|
幕末という時代を過ぎ、明治を迎えた世の函館-五稜郭。 ここに、いざ己の志を遂げようとする男達が集い、厳しい戦いに挑もうとしていた。 人は愚かと言うかもしれない。 または気高いと言うかもしれない。 どれも、後の世でしか語りえない言葉だ。 彼らの心内など、彼らにしか、判りえない事なのだから…。 土方歳三は函館政府陸軍奉行並として、五稜郭にいた。 一体幾つの死線を越えてきただろう。 友を亡くし、血縁を捨て、仲間と散り散りになりここまできたのだ。 もう、戻れない。 朝起きる度に、その思いが胸を過る。 だから彼に、まっさらな目覚め等有りえないのだ。 どうせ夢の中にまで現実が追いかけてくるのだ。 それがどうした、と土方は開き直り生活していた。 立ち上がり、顏を洗う前に着替えようと思う。 彼は乱れた寝巻き姿で、洋装の軍服の仕舞われた押入れの襖を開けた。 「グッモーニン、土方君!!!」 閉じた。 土方は深い溜息をついて、再度襖に手をかけてから…自分に気合いを入れて開けた。 「グッモーニン土方君!!! ご機嫌いか…」 また、閉じた。 段々と土方の眉間に皴が刻まれていく。心なしか心拍数が上がり、青筋も立ってきたかもしれない。 彼はもう一度だけと、深く深く呼吸を吐いて、一気に襖を開け放った。 すると、襖の奥、つまりは押入れの奥から明るい声がしたのである。 「あっはっはっは!照れ屋さんだなぁ、寝起き姿も素敵だよ、土方君♪」 「あ、あ、あんた…あんたここで何してるんだ〜〜〜っ!!」 土方は叫んだ。 そう、今彼の目の前には大鳥圭介の姿が。 押入れの中なのに、函館政府幹部である大鳥圭介の姿があるのだ。 「朝一番の君の顏が見たくって」 うふっと笑う大鳥に、土方は思いっきり後ずさりながら怒鳴る。 「いつからそこにいたんだ!?」 「君の寝息が深まってから。ああ、可愛い寝顔だった」 ゾゾゾゾゾ…と土方の全身に鳥肌が立つ。 しかしそんな事にはお構い無しの大鳥、押入れの中の土方の衣類に頬擦りを始める。 「そして一晩、君の香りに包まれていたのさ」 うふふふ、と衣類に鼻を押し付ける大鳥。 「出てってくれ」 土方は静かに言ったが、大鳥は首を横に振る。 「嫌だ」 「…死んでくれ」 「君と一緒になら」 「…………」 土方は黙って刀を抜き放った。 ガッシャーンっと土方の寝室から響き渡った物音に、島田が血相を変えて駆けつける。 彼は挨拶もそこそこにその部屋の障子を開けた。 そして中に踏み込んだところで、彼は固まってしまった。 「………大鳥殿、ここで何をなさってますか?」 「おお、島田君じゃないか、グッモーニン!」 島田が見た大鳥は、押入れの前でニヤニヤと笑って襖を撫でていた。 ここは土方の居室のはず。 何故朝も早くから大鳥が、一体何をしているのか。 土方はどこなのか? 島田は部屋中をキョロキョロと見回した。 「…副…いえ、土方殿は…」 「よし、島田君!」 疑問ばかりが頭を占める島田を、大鳥がビシっと指さした。 いくら怪しいとはいえ、相手は幹部。 「はい!?」ビシっと姿勢を正した島田に、大鳥は尋ねた。 「君の落とした土方君は…」 落とした!? 島田は様々な「落とした」を想像して、ぽっと頬を赤らめる。 しかし大鳥はそれに構わずに、ざざっと襖を開けた。 「君の落とした土方君は、どの土方君だい!?」 そう言われて真っ正面から見てしまった、押入れの中。 そこにいたのはなんと。 金色・銀色・肌色の三色の土方だったのである。 「うわ〜〜〜っ!! 副長が三人いる〜〜〜っ!?」 驚き叫ぶ島田の前で、全身一色に染まった土方が三人、死んだように吊るされているではないか。 一体何事が起きたのか判らず、頬の赤身も吹き飛び島田は叫ぶ。 そんな彼に、大鳥が更に迫った。 「さぁ、どれ?」 「どれって、全部副長じゃないですか〜〜っ!?」 「どれか一体しか選べないんだから!」 「そ、そんな事言われても」 島田はオロオロと三人の土方を眺める。 どれもこれも、本物に見える。 どれか一つだけが本物の土方なのだろう。だって、土方は三人もいないのだから。 島田は悩んだ。 悩んで悩んで悩んで…黙って一人の土方を指さした。 「ほう、肌色君か」 大鳥がニヤリと笑う。 その笑顔に不吉な予感を覚えたのもつかの間、大鳥は島田に向かって肌色土方を投げたのである。 「うわっ!?」 投げ出された土方を抱える島田。 彼にはすぐ判った。この土方が、偽物であると。 そもそも文官の大鳥が投げられるという点で、偽物全開なのだが…。 肌色土方の顔が、べろりと剥がれる。 その下から現れた顏は… 「野村、お前何をして…」 「あ、ばれた」 てへっと笑う野村利三郎であった。 投げられたのではない、自分ですっ飛んできたのである。 そんな野村を放りだして、島田は大鳥を見た。 すると、大鳥は金色の土方を台車に乗せて、部屋から飛び出していく。 「ちょっと、何考えてるんですか〜〜〜〜っ!?」 怒鳴る島田に向かって、大鳥は笑うばかり。 