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最近、土方には不安がある。 気がつくと考え込んでしまっている彼を見て、島田が心配そうに声をかけた。 「副長…大丈夫ですか?」 「ああ、すまん」 はっと意識を戻し、土方は傍らに控える島田を見た。 大丈夫だと笑って見せるが、島田から見た土方の顔色は優れない。ただでさえ白い肌が、まるで青ざめているようだと、島田は思う。 彼らは今、蝦夷の五稜郭内を歩いている。 これから開かれる軍議に参加するべくなのだが、島田は正直な気持ちを口にした。 「副長、少し休まれては?」 「あ? 何を言ってる。大丈夫だよ」 部下にまで心配をかけている己の心のうちに苦笑して、土方は会議室の扉に手をかけた。 島田に言えば笑われてしまうだろう。 彼がずっと抱えている不安とは、そんなものだ…と、自分でも判っている。 判っているが、不安なのだ。 島田には話してしまおうか。 「大丈夫だ」 そう呟きながらも、呟いた土方が部屋に入った瞬間だった。 「やぁ、土方くん」 先に部屋に入っていた大鳥を見て、土方は叫んだ。 「ぎゃ、ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 そして走った。 走って走って、驚く島田を置いてどこまでも走っていった。 「ふ、副長〜〜〜っ!?」 「土方くんっ!?」 呆気に取られる島田の側に、大鳥も寄ってくる。 自分を見た人間が突然叫びだし、そして逃げ去っていけば不審にも思うだろう。 「す、すみません…」と島田が大鳥に詫びようとした、その時。 島田も見てしまった。 アフロヘアになっている、大鳥の頭を。 「っっっ〜〜〜〜〜〜〜っ!?」 声にならない声を上げる島田。 思わず尻餅をついた島田を、大鳥が不思議そうに見下ろしている。 「どうしたんだい、島田君まで…」 そう呟いて、手を差し伸べてくれた大鳥だったのだが。 「ふ、ふふ、副長〜〜〜〜〜っ!!」 その手を払いのけ、島田は土方を追って走り出してしまう。 「…島田君…」 後には、少し寂しそうな大鳥が残された。 そんな彼の耳に、聞き慣れた声がしたのはその直後。 「あれ、今土方くんの声が…」 すぐに現れた榎本に、彼は「榎本氏!」と笑顔を向けた。 しかし。 「う、うわ〜〜〜〜〜っ!?」 今度は榎本の悲鳴が、五稜郭に響き渡るのだった。 島田が土方の部屋に入ると、そこには鉄や野村・相馬の姿があった。 ついでに伊庭までいる。 「ふ、副長は!?」 「あれ」 野村が指さす方向を見ると、そこには震える丸い布団の山。 島田がそっとそれをめくると、中には体育座りをして丸くなる土方がいるではないか。 「副長大丈夫ですか!?」 「お、おおお、お前も、お前も見ただろう!?」 「ええ、見てしまいました…」 はぁ…と深いため息を吐く島田に、土方ががばっと布団から脱出するとしがみついた。 「あいつ、あいつおかしいよなぁ!? あの頭は何なんだ!? し、自然界にありえるものなのか、あれはっ!!? お、俺はあいつの頭を想像するだけで、最近は夜も眠れなくて…っっ」 ひぃい〜〜〜〜っと叫ぶ土方を必死に、なだめながら島田は気付いた。 「最近の副長の様子がおかしかったのはそれか!」と。 以前に聞いていたなら、笑っていたところだ。 しかし、先ほどの大鳥を見た今となっては… 「確かに、あれは…」 うぐっと大鳥の頭を思いだし、島田は口を押さえた。 そんな二人を見ながら、鉄がぼんやりと呟いたのはその時。 確かにあの人さ〜頭相当にやばいよね」 子供ながらの高い声に、相馬がきょとんとした顏を向ける。 「何、頭って中身?外?」 声は低いが、中身はよほど鉄より子供っぽいかもしれない。