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とある小国の、とある小さな村。 そこに、美しいと国中に知れ渡る娘が住んでいました。 その名を、土方・シンデレラ・歳三。 周囲の人々の多くは、彼女へ好意を込めてこう呼びます。 「歳」と。 ですが彼女には大きな秘密があったのです。 ※文句は一切受付けません(汗) この国は長く、民から大変慕われている国王一家が治めていました。 最近その後継者たる伊東王子の妃を選ぶべく、一家の住まう城でパーティが催される事が決まったばかり。 小国とはいえ、それは国のファーストレディ。 国中の娘達や、娘を持つ親達は皆色めき立ちました。 しかし人々は内心で思っていたのです。 恐らく、あの美しい歳に敵う者などいないだろうと。 それを否定するものも疑うものもいないほど、歳の美しさは際立っていました。 美しい歳と、やはり見目麗しい伊東王子。 世間の人々からしたら、こんなに完璧なカップルはいないと思うくらいのものでした。 ですが。 「じょ〜〜〜〜だんじゃね〜〜〜〜っ!!」 「と、歳、声が大きいっ!!」 小さな村の外れに建つつつましい家で、歳の叫びが響き渡った。 必死に声を抑えようとする継母・近藤を蹴飛ばし、歳は物凄い勢いで自分の荷物をまとめだす。 「おやおや歳、どこへ行こうというんだい?」 「五月蝿い!俺は伊東なんかと結婚なんてゴメンだ!!! 逃げる!!!」 蹴飛ばされた母を助けるでもなく、姉の一人・大鳥が笑う。 「マリッジブルーだね」 その顏にスリッパがベシっと飛んだ。 「ああっ!落ち着いて下さい、歳っ」 「五月蝿い島田!俺の行き先を誰にも教えるなよ!!」 やはりそこに駆けつけたもう一人の姉を睨む歳は、両手に大きな鞄を提げていた。 それを見た島田は、歳にすがりついて叫んだ。 「そんな事しても、王子は絶対諦めるような人じゃないですよ〜〜っ!!」 「知るか!そもそも国中が誤解してやがる!!」 「歳っ!!」 荷物を振り回して姉・島田を振りほどこうとする歳に、継母近藤もすがりつく。 「落ち着いて!!」 「落ち着けるか!」 「仕方ないじゃないですか、こればっかりは!!!」 「仕方ないですむか!大体だな、俺は、俺はな〜〜〜〜〜っ!!」 「言っちゃ駄目ですよぉお〜〜っ!!」 歳は近藤・大鳥・島田を睨みつけ、言い放った。 「俺は男なんだ!!」 そう、これが彼女ではなく彼、歳の秘密であった。 小さな部屋でドッタンバッタンと暴れる人々の頭上を、ビブ〜っという音が通りすぎる。 それはつつましい家の、つつましい呼び出し音。 「はいはい?」 大鳥が顏を出すと、そこにいたのは黒いローブを羽織った青年。 青年はニッコリと笑うと、家の中から響く怒声と物音に耳を澄ました。 「やってますねぇ」 「まったく、往生際が悪くって」 オホホと笑う大鳥に、青年は手にしていた刀を振って見せた。 するとどうした事か、突如玄関に、暴れていた歳と近藤と島田が落ちてきたのである。 「な、何だ!?」 継母近藤を下敷きにして着地し、驚く歳に青年は言った。 「こんばんは。私、魔法使いの沖田です」 「けっ!こんなうすらトンカチな顏の魔法使いがいるか!」 「…………」 美しい外見に似ず、悪態をついて舌を出す歳に、魔法使い沖田はニッコリと笑うと…。 「えい!」と再び刀を振り回したのである。 その途端、歳の来ていた洋服がシュウウ…と溶け出したではないか。 「わ〜〜〜〜っ!?」 驚き慌てて体を腕で隠そうとする歳だったが、洋服はあっけなく溶け、そしてその上から見たことのない服が彼の体を覆ってしまった。 それは、黒々と光り体の線を強調するようなデザインのボンテージスーツ。しかも何故か鎖や鞭までついている。 「な、なんだこりゃ…?」 目を丸くした歳を見て、大鳥が倒れた。 