空は快晴、心は改正


melt universe

電車を降りると、さして高い建物も目に付かない土地が目に入った。
それほど大きな駅でもない。
改札を抜けると、目の前にバスロータリーが広がっていた。
観光案内所やらパン屋やらの向こうに、モノレール駅の表示がある。
右手を向くと、イマイチ間の抜けた電光掲示板のついた鳥居のような物が設置されていた。
少年の足は、右へ向かった。
ここは高幡不動。
高幡不動尊へ行かなきゃ来た事にならない…そんな風に思える街だった。

まばらに人の姿が見えるメインストリートを抜けると、正面に不動尊が見えた。メインストリートを横に遮る形で伸びる道路の向こうが、境内になるらしい。
信号待ちをしてその道を渡る機会を待っていると、左手の土産屋が目に入った。
新選組…そんな名前が乱舞している小さな店。
だが、小さな店に似合わない程の客が集まっていた。
なかなか青に変わらない信号と駆け去る車を横目に見ながら、少年はその店を眺めた。
攘夷を唱えた時代の人々を「SHINSENGUMI」と表記する違和感に苦笑していると、彼の目がハッと一瞬見開かれる。
本当に偶然。
何で今目の入ったのだろう。
彼はその一瞬から、眺めるという作業から凝視するという作業に目を従事させる。
「…なんて綺麗なんだ…」
彼の目には、美しい…彼の理想とする完璧なる美を称えた存在が映っていたのである。
ひと目見た瞬間から心が鷲掴みにされた。
視線をずらす事も出来ないほど気持ちを絡み取られて、少年は内心で呻いていた。
なんて美しい…外人?ハーフ?
流れるような金髪!潤みを帯びた大きな瞳!静かに佇むその様子!
まるで貴婦人!!!
ああっジェニファー!!!
少年は勝手に初めて見た相手への名前を決め、心の中で叫んだ。
そして、信号を渡ろうとしていた足を、ジェニファー(仮名)のいる店へと向けたのである。

もうどれ程ここにいるだろう。
散歩がてらに連れ出され、付きあわされたのは、新選組グッズを売るお店。
俺様を店の外に置き去りにして、彼女はきゃっきゃっとそのグッズ達に頬を染めている。
「きゃ〜〜っ歳三コースターだって!彼の上にコップなんて置けな〜い」
何が「置けな〜い」だ!
俺はちょっと砂を吐く思いで、でも「歳三」とか呼ばれている奴の姿形が気になってそっと彼女の手元を覗いてみた。
「……………………」
日本人のハンサムだ。
おいちょっと待てよ。
「いや〜〜〜っ歳三ライターも欲しい〜〜〜っっ」
ライターじゃねぇよ!
お前いっつも家で「私の理想の歳三vv」とかってイラスト描いてるけど、全然違うじゃないか!!!
俺てっきり「歳三」って金髪の青い目のまつ毛ばっさばさの、オスカルみたいな奴だと思ってたぞっ!!?
「ね、素敵でしょう、歳三♪」
返答できません。
どっちの歳三の話だ?あん?
お前の眼球はこの日本人を、あんなキラキラ西洋人王子様に変換するのか!?
「も〜〜〜っ退屈してる〜〜〜〜っっ!!?」
いきなり俺の首に飛び付くなっ!苦しいっ放せっっ!!!
突然首にかかった体重に、俺の息は自然と苦しくなった。
それを見た彼女が、少し離れるとニヤリと微笑む。
「んもう、興奮しないでよ!」
窒息しかかっとったんじゃっっ!!!
ああ神様、どうかこの女の頭上に隕石を落して下さい。
俺は祈っちゃうぜ、本当。
すると、そんな俺の様子に気付いたのか何なのか、彼女は会計を済ませるとさっさと店を出た。
用が済んだとなると早いものだ。
「さ、不動尊でも寄って行こうか♪ 歳像もあるし♪」
店の目と鼻の先にある不動尊。
信号の先にあるそこへ風のような素早さで入っていく彼女に、渋々付いていこうとした俺。
おい、少し俺のことを待てよっ!!!
思わず目の前の尻に蹴りをかましたくなった、その時。

「あの…」
一人の少年が、彼女に声をかけてきたのである。
折しも場所は、歳像とやらの真正面。
やっぱりどこからどうみてもオスカルじゃない歳像を眺めながら、俺は大きなあくびをした。
どうせ、ナンパか何かだろう。
彼女もそう思ったらしく、警戒心が見て取れた。
「何ですか?」
何だ?
あくびをした後の涙目に耐えながら、俺は少年を見た。
すると、その少年の目はじ〜〜〜〜っっと俺に注がれているのである。
な、何だっ!?
「あ、あの、あの…ジェニファーはお幾つなんでしょうかっ!!?」
「ジェニファー?」
ジェニファー?
彼女の疑問は俺の疑問でもあった。
何ですか、ジェニファー? オスカルにはアンドレでしょう?
目を点にしている彼女を見もせず、少年は俺の事をじ〜〜〜〜っっと凝視しながら震え始めた。
「ああ、なんて美しいんだ、ジェニファー!!」
いや、俺、ジェニファーさんじゃないんですが?
「何て輝かしい毛並み!大きな瞳!愛らしい口!ジェニファー〜〜〜っ!!!」
ひぃええ〜〜〜〜〜っっな、何かこいつ涎垂らしそうだぞっ!?
じわじわと俺に迫ってきた少年に危険を感じたのか、彼女は俺と少年の間に入って怒鳴った。

