全ての人に、光を

切り手




私は、ちっぽけな存在だった。

何を見る目も持たず。
何に触れる手も無く。
何か語る口さえ失っていた。
暗闇に沈む一つの塊。
それが、私だった。

そんな私が、たった一つだけ持っていたもの。
それは…希望。

………………………………



何と言えば良いのかなぁ…
俺は一人、部屋の中で頭を掻いた。
隣の部屋では、妹が鼻歌を歌いながら写真整理をしている。
それは、家族で行った旅行の写真。
俺は妹に訊きたくなった。
なぁ、そこに映ってる俺…

羽なんて、生えて無いよなぁ?と。

どうも今日はおかしかったんだ。
朝からずっと、背中が痛くて痛くて。
そんな事をぼやけば、7つ下の妹は泣きそうな顏で心配する。
だから黙っていたけれど。
「…あてて…」
あまりの痛みに、大学から部屋の戻ってすぐにシャツを脱いでみた。
…ら、ビックリだ。
本当にビックリだ。
何を言えば良いのか判らない位に、俺はビックリしてしまった。

…俺の背中に、羽がある…。
そう、まるで天使のような、鳥のような、あの羽が生えていたのだ。

誰かに騙されているのかと、その羽を一つ抜いてみた。
チクっと背中に痛みが走る。
まるで、髪の毛を一本抜いたかのような痛み。
…本物なのか。
「…参った」
俺はベッドに倒れ込んだ。
背中とベッドの間に羽の感触があるのは、覚悟していたが。
俺の夢は、冒険家だ。
何故だろう、自分でも不思議なのだが、小さい頃から自分は冒険家になるのだと信じきっていた。
それは今も変わらない。
俺は冒険家になる。
その為の準備は、これまで頑張って出来ている。
何の疑問も抱かず、何の不安も抱かず、俺は夢を追い続けている。
ただ、不思議はあったけれど。

中学や高校の進路相談の時、俺は担任に尋ねた。
「冒険家になる為には、どんな大学に行くのが良いですか? その大学に行くのに最適な、高校を選びたいです」
大真面目な俺の質問に、担任も大真面目に答えてくれた。
「ふざけるな」と。
俺は何もふざけたつもりはない。
自分としては、ただ純粋にまっすぐに質問したつもりだった。
夢に向かう手段を。
だって、先生達はいつも言っていたから。
「夢を持ちなさい。夢を見つけなさい。人生の目標を定めなさい」
だから俺は、自分の夢を持ち、それに向かって歩こうとしただけなのに。
大人の言う夢って、どんな会社に入りたいかって事らしい。
それに気付くのに、少し時間がかかった。
だって俺は、夢ってもっと沢山種類があると思っていたんだ。
それこそ、人の数だけ。無数に。
…誰か、天使になりたい人がいるのかな。
俺は、背中の羽をいじりながら天井を見上げた。
…妹がこれを見たら、何て言うだろう。
7つ下の妹はまだ中学生だ。
喜ぶだろうか? 遊び道具にされるのは、困るなぁ…。
俺はニヤケる顏を手で覆った。
本気で悩め、俺。

もしかしたら。
ふと、思う。
もしかしたら、これはキッカケなのかもしれない。
俺が、旅に出る。
旅に出ると、家族に告白する。
目を閉じると、妹の顔が浮かんだ。
両親の顔よりも、妹の顔が浮かぶのは何故なんだろう。
流石に7つも年が離れると、妹と言っても近所の子供に感じる時もあった。
随分前に自分が通った道を、今まさに通っている妹。
妹という血の繋がった身近な存在なのに、通りすがりの女の子にも見える。
でも、悩む姿は、7年前の自分が重なって見えて。
あの頃の自分に判らなかった事が、今はこうだったんだよって言える自分に気付く。
俺が旅に出ると言ったら、妹はどんな反応をするだろう?
それはまさに、7年前の自分に重なって。
…怒るかな。
怒るかも知れない。
自分の世界から、唐突に飛びだしていこうとする俺を、怒るかもしれない。
そして、その怒りの正当性がなくて、地団駄を踏むかも知れない。
隣の部屋から聞こえる鼻歌。
俺は壁の向こうにいるはずの妹を、見た。
小さなテーブルに広がる写真の数々。
両親に守られて、地域に守られて、学校に守られて。
色々な事がありながらも、まだ大きな道を行く妹。
いつかお前も、自分の道を造る時がくる。
ただ今はまだ。
だから、怒るかも知れない。
けれど、俺は行くよ。
俺は、自分の道を見つけたから。
歩きたい道を見つけ、その道を造る事が出来そうなんだ。
だから、俺は行くよ。

下の階から、母が夕飯だと呼ぶ声がした。
…さて、どうしようか。
「今行くよ」と返事をしながら、俺は考えた。
羽…大学の出し物で使うとか言うか?
外せって言われたら…壊れるから外せないって言うか?
妹が「私もつけてみたい」なんて言い出したらどうする?
…うわぁ、言いそうだぞ、あいつ。
つけてやれるものなら、つけてやりたいけどね。

