前を見据えて呟く。 見るべき現実は判っている。 総司がそれを望むのなら、それをやってやろうじゃないか。 新八が、左之を支えに力を出したように。 戦う俺を見続けたいと思わせる事で、あいつの命を延ばしてやる。 「どれ程の血を流しても…」 ちらっと斎藤が土方を見る。 土方は笑っていた。 まさに、鬼の微笑。 「どれだけの犠牲を払っても、俺は突き進んでやる」 「…付きあいましょう」 この人を鬼にしたのは、あんただな…。 斎藤は思った。 今は眠る、白い青年を。 「歴史を人は責めません。突き進んで下さい、土方さん…」 総司が夢の中で、呟いた。 そして翌年、伊東一派が離脱する。 更なる流血の予感を漂わせながら。 |
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