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県立春日山高等学校に通う石竹蓮は、私の幼なじみ。
家が隣で親同士が仲良しで子供が同い年と来れば、私達も小さい頃からずっと一緒。
幼小中高一緒と最早腐れ縁と言っても過言じゃない。
自分達がそう思ってるから、周りもそうだと思っていたら。
極一部、突っ走ってる人達がいたらしい…です。


金曜日の学校帰り、携帯にメール着信アリ。
開いてみると、あらお母さんのアドレスから。
『今から2泊3日で石竹さんご夫婦と旅行でーす。日曜日に帰るから、それまで蓮君とヨロシク☆』
…すみません、意味が判りません。
慌てて母に電話を掛けると、呑気に出た声の背後で新幹線のアナウンスが響いていた。
マジで今から!?
「ちょっ蓮とヨロシクって…っ!」
「女の子1人は危ないから、石竹さんちにいるのよ〜じゃあね〜」
「じゃ…!?」
プチっと切られた通話に、切れそうになったのは私の血管だったかもしれない。

母の背後で「行ってくるよ〜」と陽気に叫んでいたのは父だろう。
万年新婚夫婦め、もうちょっと娘の気持ちも考えやがれ。
はーと溜め息をつきながら誰もいない家の玄関を開ける。現実に誰もいないという事実よりも、これからの2泊3日間ここには自分しか存在しないのだ、という事実が空気を冷たく感じさせた。
怖いわけじゃないが、不気味ではある。
「まったく…」
とりあえず、わざわざ蓮の所に押しかけなくても3日くらいどうとでもなる。
そう思った私は、ジュースを飲もうと開けた冷蔵庫の前で絶句した。
「……空…!?」
驚いて野菜室・冷凍庫も開けるが、綺麗に空。
インスタント食品を置いている場所も、空。
そしてキッチンに書き置きが1枚。
『食料は石竹家にアリ』
…んにゃろう…!!!

トイレットペーパーは抜き取られ、ガスの元栓は閉められ、ブレーカーは落ちていた。
正直そこまでするかと呆れる準備万端っぷり。
だったら事前に言っておいてくれたって良いじゃないか!
ガスの元栓閉めたって、炒める材料が無いんだから余計なお世話よ!
「…というわけなんだけど」
「あ、ああ、…みたい、だな」
仕方なしにやって来たのはお隣・石竹家。
丁度部活がテスト休みだった蓮は、然程遅くなく帰宅していた。
彼もまた同様なメッセージを親から受け取ったらしい。その態度のぎこちなさが物語っている。
いくら幼なじみ腐れ縁と言っても、丸2泊3日一緒は迷惑だよねぇ。
「ごめんね、ちょっと食料分けて貰えたら大丈夫だから」
もう窓の外はとっぷりと日が暮れている。
冬は日が落ちるのが早いから、これでも夕飯時間には僅かに届かないくらいだ。
まさかこんな事になるとは思っていなかったから、現金の持ち合わせも少ない。
流石に空いてきたお腹を抱えて、そう両手をお願いにしてみると。
「…お前用の寝床も用意してあるから」
上がって行けと彼は重たい荷物を肩に背負うようにして言った。

驚いた。
寝床と言われて何かと思ったら、布団の上に「如月 林檎ちゃん専用」と書かれた紙が置かれていた。
大きな和紙に縦書き毛筆ご立派。
ああ、蓮のおばさんは書道が趣味だったっけね…
「いやいやいや、問題はそこじゃない!」
思わず呻いた私の傍らで、蓮が静かに深い吐息を漏らす。
おじさん似の彫りが深くて鋭い眼差しに、おばさん似の柔らかい茶髪が垂れている。
溜め息をついても様になるなんてまぁ、とそんな感想よりも。
「何であんたの部屋に敷いてあるの!?」
「…帰ってきたらこうなってたんだよ!」
俺に聞くな!と蓮が非常に辛そうに肩を落とした。

