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5月である。 新緑も目に眩しい、通る風の爽やかさに生命が活発に動きだす季節である。 どこかほんわかとしていた春を抜け、ぎらぎらと燃え盛る季節に入ろうというところ。 まさに人生が青い春から夏へと、油の乗った年波に乗ろうという時期でもある。 昔、この風の吹く頃に、土方歳三は生まれた。 「土方さん、誕生日なんです」 総司のひそひそ声に、思わず何事かと顔を寄せた面々が、一斉に白けた。 この時代、年は誕生日に取るのではなく、正月に一つ年を取る計算方式がとられていた。 「何かお祝いしてあげたいんですよ〜〜っ!!」 「何かって、祝ってもらって喜ぶのかよあの人」 冷めた視線で見返してくる新八と左之に、総司はキラキラと輝く目で語った。 「お祝いにかこつけて、からかいたいんですよ、あの人をっ!」 「…あの人もまぁ、素敵な弟分を持ったなぁ」 両手を胸の前で組み合わせて乙女の様にうっとりする総司に、新八が小さく呟いた。 「沖田先生、凄く素敵な考えだと思います!!」 「…あの人もまぁ、素敵な小姓をお持ちで」 呆れる左之の前で、土方の小姓の鉄が総司に賛同して同じポーズを取る。 触らぬ神に祟り無し、関わらぬ総司と鉄に悪意無し、放っておいても土方は地獄行き。そう考えた新八と左之は二人を残して花街にでも出かけようと思ったのだが。…懐が寂しい。 ちらりと背後を振り返り、彼らは尋ねた。 「時に、お祝いする様な予算はあるのか?」 あればこっちの兄貴分にも分けてくれよぉ〜と笑う二人に。 「無いですが、考えはあります」 総司はにんまりと笑った。 その笑顔を新選組では、悪魔の笑みと呼ぶ。 日差しだけで行けば夏に近い空の下を、土方は外出先から京に戻ってきたばかりだった。 余りの暑さに、まだ夏仕様になっていない衣をぱたつかせると、まだ涼しい気配の残る風が心地よく体を冷やしてくれる。ちょっと茶でも飲んで帰るかな…と彼は思った彼は、屯所近くの街道脇に新しい茶屋を発見していた。 こんな所に茶屋なんてあっただろうか…?と思いつつ、中を覗いてみる。 すると、彼をとんでもないものがお出迎えしてくれた。 「いらっしゃいませぇ〜っ」 「………島田………」 奇妙な裏声で土方を客として出迎えてくれたのは、何と、女装姿の島田だったのである。 絶句する土方の前で、島田も顔を真っ赤に染めた…かもしれないが、圧塗の白化粧の為に判らなかった。 「おおおおおお、お前っ何を…」 しているんだ!?と尋ねようとした土方の目に、やけに活気溢れる店内の様子が見えてくる。 余りの衝撃で貧血を起こしたように視野が狭まっていたのだ。 「総子さ〜ん、4番台串団子2皿入りま〜す!!」 「平子さ〜〜ん、3番台ご指名よぉ〜」 土方は口をあんぐりと開けた。 そこに広がっていたのは、新選組の面々が女装姿で茶屋を経営する姿だったのである。 結構な賑わいを見せる店の中で、土方はがくがくと震える体を必死で抑えた。 「お、お前らは一体何をしているんだ!?」 「何をって…副長のご命令で女装茶屋を経営してます」 「俺の命令!?」 不思議そうに巨体を屈めながら回答した島田は、ギョッとする土方を見て同様にギョッとした。 「まさか!沖田さんの嘘!?」 ばっと振り返った彼の視線の先には、一番奥の座席でお客に熱燗をお酌している総司の姿。 その余りに手慣れた様子と余裕っぷりに、土方は全身からどっと疲れが吹き出すのを感じた。 「あの、あの、沖田さんが、新選組が資金難だから副長が金儲けの策を考えたって言ったんですよ!!」 だからこんな格好もしたんです!!と涙を流し、土方にしがみついてくる島田の化粧が崩れる。 あまりに恐ろしいのでそれを見ないようにしながら、土方は島田を引きずったまま総司の元へと走った。 「総司!!」 「あ、何ですか土方さん、お客さんの前ですよ?」 「お客ってなぁ、その前にお前…」 鬼の形相の土方の突然の登場にも、総司は飄々と手を女っぽく振って彼をたしなめる。 土方はその様子にげんなりしながらも、彼の隣に座る客を見て、更に愕然とした。 「か、桂じゃねぇか!!」 そう、そこに座っていたのは、長州の大物・桂小五郎だったのである。 桂を見たら捕まえろ。 確かそう上からもお達しがあったし、新選組隊士にも似顔絵を見せておいたはずである。 「いかにも桂さんですよぉ。でも今は、お客様」 「どうも」 にこにこと微笑む総司の横で、桂も端正な顔をにやりと歪ませた。…楽しんでいるらしい。 総司も総司なら、桂も桂だと、呆気にとられた土方が固まっていると。 「副長も着替えて下さいよ〜」 背後から、いつの間にやら現れた女中姿の鉄に袖を引かれた。 斉藤が長い髪を三つ編みにして、無表情ながらも美形という事で男達にもてはやされている。 新八と左之は外見は恐ろしかったが、話の内容の面白さで場を盛り上げている。 厨房では島田と中島と相馬が必死に注文の料理を作り、野村がそれをつまみ食いしては総司に殴られていた。