そんな相馬の隣で野村が笑う。 「両方両方」 かっかっかっと笑う野村に、伊庭も頷いた。 「昨日は凄い長い真っすぐな黒髪だったんだがなぁ…一晩でどうしたらああなるかね」 「おかしいよねぇ」 そう呟きあう四人に、島田はしがみつく土方をそのままに尋ねた。 「お前ら、以前から気付いていたのか?」 「気付くって…そりゃ気付くでしょうよ」 野村は尋ねた島田に、意外といった顏をした。 「ちょい前まで、あ〜この人そろそろ頭髪やばいな〜消えるな〜って思ってたのがさぁ!」 「いきなり増えてるんですよ!?…髪の毛が」 鉄が言葉を引き継いで叫ぶと、一同がうんうんと頷いた。 「呪いかな」 「自分で自分に呪いか?」 「呪術だ」 「呪い師だったのか、あの人」 言いたい放題の人々に、島田も思う。 失礼ながら薄くなっていた頭髪が、いきなり増えたり変化したりすれば、そりゃ驚くし不審だ。 だからって土方のこの怯えよう… 島田はまだ己の腕にしがみついている土方を見て、ふと思った。 「副長、何をそんなに…?」 そう、島田が土方の頭に視線を集中した瞬間。 「っっっ!!」 彼は見てしまった。 「っっ!?」 はっとして、土方は慌てて体を離すが、時既に遅し。 驚愕の眼差しで見つめあう二人に、鉄達は目を丸くしていたのだが。 「…み、見たなっっ!?」と土方が叫ぶのと。 「副長の頭に、禿げがっ!!」と島田が叫ぶのは同時だった。 秘密を暴露した事で、土方からひっぱたかれた島田は、頬を赤くしていた。 そんな彼を織り交ぜた5人の仲間達に、土方は語る。 「あいつ、俺の髪の毛をむしり取った形跡があるんだ」 「あちゃ〜あのオッサン、そんな手を使って…」 ひゃ〜と呻く野村の横で、相馬と鉄が笑う。 「副長髪の毛多いから!」 「少しくらい分けてあげても良いじゃないですか、ついでに血の気と一緒に!」 けけけけっと笑い余計な事を言った鉄に、土方の鉄拳が下る。 「うえぇ〜〜っん!! 土方さんがぶったあああああ〜〜〜っ!!」 「それでよう…」 膝に顏を埋めて泣く子供を見ながら、膝の持ち主である伊庭が土方に尋ねた。 「本人に問い詰めて、やめさせりゃ良いじゃねぇか」 「無理だ」 土方はちらりと伊庭に視線を向ける。 黙って見つめあえば、良い男同士なのだが。 「そんなんで諦めるなら、ヤツは最初から己の濃い体毛を使ってるだろうよ」 「それもそうだ。しかもきてれつな髪形を考えるしなぁ…まっとうじゃねぇ」 二人ともそこはかとなく、口が悪い。 「しかしこのままでは、副長の頭と精神に影響が…」 そ〜っと口を出した島田をギロリと睨み、土方は唸った。 確かにそれはその通りなのだ。 「何とかしてヤツの行動を食い止めるには…」 ちっと舌打と共に呟いた土方に、それまで泣いていた鉄が急に顏を上げた。 「それなら!!!」 と、嘘泣きのはっきり判る笑顔を見せて…。 土方が消え、榎本も走り去った事で、大鳥は一人会議室に残されていた。 「会議はどうするんだい」 ぶっと呟く彼の耳に、トントンと扉を叩く音がする。 やっと二人が戻ってきたのかと、「どうぞ!」と喜んで立ち上がった彼だったが…。 ゾロゾロと入ってきた人々を見て、彼の眉はしかめられた。どうした事か、予想通りの土方はともかく、その背後からは彼の部下達もついてきていたのである。 「何だい何だい、客が多いねぇ」 「…うわ、やっぱり爆発頭だ…」 相馬が小さく呟くのを、野村がその口を手で塞いで止めた。 が、その止めた彼の手も、込み上げる笑いの為に震えている。 「大鳥殿!!!」 こちらは声も震えている土方が、あえて大鳥の頭を見ないようにして叫ぶ。 「え?」 「暫しお時間を頂き、あなたに贈り物をしたい!!!」 「贈り物?」 きょとんとした顏で首を傾げる大鳥…の頭が、少しズレた。 