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土方が京の街を歩いていると。 小さな男の子と女の子が傍らを駆け抜けた。 小さな体に見合った、小さな足音。 軽やかな声と共に聞こえる笑い声に、土方も思わず口元を歪めていると。 女の子の手が、男の子の背中に向かって振り上げられた。 男の子は気付かない。 叩くのか。 違った。 緩やかな軌跡を描いて振り下ろされた女の子の手からは、小さな小さな小石が放たれたのである。 それは男の子の背中にポンと当たり、音もなく地に落ちた。 はて、何だろう? 男の子が「さぁ行こう」と女の子を振り返り、手を差し伸べる。 今の小石の事になど気付きもせず。 その気付かれていない笑顔に満足して、女の子も手を伸ばす。 小首を傾げた土方の前を、2人は風のように走り去っていった。 意中の相手に気付かれないように。 小石をぶつけると。 両思いになれますよ。 そんな、小さな流行りおまじない。 通りすぎる女達の口からそんな話を聞いて、土方は成程と納得した。 男ばかりの新選組にあっては、縁遠くもある女性ならではの思いつきだ。 あの小さな女の子も。 あの年にあって既に女なのだと。 そう甘酸っぱいような、ほろ苦いような思いを胸に、屯所の門をくぐった土方だったが。 ふっと、顏を上げると。 目の前に、石が飛び込んできた。 「っっっ!?」 反射神経にものをいわせて、咄嗟にそれをよけた土方は、背後の壁にガンっとぶつかった石を見て絶句した。 それは拳大はあろうかという石で、この勢いでぶつかっていたら土方とて無事ではすまなかったろう。 土方がドキドキする胸に手を当ててそれを見ていると。 「ちっ!外したか」 「次行きましょう、次!」 そんな声が土方の耳に届いたのである。 まさかと思って振り返ると、土方の目に映ったのは屯所の中から石を振りかぶっている総司と鉄の姿。 その姿と、今し方の石を見比べて。 土方は怒鳴った。 「てめぇら、なんのつもりだっ!?」 「おまじないですよ、副長♪」 泣く子も黙る土方の一喝に、鉄がニコニコと応える。 その言葉に、土方は一瞬言葉を失った。 すると、そんな土方に向かって総司が石を投げつけてきたのである。 「っっ!?」 「あ、またよけられたっ」 ガンッと背後に着地する石を視界の隅で見ながら、土方は2人に向かって駆け出した。 「まじないって、小石でするもんだろうが〜〜〜っ!!」 おまじないの意図する所は無視して道具についてなじってみた土方に、鉄と総司が小首を傾げて微笑んだ。 「思いの強さを大きさで表現してみました♪」と。 「あんな大きさを食らったら死ぬわっ!お前ら俺を殺す気かっ!?」 屯所に飛び込んだ土方が怒鳴ると、2人は廊下を走りながら「ふっ」と視線を合わせて笑った。 否定はしないらしい。 「否定しろよっ!!」 「愛に犠牲は憑き物なんですよ?」 「総司!漢字が間違ってるだろうっ!?」 「いやんっ!以心伝心しちゃってるっ」 「………っ!!」 きゃっと頬を染める総司に、土方はゾッとする。 だが、根本的な問題に気付いて彼は叫んだ。 「しかも気付かれちゃいかんだろうっ!!?」 「大丈夫、気絶しちゃいますから♪」 「何が大丈夫だかわからんわ〜〜〜〜っ!!」 きゃ〜〜〜っと逃げる2人をうが〜〜〜〜っと追いかける土方。 屯所を駆け抜ける彼の目に、ふと自分同様に走る人影が飛び込んできたのはその時だった。 「俺に石をぶつけて何をするきだ〜〜〜っ!?」 「大人しくぶつかってくれれば良いんだよっ!」 どうやら土方達と同じ話題を持っているらしい。 新八が小石を振りかぶる左之から逃げ惑っていた。 「一度ぶつかれば良いんだからっなっ!?」 「な!