平助と鉄は厨房と客席を行ったり来たりで料理を酒を運んでいる。 「…新選組ではいつもこんな調子なんですかな?」 「………今回は見逃すから、帰ってくれ」 にやにやと笑う桂の隣には、無理矢理女装させられた土方が座っていた。 あまりの美人っぷりに、他の客席からもちらほらと視線を寄せる輩が絶えない。 「見逃す?…ふふ、私としては是非あなたと今後もおつきあいを願いたいものだが」 土方は余裕の笑みを浮かべる桂を、横からしみじみと眺めた。 すっと通った鼻筋にきめ細やかな肌、涼しげな目元は一見優しげだが、瞳には力がある。噂にたがわぬ結構な美形である。その形の良い唇に「畜生、俺と良い勝負かもな」等と考えていた土方は、突然近づいてきたその唇に、はっと視野を広く戻した。 「桂!?」 「この店、お持ち帰りは出来るのかな?」 土方の顎を取り、桂は耳元で艶っぽく囁いた。 その間近で見た黒い瞳と、顔に影を作る黒髪と、そしてその声音に。 思わず土方は顔を赤らめてしまった。からかわれていると判っているのに、体が反応できなかったのだ。 「…くっ」 これが、桂小五郎。 唇を噛み、土方がその手を払おうとした、その時だった。 「お持ち帰り結構ですよ〜」 にっこりと、酒を運んできた総司が笑顔で答えてくれていた。 顔面蒼白になった土方を軽々と抱き上げて、桂は笑った。 「この姫様には藩邸の連中もさぞや驚くだろう」 「可愛がってやって下さいね〜この人今日、お誕生日なんで」 声もなく硬直している土方を挟んで、にこにこの桂と総司である。 あわあわと様子を窺っている島田達が視界に入った途端、土方は腹に力を取り戻した。 腐っても土方歳三、新選組の鬼副長のはずである。…と自分に言い聞かせて。 「ちょっと待て〜〜〜っ!!」 「おお、どうした花嫁。長州藩邸はあなたを歓迎しますよ」 「そうですよ歳子さん、あちらで可愛がってもらうんですよ」 叫ぶ土方に対して、相変わらず彼を抱っこしたままの桂と、彼の前に立つ総司が笑う。 「誰が花嫁だ!俺が長州藩邸入りって、それお前、誘拐じゃないか!拉致だろう誘拐だろう生きて帰れないだろうっ!?」 離せ〜〜〜っと暴れる土方を楽々と押さえ込み、桂は爽やかに笑った。 「はっはっは!藩邸の連中も、この姿を見てまさかあなたが土方歳三だとは思うまいな」 「そうですよ〜あなた今、歳子なんだからぁ」 「誰が歳子だ!俺の人生を誕生日にやり直させる気か〜〜〜っ!?」 わ〜〜〜っと暴れ続ける土方に、桂が軽く溜息をついた。 「どうやら嫌われてしまっているらしい」 「惜しいですねぇ。こればっかりは乙女心なんで許してやって下さい」 「副長の乙女心…」 ぶはっと聞いていた左之と新八が総司の言葉に吹き出す。 桂は新八と左之を殺人光線で睨みつけている土方をそっと腕から下ろすと、心底残念そうに微笑んだ。 「しょうがない、今日は諦めます。またいずれ、ご機嫌麗しい時にご挨拶申し上げますよ」 「けっ!その時はお縄に付けてやるよ」 解放されてホッとした土方は、仮にも抱きかかえられてしまった照れから拗ねたように顔を背けた。 桂はそんな土方にくすっと笑みを漏らすと、素早く彼の顔に顔を近づけて…。 ちゅ。 土方の目が点になり。 それを見てしまった島田も、新八も左之も、斉藤も平助も、相馬も野村も誰も彼もが目を点にして。 総司と鉄が思わず拍手をする中で。 「では、また」 桂は固まる彼らを残して、素早く爽やかに店を立ち去っていった。 誰も追う事も出来ずに固まっている店内に、その涼しげな声だけを残して…。 「い、今、桂の奴…土方さんに…」 「…接吻…してった…」 うわぁと呟く新八と左之。 「うわ〜〜〜っ素敵な人でしたね、桂さん!」 「僕たちがこうやってお金を稼いで副長に何か贈り物をしようなんて、遠く及ばない衝撃でしたね!!」 きゃ〜〜〜っっと手を叩きあい笑顔笑顔の総司と鉄に。 土方が目だけギロリと動かして、そして。 「てめぇら…」 叫んだ。 「俺への贈り物買う為の資金作りに、俺を売ろうとしやがったなぁああ〜〜〜っ!!」 物すごい形相で叫び、怒鳴り、総司と鉄を追いかける土方。 その真っ赤に染まった顔を眺めながら、オロオロとする島田の背後で野村が笑った。 「桂に接吻されるなんて、副長の負けだねぇ」 「桂、本気かなぁ」 相馬が売り物の団子を口にしながら呟くと、野村は肩をすくめた。 「また、って言ってたからな。本気なら口説きに来るんじゃねぇ?」 「副長、店は閉じましょう」 島田の声に、土方が叫んだ。 「当たり前だ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 桂は大騒ぎの店を離れて窺いながら、自分の唇を指でなぞった。 柔らかい、男にしては心地よい感触。 「土方歳三か…面白い奴」 その微笑みが、これからも土方を悩ませる事になるかもしれない。 |
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実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。