とりあえず有り合わせの材料で、私が夕飯を作る事になった。
滅多に家事なんてやらないから、正直まともな物が作れる自信は無かったのだが、何だか何を食べても味なんて判らない気分かも、と思う。
だって、頭上を見上げた所にある筈の蓮の部屋には、あの布団が…
「旅行の事、蓮は聞いてた?」
困った時のカレー様を食べながら尋ねてみると、蓮の顔が左右に揺れる。
「帰ってきて書き置きがあって、それで知った」
「参ったよねぇ」
「っとに、マジで何考えてんだ、あのバカ夫婦」
「2泊3日…ごめんねぇ…」
カレーの味についての感想もなく、苛々と両親に向けた罵詈雑言を吐く蓮に私はガクリと頭を下げた。
あ、口の中で溶けきってなかったルーの塊を発見。
あちゃちゃちゃちゃ…とバレない様に俯いてモゴモゴしていると、蓮が少し慌てた様な声を出した。
「な、泣くなよ!?お前が悪ぃんじゃねーんだから!」
「いやだって、蓮も予定とか…うっ」
いかん、ルーが咽でバラけたというか、うがっ。
「予定…は別にねぇけど、試験前だし、お前こそ…」
「…ん…そうだ…ね…っ」
やばい、これは咽に絡まってますよ奥さん!ダメ、これ水飲まないと泣きそう!
それより先に、蓮に謝らないと!もしかしたらルー爆弾があるよって!
「…ごめん…ね…!」
「だから、お前が謝る事じゃねぇし!お前が一緒なのは今更なんだから、俺だって…!」
「〜〜〜〜っっルーがぁああ!!!」
大柴の事じゃなくて、ルーが咽の内側でボンバーして私は大きく咳き込んでいた。

何だか蓮が不機嫌になったのは気のせいかしら。
ゲェゲェとルーと洗面台で戦いを繰り広げていたら、何とまぁ、ご丁寧に私の為に用意された歯ブラシ発見。これはもしや…とこっそりお風呂場を覗かせて頂いたら、私ご愛用のボディブラシがそこに。
「お風呂もこっちを使えって事ね…!」
あの人達、どこかで隠しカメラ使って映像観てるんじゃないでしょうね?
自分でまさかとした想像が、もしかしたらとちょっと笑えなくて顔が引きつってしまった。

「あれ、何してんの?」
何のかんのと日付が変る少し前まで石竹家で過ごしていた私は、リビングのソファに羽毛布団を持ってきた蓮に目を丸くした。TVも消して、がっつり寝る気モードだ。
「俺はここで、寝るからっ」
「えー、私がこっちで寝るよ…ってか、家に戻るよ」
まだ不機嫌…と思いながらも、パジャマ姿の蓮を見つめた。
思春期の男女がお互いにパジャマ姿で同じ屋根の下…って、どう考えても普通じゃないシチュエーションなのだろうが、何せ腐っても腐りきれない腐れ縁なので変な気持ちはしない。
ただ、ソファに寝ると転がった蓮の足の先が宙に浮いてるのを見て、でかくなったなぁと感心してしまった。
「家に戻るって、誰もいないんだぜ?」
「別に幼稚園生じゃないんだから」
「女1人って物騒…っつぉっ!?」
思わずはみ出た足をツンツンと突いてみたら、蓮が物凄い形相で足を引っ込めてしまった。
その驚きっぷりにこっちも驚く。
というか、そんな避けなくても…
「あ、そうか」
「な、何だよ!」
「ゴメンゴメン」
「お前、謝ってばっかりだぞ」
眉を潜めながら、触られた足を羽毛の中に隠す蓮。まるで女の子の仕草だよ、それじゃ。
でも、蓮にしてみたら触られたくないであろう理由を思い出してしまった。
「私やっぱり家に戻るわぁ」
「…っ、上の、布団使えば…」
「いや、流石に不味いよ、私とはいえ一応女なんだから」
「…んなの判ってる。だから」
「だからさ、彼女に悪いじゃん」
被った語尾に続いた私の指摘に、蓮の目が丸くなった。

