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土方は遥かなる蝦夷の大地と寒風吹きすさぶ海を見つめて呟いた。 「随分と…遠くまで来たもんだな」 しみじみと海風に吹かれる彼に、能天気な声が跳ね返ってくる。 「本当に、伊東さんが怖くてココまで来ちゃったんですもんね〜」 「…鉄、お前…」 ピキっと土方の眉間に血管が浮く。 「あ、切れる切れる」 きゃっきゃっとはしゃぐ少年に、野太い声がかかるのと土方が何かを叫びそうになるのは同時だった。 「こら、土方さんをからかうんじゃない」 「あ、島田さん」 「土方副長…いえ、陸軍…」 巨漢の同士・島田が言いかけるのを土方が手で制した。 その目が暗い影を落とし、この北の地で得た役職を語る事を拒否しているように島田には見えた。 そう、彼はどこまでも新撰組の副長であり続けようというのだろう。 島田はそう理解して、「すみません」と照れ臭そうに言おうとした。 その時。 「や〜〜〜っっ凄い凄いですよ!土方さんっ!! 富士山ってこっからでも見えるんですね〜っ」 「見えるわけねぇだろう!!」 「え〜〜っだって、あんなに立派な山なのにぃ?」 「島田!こいつぶっ倒せっ!!!」 「や〜〜んっ暴力反対!!」 土方はかたわらではしゃぐ鉄-市村鉄之助-を今にも殴りかからんばかりの形相で叫んだ。 思わず島田が固まる。 「そんなすぐに怒るから、伊東さんにちょっかいだされるんですよ〜だっ」 「お、おま、お前がそれを言うのは相当におかしいぞっ!!!」 「何故ですか?僕は何でもお見通しですよう」 「何だとっ!?」 「だってあの山は確かに富士山以外の何でもないです」 すっと少年の若い指が指し示す先を土方が見る。 すると、何とそこには頂に白化粧を施された日本の象徴・富士の姿が…! 「ば、馬鹿な〜〜〜っ!?」 「おお、これは絶景」 島田は驚きを通り越したのか、素直に手を叩いている。 「絶対に変だ〜〜〜っ!! ここは蝦夷地だぞ!? 江戸からどれだけ離れていると思ってるんだっ!?」 「良いじゃないですか、どれだけ離れてても」 「お前は黙ってろ」 相変わらず跳ねる鉄之助をきっとにらみつけ、土方は島田に言った。 「どう考えてもおかしいぞ」 「いや、あいつがおかしいのは前々からで…」 「鉄じゃない!ここの事だっ!!」 島田はそう言われて初めて「ああ」と辺りを見回す。 「…普通の蝦夷地かと」 「……あのな、島田君。まさしくここが蝦夷地なら、どうしてあそこに富士山が見えるんだい?」 思わずにっこりと笑う土方に、つられて島田もニッコリ笑う。 土方はその緩んだ腹筋にすかさず拳を一発くれてから、辺りを素早く見回した。 「うぐっ!ふ、副長、何をなさるんですか?」 「いや、すまん。万が一伊東が化けていたら…と思って」 「やっぱり伊東さんが怖いんだ〜〜っっ」 鉄の頭を一回はたいてから、土方はその少年の張りの有る頬を両側からつねる。 「にゃ、にゃにを〜〜〜っっ?」 「…お前も残念だが本物らしいな」 「何で残念ですか!!」 両頬を真っ赤にして少年はすねた声を出す。 「さっきからお前の発言はおかしすぎるんだよ!!!」 「僕は目の前の事象をありのまま受け入れているだけですっ!!」 ぶーっと抗議する鉄に土方も負けじと叫んだ。 「ああ、そうか!じゃあ俺だって受け入れてやるわっ!! こうなったら何でも受け入れるぞ!ああ受けるともっ!!」 「そりゃあ良かったっ!じゃあ僕の愛も受け入れてくれるんだねっ!?」 「わっっ!?」 突然脇からにょっと顔を出した男に、思わず土方がのけ反った。 