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蝦夷地に構える星形の要塞・五稜郭。 今、歴史の変わり目に立ち向かう人々が、その地にて穏やかならぬ夜を過ごしていた。 抜き足差し足…と夜の静寂の中を進む影がある。 それはゆっくりとゆっくりと、しかし確実にある部屋を目指していた。 空は星々に満ち、まるで地上の喧騒など知らぬ顏であった。 そしてその足は、目的の部屋の前まで来ると辺りを伺う。 辺りはシ-ンと氷のような大気で満ち、彼はそれに満足をするとそっと、部屋の中に入ろうとした。 そう、新選組の土方の眠る寝室へと! その瞬間。 「何をなさってますか、大鳥殿?」 「うわぁあっ!!!」 突然かけられた声に、足の主-大鳥が飛び上がる。 見れば部屋の中、入り口付近に巨大な人影が浮かび上がる。 「し、島田君っ!」 「はい、いかにも島田です」 「き、き、君がどうしてここにっ!?」 「そりゃ私は新選組隊士ですから。副長のいる所、隊士がいるのは当たり前」 厚い胸板に島田はポンポンと手を当てて笑う。 が、その島田に大鳥が疑わしげな視線を向けた。 「…寝室にかい?」 「大鳥殿こそ、その手にしたものは何ですか?」 はっと大鳥がそれまで大事に胸に抱いていたものを隠そうとした。が、島田が一歩早くそれを奪い取る。 「ほっほ〜う」 「ああっこら、返せっ!!!」 大鳥よりも背の高い島田は、それを頭上高く掲げて眺めた。 「素敵なお召し物ですなぁ。…大鳥殿とお揃いでしょうか?」 うっと大鳥が黙る。 島田はその大鳥をしげしげと観察した。 何せその格好というのが、胸元が大きく開いた真っ赤な絹のシャツに、フリルのついたやはり赤い衣のズボン。頭にはフリルのついた帽子を被っているのだから派手な事この上ない。 だが開いた胸元から胸毛が見えているのはいかがなものか、と島田は「ふぅっ」と息を吐いた。 「何がおかしいっ!?」 「…大鳥殿、このお召し物を持ってここに何のご用です?」 ふ〜っと眉をわざとらしく曲げながら島田は尋ねた。 その背後には土方の眠る布団がある。 暗い室内に大鳥の目が慣れてくると、その布団の隆起がわずかに上下しているのが見えた。 「これは…」 「まさか土方副長に着てもうおう等とは…思ってませんよね?」 「思ってるよ」 大鳥があっさり認めた為に、島田が吹き飛ぶ。 「お揃いの寝巻きを着て、一緒に寝て貰うと思ってるよ」 大鳥が懲りずに望みを追加する。 島田が何故か顔面を真っ赤にしながら怒鳴った。 「一緒に寝る〜〜〜〜っっっ!!!?」 大鳥がこっくりと頷く。 「ああ」 「駄目です!!」 「何で?」 「何でもですっ!」 「じゃあ島田君も一緒に寝る?」 にやっと大鳥が笑うのを見て、島田は辛うじて理性を保った。 彼は手にしていた大鳥御手製の絹の寝巻きを放り投げ、彼の前にずずいっと見を乗りだすと言い放った。 「御帰り下さい」 「何で?」 「副長はあなたとは寝ません!! ましてやこんな着物は着ませんっ!!! さぁ帰った帰った」 顏をしかめる大鳥を、島田は首根っこを掴んで部屋の外へ放りだす。 そして何か言おうとする大鳥の眼前で障子を閉めた。 それからちょっとの間、島田は障子の向こうの気配を探った。 が、どうやら大鳥は諦めて帰ったらしく人の気配はしない。 島田はふぅっと一安心すると、ふと背後の土方を振り返った。そこには京の街で鬼と恐れられた土方その人が安らかな寝息を立てている。 島田はそぉっと土方の寝顔を覗こうと、布団に歩を進めた。 その時。 バシーンっと障子が開くと同時に大鳥の声が響いた。 「何だ島田君!君も結局土方君と一緒に寝たいだけじゃないかい!!!」 「あんたと一緒にするな〜〜〜っっ!!!!」 振り向きざま叫んだ島田は、はっと大鳥の格好を見た。 彼はこの短い間に着替えて戻ってきたらしい。今度の衣装は先程よりも更に奇抜だった。 「な、な、何だその格好っ!?」 島田が大鳥の姿を指さして固まる。 大鳥は今度は桃色の絹のネグリジェ姿である。短い丈の為、毛深い足が付け根から見えていて見苦しい。 が、彼は一向に恥ずかしがる様子も無く、やはりお揃いらしいネグリジェをもう一着手に持ち島田に言った。 「これを土方君に着せたい!!」 「なっ!?」 「……見たいだろう、君も?」 ふふふ…と笑う髭おやじ大鳥の言葉に、島田がうっと思わずネグリジェ姿の土方を想像してしまう。 『うわっ!何だよこりゃ。丈が短すぎやしねぇか?』 土方が細い色白の足が見えてしまうのを気にしながら頬を染める。 『いえいえ、お綺麗ですよ。副長…』 『…そうか? 