蓮はまぁ格好いい、と言ってもいい部類だ。
物凄く!という事はなく、運動もスポーツも人付き合いもそこそこ、その「そこそこ感」が手の届く感として女子には人気なんじゃないかと思う。恋に恋してステップ踏みたい乙女達にとって、申し分の無い現実感。
これまでに何人か、蓮に告白した女子がいる、という噂は聞いていた。
直近のそれが、どうやら上手くまとまったらしい…という結論付だったのをすっかり忘れていたのだ。
腐っても腐りきれない腐れ縁の幼なじみが誰かのものになるなんて、途方もない非現実感。

だからさ、と手を上げて、私は玄関へ向かう事にした。
女の子の夜道独り歩きは危ないよ…と判っていても、玄関から玄関まで徒歩1分の道のりだ。
「っおい、待て!」
「朝ご飯たかりに来るけど、携帯に連絡入れるから〜」
「コラ待て!」
追いかけてきた蓮にヒラヒラと手を振りながら、玄関でのんびり靴を引っかけていると。
突然、玄関がドォン!と低音を響かせてくれた。
「わっ!?」
「うぉっ」
ビクッと思わぬ音と衝撃に驚いて、背後に駆けてきた蓮に飛びつく。
蓮も玄関を見つめて息を潜めている様子だ。
何だ何だ、一体何だ、泥棒が灯の付いてる玄関を正面突破か?
ドキドキドキ…と暫し沈黙を守った2人の耳に次に響いたのは、ゴォオ…という強い風の音だった。

たまたま風の向きが真正面だっただけか。
「…な、何だ…」
ホッと吐息を付くと、同じく緊張を解いた蓮とはたと目があった。
しがみついていた手をパッと離すと、それを彼がパッとキャッチ。
「え?」
「あっ」
私の手首を掴んだ手を、蓮が慌てて放り投げた。

彼の手が激しく震えていた事と、2、3歩後ずさった蓮の動揺具合が奇妙極まりなくて、つい興味本位で顔を覗き込んでみたら…真っ赤に染まっていた。
こうゆう時、女の方が実は余裕だよね。
「何?彼女でも想像した?」
「ばっ……いねぇよ、そんなの」
あーもーと唸って、蓮は頭をガシガシと掻きながら一瞬振り向いた顔をまた逸らす。
何だ、いないのか…と現実感が手に戻ってきたところで、蓮の声がした。
「風にビビるような奴は泊まってけよな!」
自分だって1人じゃ怖いんじゃないの?
でもまぁ、実際のところ何だか玄関をくぐる事すら怖くなってきたかも、と私は素直に踵を返した。
「じゃー泊まるから、蓮、上に行きなよ」
「アホか、お前使え」
「いやー流石にマズイでしょ、うら若き乙女が男の部屋でって」
「誰が乙女だよ、ってか、俺の部屋じゃねぇか」
勝手知ったる、と付け加える蓮に、私も引かない。
何せ今回のこのアホ事態、うちの両親によるところが大きいと思うからだ。
本当に万年新婚夢見るバカップルめ。
「私の履歴に、男の部屋でも平気で眠れる女って付け加えたいの?」
「俺の部屋だぞ?別に赤の他人じゃないだろうが!」
うーん、戸籍的には全く綺麗に赤の他人なんですが。
「彼氏に知られたら…」
「………って、いるのかよ!?」
「将来の彼氏?」
いませんよ、私もまだまだフワフワの現実の中を漂ってますので。
こうして言い合いをしていても埒が明かないし、実際部屋の持ち主がそこで寝れば良いんじゃないかと思ったので、私は実力行使に出る事にした。
「だから、私の貞操の為にも、あんたは部屋に閉じこもって!」
「わーっっ!」
そりゃっと蓮が包まろうとしていた羽毛布団を引っ張ると、蓮が乙女のような恥じらいを発揮した。
「て、貞操とか言うな!」
「やだ、過剰に反応しないでよ!」
顔を真っ赤に染めた蓮に、驚いてこっちまで顔に熱が集まるのが判る。
ぐいぐいと布団の引っ張り合いは、まるで大岡裁きの真っ最中。
「お、お前がアホな事言うからだろうが!」
「だ、って、だから、あんたが素直に上で寝れば…っ」
「俺だって男なんだから、お前が部屋に閉じこもれ!」
「男!?」
「俺が女に見えるか!?」
「え、男って、だって」
「お、お、俺だっていつオオカミになるか…っ」
「オオカミ!?」
「お前が赤頭巾!」
「う、うちの親は蓮だったら安全大丈夫って思ってるんだろうし、やっぱりその期待は裏切っちゃいけないでしょ!」
赤頭巾にオオカミだなんて古風で可愛い例えが出てきたな、と頭の片隅で冷静に笑いつつ、やっぱり表層では何だかパニック状態。蓮が変に反応したせいだ…!と思っていると、唐突に布団が軽くなった。
「わっ」
ドスン!と大岡裁きに決着がついて、軽く尻餅を付く。
驚いて蓮を見ると、彼は少し考え込むように立ち尽していて、その姿を見て「男…」なんて意識しちゃったから、さぁいけない。
「〜〜〜〜っっ」
私が意識してどうするのよ!と叫びそうになっていると、蓮が2階に走って行った。