「伊庭っ」 「いや〜土方殿のその発言、待ってました」 にこにこと土方の手を取る伊庭八郎の出現に「は?」と目を丸くする土方。 が、その伊庭の手を島田が払った。 「お控えを伊庭殿!!」 「む。何だね島田君。僕と土方殿の蜜月を邪魔しようって言うのかい?」 側で土方が「蜜月じゃない、じゃない!」と慌てて手を振っているが誰も耳を貸さない。 「副長には決まった方がおられるのですから、伊庭殿はどうぞお控えを」 「決まった相手?」 「決まった相手!?」 同じ台詞を伊庭は眉間に皴を寄せ、土方は驚愕に顏をゆがめて叫んだ。 「そうです。では、ご登場願いましょう。新撰組といえばこの方…」 「ま、まさかっ!?」 「わ〜〜いっ局長ご無事だったんですね?」 ちょっと顏が青ざめる土方の脇で、鉄之助が「近藤先生〜〜」と手を叩く。 が、そこに大声で割って入る声が響いた。 「ちょっと待った〜〜〜〜っ!!」 「あ、榎本…」 やばい…と肩をすくめて顏を隠す伊庭の元に、榎本武揚がゼェハァと息も荒く駆け寄る。 息が荒い割には顏が青い。 「伊庭っ!!」 「はぁい」 「何で毒薬飲んだのに生きてるんだっ!?」 「毒薬っ!?」 突然現れた榎本の、更に突然のその発言に一同がぎょっとする。 そう、函館で重症を負った伊庭は、戦況に「明日は割腹」を覚悟した同士によって毒を勧められ息絶えたのである。 が、言われた伊庭はてへへへっと左手で頭を掻いた。 「うわっ!しかも左手があるっ!?」 榎本は更に顏を青くして、伊庭の左手を指さした。 伊庭の左手は箱根での激戦の折り、手首から先を切断されているのである。 その指摘にも伊庭はしゃあしゃあと答えた。 「ああ、これ。左でしたっけ?」 とポンと左手首を右手首にはめかえた。 すると左側は手首までとなり、伊庭は今度は右手で頭を掻いた。 「〜〜〜〜っ!!」 ぶくぶくぶくと榎本が泡を吹いて転倒する。 「ああっ!榎本様がっ!!! どうしましょう、土方さ…」 鉄之助が慌てて土方を仰ぎ見ると、彼はもう目をつむり小声で念仏を唱えていた。 「副長しっかりなさって下さいっ」 「島田さん、もう副長じゃないですよ〜」 「五月蝿い鉄之助っ!!!」 ごつんっと島田の拳が降り下ろされて、鉄は涙目になる。 「もうっ今日はこんな事ばっかりだ〜〜っ!!」 「おやおや、どうしたんですか?」 「あ、あなたは…」 子供っぽくぶーたれた鉄の頭を誰かが優しく撫でてくれる。 その人を見上げて鉄は叫んだ。 「土方さんの決まった相手っ!!」 念仏を唱えていた土方がぶ〜〜っと血を吐いて倒れる。 「ふ、副長〜〜〜〜っ!?」 島田が慌てて助け起こすが、その目はすでにあの世を見ている。 「鉄!お前は何をっ」と島田が怒って振り向いた先にいたのは… 「島田君の声がしたから、つい出てきちゃったよ」 「…お、沖田さん…」 「あれ?土方さん、寝ちゃったの?」 なんとそこに現れたのはまさしく新撰組一番隊組長・沖田総司その人だった。 伊庭は彼を見るとすかさず声をあげた。 「ガキじゃないか!」 「何ですかあなた、僕の方が2つ上ですよ」 「何で伊庭殿の年をご存知なんですか?」 余裕をかます沖田は島田の問いには答えずに、土方の側にいくと彼の顔に手をかけた。 「もう、土方さんったら青筋立てて眠っちゃって…」 「眠ってるんじゃなくて気絶」と鉄がさり気なくつっこむ。 「土方さん…カワイイっっ!!」 きゅ〜〜っと沖田が土方の顔を抱きしめようとしたその時! 「ちょっと待てっ!!!」 「あ、起きた」 突然土方は復活した。 