「じょ、女王様スタイル…」 そんな姉を見下ろす歳は、ロウソクもついているのを見つけていた。 魔法使いに着替えさせられた歳は、無理矢理城に飛ばされていた。 そこでは伊東王子の妃を探すパーティが催されている最中で、華やかな空気が満ちあふれていたのである。 「ああ、噂の国一番の美女・歳は来ないのだろうか…?」 テラスに出てハンカチを噛む王子に、内海がティッシュを渡す。 「それより伊東さん…あなた、今日の格好は…」 内海は控えながらもチラリと伊東の全身を眺めた。 顏は白粉で真っ白、金ぴかの羽織袴、手には孔雀の羽で出来た扇子、髷は正面ではなくどっかを向いている。内海は非常に言いにくかったが、あえて囁いた。 「馬鹿殿にしか見えませんよ」 しかし伊東王子も負けずに囁き返す。 「王子だからって、僕に白タイツを履けって言うのか!?」 何も白タイツじゃなくても…とうなだれる内海。 「僕はあんなカボチャブルマもごめんだ!!」 伊東王子は口を膨らませて呟いた。 「あら、王子様こちらでしたか…?」 「王子、是非私とダンスを…」 そこに、妃候補となるべくパーティに参加した婦女子が声をかけてくる。 伊東が振り向けば、それは誰もが妃にふさわしい家柄の女性ばかり。 「おお!榎本姫に新八姫、なんと、原田姫も!!」 自分に群がる女性達に、伊東が鼻の下を伸ばしたその時だった。 パーティ会場の入り口から、ざわざわと人々の声が伝わってきたのである。 何事かと伊東王子が視線を向ける。 すると、まるでそこだけがスポットライトを当てたかのような、白い輝きに満ちていた。 「おお、まさかあなたが…」 伊東王子は周りにいた女達を突き飛ばし、そこに駆けつけた。 「…げっ…」 その姿を逆に見つけ、相手の顔が歪んだ。…嫌そうに。 「歳…なんだね?」 「馬鹿…いや、伊東王子…ですか」 馬鹿殿姿の王子と、女王様スタイルの歳、二人が出会った瞬間だった。 そして、歳が顏を背けて震える。 「どうしたんですか? まさかあなたも、この素晴らしい出会いの感動に身を震わせているのかい?」 伊東王子がそっと歳に触れようとした。 その手を素早く払い、歳は叫んだ。 「ば、馬鹿殿にしか見えねぇ〜〜〜〜〜っ!!」 歳、涙を流しながら大爆笑。 伊東が固まり、少なくとも歳から惚れるという事はありえなくなった瞬間だった。 「だから言ったでしょ…」 ボソリと内海が呟くが、それも歳の爆笑の声にかき消されてしまう。 「ま、まあ面白いものが見れたのは良しとするか」 「え? と、歳、どこへ…?」 散々笑ってから、歳はくるりと会場と伊東に背を向けた。 「帰るんだよ!」 「そ、そんな!まだ来たばかりじゃないですか!! せめて一曲踊っ…いや、せめて一晩一緒に…」 グイグイと顏を近づけてくる伊東王子を、歳が殴り飛ばす。 「ふざけるな!俺は帰るんだよ!!」 ゲシゲシと伊東王子を踏みつける歳の迫力に、周囲は何も言えない。 「何でそんなに急ぐんですかっ!?」 「五月蝿い!あれを見ろ!!」 帰ろうとする歳の足にすがる伊東王子に、歳は城の外に建てられた時計塔を指さした。 それは国中どこから見ても、今何時なのか判るという時計だった。 今まさに、時計の針は日付の変わる12時を指そうとしている。 「時計塔が何か?」 「俺の門限はなぁ、12時なんだよ!!」 ニヤリと笑うと、歳は伊東王子を張り倒し、城の100段はあろうかという外階段を駆け降り始めたのである。 立ち去る歳の後ろ姿を、伊東王子が叫んで見つめる。 「待って、待ってくれ歳〜〜〜〜〜〜っ!!」 伊東王子の悲痛な叫びに、パーティ会場の人々はひっそりと涙した。 が、歳は気にしない。 鼻歌を歌いながら、軽やかに階段を下りていく。 そんな歳に叫んでも無駄と気付いたのか、伊東王子は突然動いた。 「ああ!? 伊東さん、何をっっ!?」 はっと内海が止めようとしたが、時既に遅し。 