って、嫌な予感しかしねぇぞっ!?」 新八はどうやらまじないの事は知らないらしいが、本能的な恐怖で逃げ回っているのだろう。 それにしても…と土方は思う。 あの左之までまじないの事を知っているとは…。 男だらけの新選組では無縁と思っていた自分の認識は、どうやら改めた方が良いらしい。 そう土方が一人納得した瞬間である。 「えいやっ!」 どこからか、小石が土方めがけて飛んできたのである。 咄嗟に気付いた土方は、手持ちの扇子でそれをはたいた! 「愛の跳ね返しっ!!」 思わず馬鹿な事を叫んでしまったが、とにかく小石を見事に跳ね返す。 するとそれは、飛んできたのとは見当違いな方向へと転がっていき… 「あでっ!?」 投げた人物じゃない隊士へとぶつかってしまった。 「あ、すまん…」 素直に謝ろうとした土方の視界に、石を投げた本人らしい隊士の姿も入ってくる。 あれ?と土方が理解できぬうちに、石を投げた隊士とぶつけられた隊士とがお互いに気付き見つめあったではないか。 「………………」 何だか、ぞわぞわと嫌な気配を感じた土方の目の前で。 「ああ、運命の人」 「こちらこそ…」 その隊士と隊士が抱きあったのである。 その光景を目の当たりにした瞬間、土方はまじないの効力を悟ってしまった。 「こいつは…本物だっ!!」 そして同時に気付いてしまった。 自分を取り巻く愛という名の殺気が沢山ある事に。 「や〜〜〜め〜〜〜ろぉ〜〜〜〜〜っ!!」 ひくっと土方がひきつった瞬間、目の前を新八が横切っていく。 まだ逃げ回る事に成功していたらしい彼が通りすぎた後で、彼が来た方向から石が飛んでくる。 それに気付いた土方の耳と目に、左之の姿と叫びがこだました。 「うわ〜〜っ土方さんに当たる〜〜っ!? 土方さんと両思いなんて嫌だ〜〜〜〜っ!!」 「こっちだってゴメンじゃっ!!」 土方は左之に一喝すると、先ほどと同様に扇子で小石をたたき落とした。 その様子にホッとしたのか、左之は満面の笑みに戻り「新八っつぁ〜〜〜んっ!!」と新八を追いかけていく。 それを見送ってから、土方は改めて深呼吸をすると… 「逃げてやる〜〜〜〜〜〜っ!!」 一斉に自分に向かって飛んできた無数の小石から、逃げ出したのである。 右から左から上から下から、続々と飛んでくる小石の数々。 土方は右からのを左へ。 左からのを右へ。 上からのを下へ。 下からのを上へ。 とにかく必死にぶつからないようにと、それらを扇子で跳ね返し続けた。 そのつど、小石がぶつかった隊士と投げた隊士とかラブラブになっていく。 「おえっ!!」 正直その光景に吐き気を覚えた土方は、ひとまず屯所から脱出しようと思った。 こんな所にいたらおかしくなってしまうっ!!! そう心の底から思った土方が屯所の門へ向かうと… ゴロゴロゴロゴロ…と何かが地を這うようなゴツイ物音がするではないか。 「あん?」 きょろきょろと辺りを見回した土方が、そっと背後を振り返ると…。 「土方さん、覚悟〜〜〜〜っ!!」 「副長、僕は副長と沖田さんの子供役で良いです〜〜〜っ!!」 そんな事を叫ぶ総司と鉄の2人が、巨大な岩石を転がしながら土方に迫ったのである。 その頭上見上げる位の大きさのある石を見て、土方は絶叫した。 「うわ〜〜〜〜〜〜っ!?」 慌てて逃げ出した土方を追って、鉄と総司も石を押して走り出す。 屯所から飛びだした土方の背後を、もちろん石も追いかける。 最初のうちは総司と鉄が押していた石も、そのうち勢いを持って自分で転がり始めた頃。 「あっ」 「あ」 総司と鉄は気付いてしまった。 「ぎゃ〜〜〜〜〜っ!!」 土方の悲鳴とそれを追いかける石の姿に、街の人々がギョッと目を丸くした時。 「どうしよう鉄っちゃん」 「どうしましょう…」 総司と鉄は石から手を放して立ち止まった。 