が、今度は誰の顔も見ずに、一人ブツブツと呟きだす。 「大体にして総司がここにいるわきゃないし」 「いますよ〜」 「伊庭は人間の理を無視してるし」 「失礼だな」 「大体どうしてここから富士山が見えるんだ?あ??」 「現実を見据えましょうよ〜」 「おかしな事が多すぎる!! そうだ、これは夢だっ!! 夢なんだっ!!」 「ふ、副長…」 周囲がそれぞれつっこむ言葉にも反応せず、土方は一人そう納得するとゴロンっと横になった。 もう周囲を完全に無視である。 「土方さん?」 「夢だから総司も出てくる。目を覚ますにゃ寝るしかない!!」 ふて寝に近いその態度に、周囲は顏を見合わせた。 そして島田がポンポンと土方の肩を叩く。 「うるさいっ!」 すかさず土方がその手を払う。 しかしまたもやポンポンと叩かれる肩に、土方はまたもやそれを払う。 「……歳」 「うるさ…っ!? その声は…近藤さんっ!?」 意地でも寝てやると決め込んだ土方の意志は、その懐かしい声にすぐに崩れた。 彼は慌てて起き上がり声の主をみると、それはまさしく盟友・近藤ではないかっ!!! 「こ、近藤さ〜〜〜んっ!!」 「おいおい」 思わず抱きつく土方を近藤が優しくあやす。 「いや、私が本当に御呼びしたのは局長だったのですよ」 「な〜んだ」 「うわ〜土方さん泣いてるよ」 「恋破れたか…」 土方は近藤に抱きつきながら聞こえてくる外野の声に叫んだ。 「うるさいっ!!! お前ら俺の夢からいい加減出ていけっ!!」と。 だが… 「おおっと。歳いきなり動くなよ…」 近藤の慌てた声に、土方はすかさず「ああ、ごめんごめん」と彼を振り返り、そして…叫んだ。 「うわ〜〜〜〜っ!! く、く、首が、近藤さんの首が〜〜〜っ!!」 見ると近藤の首が土方がいきなり離れた弾みで取れ、ゴロンゴロンと転がっていくではないか! 真っ青になった土方が慌ててその首を追う。 首は首で「お〜〜止まらないな、こりゃ。歳、早く拾ってくれ」などと喋っている。 土方はその首の存在に「ひ〜〜〜っ!?」と叫びつつも、盟友の顏を追っていずこへかと走っていった。 そして鉄之助が呟く。 「島田さん、土方さん絶対気付いてないよ」 「そうだったのか…」 「あれ、土方さんってば知らないんですか?」 呆然と土方の行方を見送る島田に総司が首をかしげた。 「誰かが言わなきゃしょうがないだろう」 「じゃあ伊庭さんが言う?」 鉄之助の言葉に伊庭はぶんぶんと左手を振ってから、はっとまたそれを右に戻した。 「おれ、こっちにも言わなきゃいけない気がするし」 と戻した右手で伊庭が指さす先には、倒れたままの榎本の姿が。 「あ〜じゃあ、私が言いますかね」 「沖田さん、お願いします」 「はいはい」 頭を下げる島田に軽く返事をして、総司は叫んだ。 「おお〜〜〜いっ!土方さん、ここは死後の世界なんですよ〜〜っ!皆死んでからここに来てるんですよ〜〜〜っ!だから、何でも有りなんです〜〜〜っ!!」 総司の声は、空間をどこまでも走っていった。 「ところで、伊東さんってどうなったの?」 「あれ、鉄之助君知らなかったんですか?」 「えっ?えっ?」 総司の言葉に鉄之助が身を乗り出す。 すると総司は茶目っ気たっぷりな顏でこう言った。 「あの人、とっくに転生してるから、ここには来られないんです」と。 「ちなみに何に転生を?」 「う〜んと、確か二丁目のお姉さまに2人に分かれて…」 「ああ。一人じゃ収納きかない人だったんですね…」 島田はぽつりと呟いた。 |
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