島田がそう言うなら…間違いねぇな』 照れ臭そうな土方が頬を染めたまま島田を見る。 そして2人は見つめあい微笑合い… 「ふふふふ…」 「何を笑ってるかね、島田君」 「…っは!!!」 島田の意識がはっと戻ると、大鳥はいつの間にやら土方の布団の側まで移動していた。 「い、いつの間にっ!!?って、何してるんだ、あんた!!?」 見れば大鳥は土方の眠る布団を捲り上げて、彼の傍らに体を滑り込ませようとしていた。 島田は慌てて大鳥の腕を掴むと、そこから引き吊りだすべく力を込めた。 が、大鳥も土方にしがみついて「嫌だ〜〜〜〜っっ!!!!」と抵抗する。 「副長はあんたとは寝ないと言っているだろうがっ!!!」 「嫌だ嫌だ嫌だ〜〜〜っっ僕は土方君と寝るのだ〜〜〜〜〜っっ!!!!」 暴れれば暴れる程に、ネグリジェが捲れて大鳥の毛深い足があらわになる。 島田は吐き気を抑えて彼を引っ張った。 だが大鳥が手強いと見るや、島田は考えた。 「なら…こうだっ!!!」 「うぐっっ!!?」 いきなり島田は引っ張るのをやめて、大鳥の背中に抱きついた。そして腕を大鳥の向こうにいる土方に伸ばして、島田は大鳥を挟む形でぎゅぅっと腕に力を込めた。 間に挟まった大鳥が窒息しかける。 が、島田は手を伸ばした先の土方の体が割合と筋肉質なのに驚きつつ、思わず「副長…」と指を伸ばした。 そそそ…と胸に手を伸ばすと、土方の胸板が寝息に合わせて上下しているのが分かる。 思わず島田が顏を赤らめた時、大鳥は赤を通りすぎて真っ青な顔色になっていた。 そしてバシバシと島田の腕を叩く。 「諦めますかっ!?」と島田。 大鳥は無我夢中に頷いた。 島田はさすがに殺してはまずい…と力を抜いて体を放した。 「っっっぷはぁっ!!!!」 そんな声を上げる大鳥の体が、急にふっと力を失って島田の方に転がってきた。 「うわっ!?」 ピンク色の大鳥を抱える形で尻餅を着いた島田は、うわっと大鳥を見る。 彼の腕の中には今までしがみついていた土方の左腕があったのだ。 「わわわわっっ!? ひ、土方君の左腕がもげたっ!!?」 「ふ、副長〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!」 ぎゃ〜〜っっっと2人は悲鳴を上げると、左手を放り投げて土方の元へ駆け寄った。 そして布団で眠る土方を覗き込むと、彼は「う…ん」と息を吐きながら寝返りを打ち顏をこちらに向けた。 のだが。 「…ん?」 大鳥の眉がしかめられる。 「……あ?」 島田のこめかみに血管が浮く。 「…ふぇ?」 と眠っていた土方…のはずの人影が動く。 その動いた影に、2人の声が重なった。 「…伊庭…」 次の瞬間、五稜郭内に響き渡る破壊音が天を突き抜けた。 「うわ〜〜〜〜っっ!!! お、落ち着け2人とも〜〜っ!!!」 「ふざけるな〜〜っ!! 僕は土方君と一緒に寝たかったんだ〜〜っ!!!」 「あんたは一体いつからここで寝てたんだ〜〜〜〜っっ!!!」 2人が怒りの為に側にある家具を手当たり次第に投げつけてくる。伊庭はそれを辛うじてよけながら、2人を必死になだめようとしている。 「だって、俺も寂しくて歳さんに一緒に寝てもらうと思って来たらさ、歳さんいないんだもんよ」 「何だって〜〜〜っ!!?」 「じゃあ副長はいずこへっ!?」 大鳥と島田は伊庭の言葉を受けて、揃って室内を見渡した。 が、そこにあるのは2人が放り投げた家具ばかり。 「……副長………?」 島田は呆然と、呪文の様にその名を呟いた。 その頃土方は、大砲方の所で大騒ぎを起していた。 「ひ、土方殿落ち着かれよ!!!」 「五月蝿ぇっ!!! あいつらに一発かましてやるっ!!!」 何と土方は寝巻きのまま、大砲を自分の寝室に向けて撃とうとしていたのだ。 その寝乱れた姿の鬼気迫る迫力に、思わず大砲方一同が手を引っ込める。 そして、「ふっふっふ。見てろよあいつら…安眠させてやる!!!」と土方は呟くと、大砲に点火した。 「そりゃ永眠ですよ、あんた…」 誰かがそう呟いたが、その時はすでに遅し。 チュドーンっという大きな爆発音に続いて、ドカンッと爆発音が響く。 遠くから人間の悲鳴も聞こえた気がしたが、一同は声も出なかった。 ただ土方一人がふぅと息をつき、満足げに微笑んだ。 「邪魔したな」 土方はそう言ってニッコリ笑うと、そのままその場を後にしたのであった。 翌朝。 大砲によって破壊された土方の寝室から、黒焦げの人間が3人発見された。 が、何より五稜郭内を騒然とさせたのは、同時に見つかった桃色のネグリジェが土方の物かどうかという事だったという…。 |
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