「歳〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 伊東は腹ばいになって、階段を滑り落ち始めたのである。 ズズズズズズ〜〜〜っという衣擦れの大きな音に驚いて、歳が振り向く。すると彼の目に飛び込んできたのは、物凄い勢いで自分に向かって滑ってくる伊東王子。 髷はどっかを向いていたが。 「げっ!? 何を考えて…っっ!?」 歳は目を見張ったが、すぐに立ち止まり、階段の脇に移動した。 そうすれば、直進してくる伊東王子など簡単によける事が出来るからだ。 「ああっ!そんな事しても無駄だよっ!!!」 しかし伊東王子もめげなかった。 歳の横をすぎる瞬間、必死に手を伸ばして…歳の太股まで覆っていたロングブーツを掴んだのである。 ズリッと引きずれらる歳。 「うわああ〜〜〜〜〜っ!?」 思わぬ反撃に、歳も一瞬慌てたがすぐに反応した。 彼は伊東王子に掴まれた方のブーツを、引きずられ降下しながら脱ぎ去ったのである。 「わっ!?」 脱いだ時の弾みで、ブーツのヒールが伊東王子の額にめり込む。 歳は片足だけ露になった肌を隠そうともせず、階段を転げ落ちていく伊東王子を呆気にとられて見送ったのだった。 ボーンボーンボーン… 歳達の頭上で、時計塔が12時の鐘を鳴らす。 その音を聞きながら、やっと地面に着した伊東王子を見下ろし、歳は笑った。 パーティ会場を振り向けば、皆一様に驚いた顏でこちらを眺めている。 衆人環視の中、これだけの騒ぎを起こしたのだ。 きっと伊東王子も国王も、この結婚は諦めるだろう。そして「美しい歳」と自分を褒め称えていた人々も、なんて野蛮人だと思った事だろう。 「…ふ、まぁ良いさ…」 歳はせいせいした思いで微笑んだ。 そんな彼の耳に、あの魔法使いの声がする。 「歳さ〜ん、12時過ぎたから魔法が解けて、あなた素っ裸なんですけど〜〜〜っ!!」 「…………何だと?」 彼がその言葉の意味を理解した時には、歳の裸体を写真に撮る人々が周りに群がっていた。 後日、歳の元を伊東王子が従者を連れて訪れていた。 「…ブーツのピッタリ合う人こそが、王子の妃となるのです…」 そう片足だけのブーツを履いて説明する内海がげんなりする後ろで、伊東王子が笑っている。 その姿は馬鹿殿ではなく、王冠にカボチャブルマに白タイツ、トゥシューズというものだった。 継母近藤と姉二人は、ブーツを見て固まる。 「島田も大鳥も…合わなかったのね」 母の言葉に、二人は頷いた。 すると王子が口を出す。 「おたくには…もう一人居るでしょう? 娘さん!」 「え? いや、その…」 近藤はうろたえた。 おどおどと怯えたように家の中を振り返る様子に、伊東は重ねて言ったのである。 「隠しても無駄ですぞ!? この家にはもう一人いるはず…」 「私に、ご用かな?」 その声に応えるように、中からふらっと人影が現れる。 「おお、君は…!」 中から現れたのは、まさしく歳その人であった。 今ではその裸体がプロマイドで国中に出回っている有名人である。 伊東王子が姿を見るなり喜んで、飛び付こうとしたその時だった。 歳の腕が、近藤の肩を抱き、ぐいっと自分の方へ引き寄せたのである。 「…え?」 一瞬何ごとか判らず固まる伊東王子に、歳は語った。 「この近藤と、結婚しました」と。 ぽっと頬を赤らめる近藤に代わり、娘達が言う。 「母は再婚です」 「最初の夫は鴨と言いましたが、酒癖が悪くて亡くなりました」 だがそんな事、伊東王子は聞いてはいなかった。 彼は真っ白になって固まってしまったのである。 その姿を見ながら、満足そうに歳は笑う。 「この国をのっとるぐらい、子供作ってやるぜ〜〜〜〜〜っ!!」 自棄であった。 |
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