咄嗟にそれを手で押さえる彼を見ないふりをして、土方は指をパチンと弾いた。 その音と共に、鉄や伊庭達がわ〜〜〜っと大鳥に走り出す。 「な、何だ何だ〜〜〜っ!?」 驚く大鳥に群がる人々を見て、土方は島田に言った。 「…榎本殿を呼んでくれ。検分してもらいたい…」と。 そして、島田の去った室内で、驚く大鳥への… 「大改造で〜〜〜っす!!!」 が、始まった。 「大改造!?」 目を丸くして血相を変える大鳥の頭を掴み、鉄が情け容赦なくアフロをはずした。 「ぎゃ〜〜っな、何をする!土方くんの髪の毛で作った特製の頭なのにっっ!!!」 そう叫んだ大鳥だったが、土方は怒るより先に、アフロの下から現れたまばゆい光景に目を逸らしてしまった。 その土方の耳に、仲間達の声が響く。 「これをこうして…」 「こっちを長くして」 「これは巻く??」 等々と言う人々の声に、時々混ざる大鳥の悲鳴。 そんなこんなのうちに、島田が榎本を連れて戻ってきた。 「土方君、一体何事…」 榎本が恐る恐る室内に足を踏み入れるのと、土方と島田が榎本と一緒に大鳥を振り返ったのは、まったくの同時だった。 「完成しましたよ〜〜〜〜〜っ!!」 そう笑う鉄の声に、大鳥を見た3人は。 「…っっぶふぅう〜〜〜〜〜っ!!」 吹きだしていた。 何故ならそこにいた大鳥の頭は… 黒々とした艶やかな髪の、7:3分けもみ上げ付き縦ロールになっていたのである。 「どうなってるんだいっ!?」 怒る大鳥に、鉄が慌てて説明する。 「昆布で作ったカツラですよ、大鳥殿!!!」 「昆布っ!?」 ぐるっと大鳥が鉄を見ると、ぬめった昆布がぐるっと揺れる。 その様子に腹を抱えだした榎本と土方。 「そうそう!昆布なら黒っぽいし、きっと頭皮にも良い栄養剤になるんじゃないかって」 ぷくくくくっと笑いながら説明する野村と伊庭を、大鳥が振り向くと。 今度はカツラがぐるっと回りすぎて、前後が逆になってしまった。 本来後ろの部分が前に来た為、まるでお化け状態の大鳥。 その顏に土方は… 「は、腹が痛ぇ〜〜〜〜〜っ!!」 転げて笑いだしていた。 「ふ、副長っ」 必死に込み上げる笑いを我慢する島田だったが、それを見た大鳥は意外にも明るい声を上げたのである。 「土方くんが喜んでいる!!!」と。 そして彼は、ぐるっと頭を振って、かつらの前後を戻すと鉄達を見て。 「ありがとう!突然でビックリしたが、喜んで使わせて貰うよ!!」 そう叫んだのだった。 ご機嫌に立ち去る大鳥の背中を見送って、土方達も引き上げる。 島田も土方と並んで歩きながら、ホッと胸をなで下ろしていた。 「いや〜今回は副長がご無事で何よりでした」 「何言ってやがる、俺もそうそう…」 ふふんっとやっと余裕が戻った土方の耳に、大鳥の呼ぶ声がする。 「あん?」 振り返った彼らに、大鳥は廊下の向こうから跳ねつつ叫んだ。 「これ、是非土方くんにも作ってあげておくれ〜〜〜〜っ!!」と。 目を丸くした島田の横で、土方が慌てて己の頭を触ると。 「僕のカツラの為に、随分と土方くんの髪も使っちゃったから〜〜っ」 大鳥はそう付け加えて、去っていった。 「……………」 そして、言葉を失った土方の後ろ髪を、鉄が引っ張ると…。 ズル。 島田の記憶は、そこで途絶えた。 何故なら、その瞬間その場にいた全員が、土方によって攻撃されたからである。 「ふ、副長…」 呻く島田の最後の視界に見えたものは。 きらっと輝く土方の… 涙だったのか、頭だったのかは誰も知らない。 |
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実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。