あ、何だ、結局自分の部屋で寝る事にしてくれたのか。
ホッとしたような、何だか少し寂しいような…
とにかくホーッと深い溜息をついていたら、ドタドタと今度は駆け降りてくる足音。
「これを読め!」
「うわぁっ」
いきなり目の前に紙を突きつけられて、私は妙な声をあげてしまった。
だが、とりあえず無理矢理襲ってくるとかそうゆう雰囲気ではないので、素直に紙を受け取ってみる。
それは、やっぱり大きめの和紙に、おばさんの達筆な毛筆で2泊3日の旅行の件と…

「林檎ちゃんをしっかり守る事!」という一文と共に。


「蓮君だけは手出しを許可する☆如月」という我が尊敬する両親のメッセージと母印が残されていた。


「頑張れ蓮!」とは石竹家ご両親のメッセージだろう。
というか、私ってもしかして…

…親に売られた!!!!

「…あのな、俺だってな、そんなの残されたら……っ」
2泊3日の両親不在と幼なじみとのサバイバル…は良いとして、そんな青少年を刺激する伝言を残された日には、嫌でも何でも意識してしまうのが当然だろう。
…と、蓮は顔を真っ赤に染めて言った。
同じく真っ赤な顔で、蓮を見上げる私。
ああ、この天然極楽浄土に旅立っちゃってる脳みその夫婦2組、今頃どんな会話を楽しんでいるのだろう。

「………襲わねぇから、上で寝よう、ぜ…」
「……………うん」
親が厳しいと子が反発するらしいですね。
親がはっちゃけてると、子供はパワーを根こそぎ持ってかれちゃうみたいですよ。
2人ですごすご2階へ上がり、大人しくベッドと布団へ収まってみる。
腐っても腐りきれない腐る直前が美味しい果物状態、なんだろうか。

「何で告ってきた子と付き合わなかったの?」
電気を消した部屋で、天井を見上げて尋ねてみた。
少し高い位置にあるベッドの上の膨らみが、もぞっと動いた気がする。
「好きじゃないから」
「勿体ない」と言うと、笑われたのが気配で判る。
「勿体ないよ〜」と繰り返してみたら。

「とっくに親公認っての無視する方が勿体ないだろ」
帰ってきた返事に、私は答えに窮した。
だって、それって、幾つかの意味が…

ガバッと起き上がった蓮が叫ぶ。
「ち、違うぞ!今襲うって意味じゃなくてだな、気心も知れてて今更隠す事も無くて親も認める仲なんだしって!!」
「わーっ判ってる!判ってるし!!私だって同じ事思ってるし!!」

ぎゃーっと再び真っ赤に染まった顔で叫び合ってから、私達はその内容を反芻して…

「も、疲れた」
「寝よう…」

バタンとその場に倒れた。


とりあえず2泊3日を楽しく過ごして、もうちょっと話し合って。
そして両親が戻ってきたら一緒に…

グーで殴ろう。










両親はきっと県立春日山高等学校の卒業生だ。
初出…2009.1.9☆来夢


□ブラウザバックプリーズ□

実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。