先に下に降りた妹が、俺を呼んでいる。
母に呼べと言われたんだろう。
声が、さも面倒くさそうに。
こんな呼び声も、旅に出たら聞けなくなるんだろうな。
もしかしたら、今日が最後かもしれない。
毎日当たり前のように過ぎてきた時間は、唐突に終りを告げる。
そしていつか、それが酷く懐かしくなる瞬間が来るんだ。
俺は立ち上がった。
鏡を見ると、背中にはやっぱり立派な羽がある。
ぐっと力を込めると、眉に皴が寄るのと同じ早さで、羽が持ち上がった。
「うわっっ!?」
自分でやっておいて、叫んでしまった。
動くよ…これ。
そうと判ると、目が窓に行く。
…飛べるのかな?
いや、まてよ。
何かの本で、人間一人が飛ぶのに必要な羽の大きさが書いてあったぞ…
ブツブツと、一人で考え込んでいたら、いきなりドアが開いた。
「お兄ちゃん、ご飯!」
「…………っっっ!!!」
俺の呼吸は、一瞬止まった。
きっと、心臓も。
見られた。見られた。見られてしまった!
パクパクと言葉が出ない口、思わず背中に向かう腕。
妹に何て言おう。何て言われるだろう。
「…あ、その、いや、あ〜くそっええっと」
「……何してるの?」
あたふたとする俺に、妹の首が…傾いた。
「え?」
「早くご飯食べに来なよね」
不審な顏をして、立ち去る妹。
思わず俺はその腕を掴んでいた。
驚いた妹が、しかし不審な表情は変えずに振り返る。
「何?」
「何って、お前…」
「…ご飯いらないの?」
「いや、ご飯って…そうじゃなくって、ほら、は、」
「は?」
俺は妹とたっぷり30秒は見つめあった。

見えていない。
見えていないんだ。
この羽は、俺にしか見えていない!

そう判ると、俺の心に何かの意識がスゥと流れてきた。
訝しがる妹の腕を放し、俺は…笑った。
「…ご飯……」
一応尋ねてくれる妹。
「うん。今行くよ」
俺は手を振った。
そうか、見えていない。
これは、俺にしか見えないのか。
なら、判るぞ。
妹は首を傾げつつ、「お兄ちゃんが変〜」と言いながら下に降りて行った。
その声を聞きながら、俺は確信していた。
この羽は、俺への合図なんだ。
そう、俺自身への。
誰かの為じゃなく、俺に向かっての。
準備出来たね。
さぁ、旅立とうか。
そんな、誰かからの合図。

俺は決めた。
今日、言おう。
俺は旅に出ると。
今日、言うんだ。

妹は怒るだろう。
だけど、きっと判ってくれる瞬間がくる。
その時、俺は妹に教えてやろうと思う。
この羽の事を。
妹が驚いて困らないように。…泣かないように。

俺が、妹に風を運んでやろう。
それぐらいしか、してやれないから。




………………………………

眩しい波が打ち寄せる浜辺で、私は空を見上げる。
濃い息吹を吐く緑の森を、私はゆっくりを見下ろす。
私は漂う。
この、美しい世界を。

その美しい世界に住む、人間達を眺めて。

世界は暗く、澱み、炎に包まれていても。
駆け出そうとする、この瞬間から。
広げようとする、その両手を。
私には希望しかないけれど、人間には夢もあり、愛もある。
それらは沢山だけど、たった一つの事。

いつか、あなたに伝える事が出来るだろうか。
私は思いを紡ぐ。
語りを配る。
そして、残骸を断ち切る。

人々が、きっと新しい紐を結んでくれると信じて。


………………………………



妹へ
俺は、この手紙を君に送ります

俺の中で、家族である君は永遠であり
君の中でも俺が永遠なら
俺達の世界もきっと、永遠なんだろう

傷ついても、汚れても、倒れても
俺は君に送り続ける

それが、世界を結ぶ糸になるから











隠し小説三部作の、最終作です。勝手に三部作言ってますが、どれを読んでいてもいなくても、全く問題ありません。一応今回の「俺」は、「配り手」の「私」のお兄さんです。最初は関係ない人物設定をしようかと思ったんですが、ちょっと変えてみました。さぁ、これからは新撰組小説を書くぞ!(笑) 浮気は終了ですvvv でも、時たまこうした小説を書けたら良いな〜って思います。こんな我が侭に付きあって下さる皆様、ありがとうございましたvvv
↑当初の後書きです。というわけで、3部作だったのか…と今更思う私(笑)時々ノートとかにオリジナル書いてるんですが、同人もオリジナルも日記も何でもかんでも、私は文章を書くのが大好きなんですな!(笑)

□ブラウザバックプリーズ□


実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。