が、石は止まらず、石が止まらないから土方も止まらず走っていく。 その後ろ姿を見送って、総司は小さく呟いていた。 「止める方法考えて無かったね」と。 そして「あははははは」と笑いあうのであった。 が、こちらはそうもいかない土方は、本当にお手上げの気分で両手を上げて走っていた。 「ぎゃ〜〜〜〜〜〜っ!?」 彼の悲鳴にギョッとした人々が、皆が揃って道を開けてくれる。 だから土方も走り続けるしかない。 土方が走るから石も走り続けるしかない。 次第に土方はそんな風に考え始めていた。 だから彼は思いついてしまったのである。 「そうか、俺が止まれば良いんだ」 思わずポンと手を打って、土方が走るのをやめた瞬間。 ぷぎっ。 石は止まる事無く、土方を弾き潰して走り続けていくのだった。 呆気にとられてそれを見ていた街の人々は、しかし石が去った後の道に残るはずの土方の遺体を見る事はできなかった。 何故なら、そこに土方はいなかったのである。 そう、土方は石にくっついたまま、石と一緒にゴロゴロと転がり続けていたのである。 石の勢いは止まる事無く。 転がる毎に柄の様になった土方が見えるのだが、街の人々にはそれが土方だなんて判らない。 まるで悪霊が取り憑いた石の如く、それは街の中を縦断し続け、そして… 高い壁に出くわした所で、それに強打されて…石はようやく止まったのだった。 ボロ…と崩れ割れた石と壁の間に、非常に薄っぺらくなった人影が発見されたのは夕方近く。 発見した人は最初、それは只の布きれだと思ったという。 だが暫くすると驚いた事に、それは膨らみを取り戻したではないか。 更に驚いた事に、膨らんだかと思ったそれが、叫んだのである。 「そ、総司ぃ〜〜〜〜って〜〜つの〜〜す〜〜〜けぇ〜〜〜〜っ!!」 まるで地獄から帰ってきたかのような叫び声に、誰もが声もなく見つめていると。 その人-土方はぎっと屯所の方角を睨んで走り出したのである。 「あんの野郎共!! ただじゃおかねぇっ!!」 あれだけの目に遭ったのに、ただごとになっていない自分の異常さはさておいて。 土方は全身を怒りに包んで走った。 走って走ってあっというまに屯所へと辿り着く。 そして中に飛び込んで、2人をとっつかまえようと思った土方だったのだが… 「あ、土方さんが帰ってきた」 「ちょっと大変なんですよ〜〜〜っ!!」 何と鉄と総司自らが彼の胸に飛び込んできたのである。 「お前ら…っ!!」 まさに鬼の形相で土方が2人を睨んだ時。 総司が土方に訴えたのである。 「土方さんが愛の跳ね返しをしたせいで、屯所がカップルだらけになっちゃいましたよっ!!」と。 「…………は?」 思わず拍子抜けした土方が、改めてしみじみと屯所内を見ると…。 右を向いても男同士がいちゃいちゃ。 左を向いても男同士がいちゃいちゃ。 ちなみにまだ新八は左之から逃げている。 しかも、廊下の向こうから伊東と近藤が手をつなぎながら歩いてくるではないか。 その光景を目にした土方に、総司と鉄が訴えた。 「どうするんですか、土方さんっ!!」 「このままじゃバカップル新選組になっちゃいますよっ!!」 どうするもこうするも、お前らが蒔いた種だろうが… そう思ったのだが、何も言い返せない土方は。 「もう、嫌だ」 ひゅ〜〜〜〜と倒れてしまうのだった。 その後、倒れた土方の顔面に石を落とそうとして、鉄が石を構えたりしたのだが。 そんな事は倒れた土方にはあずかり知らない事だった。 |
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実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。