その島田の背後では、銀色土方がぱちっと目を開けて呟いた。 「ふぅ、野村〜もう終わったの?」 「おう相馬もご苦労さん」 一体何がご苦労で何が終わったのか知らないが…島田は大鳥を追って走り出した。 「待ちなさ〜〜〜〜〜いっ!!」 走る島田。 「嫌だよ〜〜〜〜んっ!!」 逃げる大鳥。 いかに文官とは言え、土方は台車の上なので走りは遅くならない。 五稜郭内を駆けずり回る二人に、通りかかる人々がギョッとして道を開ける。 「副長をどうするつもりですか〜〜〜っ!?」 「これから結婚式を挙げるんだ!!」 「何ですって!?」 「婚姻だよ、僕と土方君のご成婚〜〜〜〜っ!!」 「あんた何を考えてっっ」 走りながら呆気に取られる島田を無視して、大鳥は金色の土方を撫でる。 「金色の土方君は、輝くばかりに美し〜〜い!!」 「そりゃ本当に輝いてんじゃないですか〜〜〜っ!!」 後から追う島田の目にも、土方の金ぴかが目に光る。 ついでに大鳥の頭部も、少し輝いている。 いや、土方が反射しているのか? とにかく、島田は走った。 そしてついに、大鳥が足を止めたのである。 そこは…五稜郭内だというのに、西洋の教会を模した部屋であった。 大鳥は島田に意味あり気な視線を送りながら、ふふふっと笑う。 「驚いたかい?」 言われるまでもない。島田は部屋中を見渡した。 一体いつの間にこんなものをこしらえたのか。 「さぁ、見ていてくれたまえ、島田君」 「え…?」 大鳥は教会の奥中央、どうやらイエス像とやらの前まで歩み出る。 そしてゆっくりと土方を抱えると… 「ここで、今、僕と土方君が永遠の愛を誓うんだよ」 ニヤリ、と笑ったのである。 「永遠の愛って…副長が永遠の眠りに付きかけてるんじゃないでしょうね!?」 「縁起でも無い事を言うなぁ!大丈夫だよ!」 島田の抗議に、大鳥が流石にむっとして振り返った。 そして愛おしそうに、金色の土方を撫でる。 「だって、別に危害を加えたわけじゃないし。ちょっと薬で眠ってもらって、ちょっと服を脱がして、ちょっと全身に金色の塗料を塗っただけさ」 「…人はそれも十分危害と言いますが」 「あ〜もう、五月蝿いのは放っておこうね、土方君♪」 島田を一睨みしてから、大鳥は土方の頬を軽く叩いた。 どうやら起こそうというらしい。 …だが、土方は起きない。 「………土方君?」 ちょっと大鳥も焦ったのか、頬を叩く手を強める。だが、土方の反応は無い。遠目から見ている島田も、ドキドキし始める。 大鳥は焦った。焦って慌てて土方の頬をグーで殴ったのである。 「土方君!?」と。 すると…ぺりぺりペり…と、土方を覆っていた金色が剥がれ始めた。 ぺりぺりぺりぺりぺりぺり… どんどん剥がれる金色の塗料。 その下から顔を出す生身の土方。 どんどん剥がれ落ちていく金色が、イエス像の後ろのステンドガラスからの光を受けて輝く。 キラキラキラと、まるで光り輝く花びらの中から生まれるが如く。 ようやく生身の土方が、ほぼ全身を露にして… 「土方君!?」 「副長!?」 大鳥と島田が叫んだ。 その声に反応したのか、土方の目が開く。 ゆっくりとそして確実に目を見開き、土方は大鳥を見て…。 「…………死ね」 にっこりと、微笑んだ。 島田の見守る前で、土方の鉄拳が大鳥を吹き飛ばす。 「ああ〜っ何で〜〜っ!!」 「皮膚呼吸が止まるだろうが〜〜〜っ!!」 ドカンと殴られ、大鳥は吹き飛びステンドグラスを突き破る。 「ああ、土方君、フォーエバ〜〜〜〜〜〜!!」 そんな雄叫びを残して、大鳥の姿は消えた。 そしてその衝撃を受けて、教会全体が崩れ始める。 島田は慌てて土方を抱え上げると、教会から脱出した。 轟音を立てて崩壊していく教会。 それを呆然と眺めながら、島田と土方はホッと一息をつく。 そして姿形の無くなった教会の跡地に、青空から眩しい太陽の陽が差す。 「…やっと、朝日ですね…副長」 「…ああ」 長い長い目覚めだった気がする。 島田は土方を下ろし、二人は顏を見合わせて笑った。 のだが。 教会が崩れる轟音に、何事かとやってきた鉄が二人を見て止まった。 少年隊士は、何故か二人に近寄ろうとはしない。 「どうした、鉄?」 「副長に、おはようございますぐらい言えんのか?」 面倒が片づいた爽快感から、いつになく笑顔の二人。 だが鉄は、その笑顔に顏を青くして後ずさる。 その様子に、二人がやっと気付いた瞬間。 鉄は大声で叫んでいた。 「裸の土方さんと、島田さんが、朝からいちゃついてる〜〜〜〜〜っ!!」と。 その瞬間、土方は己が素っ裸にされていた事に気付き。 島田は真っ赤になったり真っ青になったり視線を逸らしたりしながら、土方に謝り続けた。 それから暫く、土方と島田が噂になったのは言うまでもない。 土方は呟く。 「夢だ…絶対これは悪夢なんだ…」 そしてまた夜は更け、また朝が来るのだ。 |
|
|
|
実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。