「このこはジェニファーじゃありませんっ!!!」
「ええっ!?」
うわ、驚いてるよこいつ!!
「このこの名前は歳三!ゴールデンレトリーバーのれっきとしたオスです!!!」
そうだそうだ!俺様は血統書付きのゴールデンだぞっ!?
「じぇ、ジェニファーじゃないんですかっ!?」
問題はそこじゃないっ!!!!
「歳三ですっ!!!」
そうだ!飼い主の女の趣味でそんな名前になったんだ!
「ジェニファーはオスなんですかっ!?」
「と・し・ぞ・う!男の子!4才!!!」
いい加減ジェニファーから離れろ!!!
俺と飼い主の迫力に押されたのか、少年が蒼白な顏で固まり黙り込んだ。
まるでビデオの停止ボタンを押してしまったかのような固まり方に、ちょっとだけ不安が過る。
が、それはすぐに撤回させて貰った。
「あ、愛があれば性別の問題なんてっ!!!!」
そうじゃねぇだろ〜〜〜〜〜っ!!!!
「ま、まぁね、性別はね…」
お前も納得するところじゃないぞ、それっっ!!!
俺は飼い主の女の微妙な反応に、叫びたくなった。
「君がエリザベスでもかまわないんだっ!!!!」
歳三だっ!!!
しかも性別どころか種族を越えてるからな!!!
人としてそこの境界線は踏み止まれよっ!!!
俺は叫んだ。
悲痛な声で。
こんな馬鹿に付きあってられない。
誰か助けて〜〜〜〜〜っ!!!!

「はっ!や、やだ、私ったら…あなたアブナイ人ね!!」
やっと気付いてくれたか…
飼い主の女は俺の悲痛な悲鳴を聞いて、はっと意識を取り戻したようだった。
少年から俺を遠ざけるように、じわじわと歳像の方へと後ずさる。
少年が俺を見つめながらじ〜〜〜〜〜〜っっとその様子を見つめている目の前で。
「警察を呼ぶわっ!!!」
おっ良いねぇ!携帯でサクッと!!!
…と思ったら、おいなんだよお前っ!!!
何でおれのリードを歳像に結きつけてるんだよっっ!!?
「歳三、私ひとっ走り行ってくるからねっ!待っててね!!!」
いや、待てねぇだろうっ!!?
今にも離れそうな飼い主を無視して、少年がはぁはぁと息も荒くじわじわと接近してくる。
うわっうわっうわっっ!!!
「すぐ戻るわよ歳三〜〜〜〜っ!!!!」
飼い主ダッシュ。
判ったぞお前っ!
俺を犠牲にして逃げやがったな〜〜〜っ!!!!!
「ジェニファー〜〜〜〜〜っ!!!!」
ジェニファーじゃねえ〜〜っ!!!!
俺は飛び付いてきた少年を危うくかわした。
とは言ってもリードが歳像にくくられているのだから、そこから離れる事は出来ない。
だから少年とグルグルグルグル歳像の周りを回り続ける事になったのだ。
ううっ近寄るな変態っ!!!
「ジェニファー」
俺はジェニファーじゃないっ!!!
「エリザベス」
名前を変えりゃ良いもんじゃないっ!!!
「マーク」
何だよマークって!男の名前っぽくないかっ!?
「サラブレッド〜〜〜〜〜っ!!!!」
そりゃ馬だ〜〜〜〜っ!!!!

俺と少年は歳像の周りをぐるぐるぐるぐる。
それを犬と人が楽しそうに遊んでいると勘違いしたのか、まばらにやってくる人々が微笑ながら去っていく。
畜生っ!!!
ションベンひっかけてやるっ!!!
「あ〜〜〜〜っ歳三ったら、歳像に何するのよっ!!?」
俺が片足をあげて像の足下に用を足した瞬間、近くの売店の中から飼い主の女が叫んで出てきた。
お前、そこに隠れてたのかっ!!?
「ああっ歳様になんてことっ!!!」
「ピーター」
警察どうしたんだよっ!? つか、ピーターって誰だよっっ!!?
うわっ飛び付くなっ!!!
うわっ歳像が倒れるっっ!!?
うわっやめろやめろ、俺の顔面に歳像の顏が〜〜〜〜〜〜っ!!!!


倒れた歳像を前に、俺の飼い主は俺を突然抱き上げた。
そして…
「君、責任とってね〜〜〜〜っっ!!!!」
うわ〜〜〜っっ責任を他人になすりつけたぞっ!?
ちらっと振り返ると、少年は呆然と倒れた像を眺めていたのだが…
「ステファニー…なんて美形なんだ」
そう呟いて、銅像に抱きついていた。
あいつ、やっぱりあぶない。


そして俺の散歩コースから、高幡不動尊は消えてなくなったのだった。










いきなり隠し小説UPです(笑) しかも犬かよっ!!! 最初は異文化・異宗教に関する真面目な話にしようと思ったんですが…気が付いたら(汗) 真面目な話は今度ちゃんときっと書きます。隠しで。それにしても、一体なんなんでしょうこの小説。あれですね、歳三って名前を持つ人には受難が待ち受けているという…あ、犬もか(笑) 舞台は高幡不動でお届けしましたvv
↑当初の後書きです。どうしてこれを書いたのかとか、隠しなのかとか、よく判らん。ただ当時は、やたらめったら通っていたんです、不動様に(笑)

□ブラウザバックプリーズ□


実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。