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新春輝く新選組。 春は曙と眠っている人々ではない新選組。 街が長閑な雰囲気に包まれる中、体を張って戦う人々は今日も。 「書き初め大会開催〜〜〜〜っ!!」 騒いでいた。 日頃文芸とは縁の無い人々に、筆を勧めるのは近藤。 「一年の願いを筆に込め、一筆入魂!!!」 そう叫んでざざっと筆を振るった近藤の手元には、大きな文字の書かれた半紙が。 それを揃いも揃った隊士達に掲げて、近藤は笑った。 「精進」 「うわ〜やっぱり精なんだ」 サラッと呟いた総司の頭を土方が殴る。 そんな二人は無視して、近藤は続けた。 「ではこれより、各自思い思いの語をしたためてくれ!後に品評会を行い、見事一位を取った者には賞品が出るからな!」 商品と聞いた瞬間、それまでうんざり顔だった人々の雰囲気が変わった。 「賞品だと!?」 「局長自ら出す賞品なら、凄そうだ!!!」 ざわめく人々に、近藤はにやにやと視線を巡らして… 「では、始め〜〜っ!!」 大きな口を開いて、叫ぶのだった。 親友の言い出した騒ぎに、むすっと口を真一文字に結ぶ土方。 彼も一応筆をとってみたものの、書いた言葉は。 「友情」 「うわ〜つまらない」 土方の手元を覗き込んで、総司が笑った。 「五月蝿い!お前のはどうなんだよ!?」 がうっと吠える土方に、総司はにこにこと書き上げた半紙を手に読み上げる。 「梅の花 一輪咲いても梅は梅!」 「………あ?」 「あ、駄目ですか? じゃこっち、春の草 五色までは覚え…」 「総司」 朗々と書いた文を読み上げる総司の肩を、土方がポンと掴んだ。 そしてグググググ…とその手に力を込めつつ、土方は低く呟く。 「お前それ…俺の…」 「ええ、豊玉発句集から引用させて頂きました♪」 「するんじゃねぇ〜〜〜〜っ!!」 胸元から土方の発句集を取りだして微笑んだ総司に、土方が叫んだ。 が、総司は一瞬の隙を付いて逃げ出してしまう。 「良いじゃないですか、減るもんじゃなし〜」 「五月蝿い黙れ!減る!!!」 「何が減るんですか〜?」 走る総司を追いかけながら、土方は叫んだ。 「俺の精神力がすり減るってんだ〜〜っ!!」 「はっはっは!そんなの捨てちゃいましょうよ〜〜っ!!」 「捨てられるか〜〜〜〜っ!!」 ドタバタと走り去る二人を見送って、近藤は笑った。 「今年も歳は絶好だな」と。 五月蝿い二人を他所に、幹部達も次々と筆を動かしていく。 「おっしゃ〜〜〜!! 出来上がりっ!!」 「…何だ、それ?」 左之が完成〜〜っと掲げた紙に書かれた文字を見て、新八が首を傾げた。 隣りから平助も顏を覗かせると、やはり不思議そうにその文字を見る。 「十?」 「十…だねぇ」 「そうだぜ、十!!」 首を傾げる友二人に、左之は自慢の切腹傷を露出させ嬉しそうに語った。 「俺様の腹の横一文字に、今年は縦線も増やして十にするのさ!!! 今年は10倍活躍するぜ〜〜っ!!」 声高々に宣言する左之に、新八と平助はニヤリと笑った。 「ほほう、十にするのか…そうかそうか」 「なら、お腹も十にしなくっちゃ…」 「え?」 はっはっはっはっと腹を叩いて笑っていた左之は、二人の笑顔にハッとなった。 が、時既に遅し。 「かかれ平助〜〜〜っ!!」 「よし来た〜〜〜っ!!」 「うわ〜〜〜っ何しやがるんだよ〜〜〜っ!?」 二人が揃っていきなり左之に飛びかかったのである。 暴れる左之を押さえつけ、二人は無理矢理腹の傷を指でなぞる。 ぞくぞくするその感覚に左之が一瞬大人しくなる。すると。 「では、新八さんお願いします」と平助が恭しく新八に脇差を渡し。 「かしこまった」と新八がニヤニヤとその脇差を手に、左之の腹へと… 「うわ〜〜〜っやめろ〜〜〜っやめて〜〜〜〜っ鬼悪魔人でなし〜〜〜〜っ!!」 「左之助、覚悟っっ!!!」 恐怖にかられた左之が叫ぶ中、新八と平助は揃って左之をくすぐりだしたのである。 「うわっ!? えっっ!? あひゃっっ!!? うっひゃっひゃっひゃっひゃっっやめれ〜〜〜っ!!」 「はっはっ!まじで怖がってやんの、左之〜〜〜っ!!」 「こうしてやるこうしてやる〜〜〜っ!!」 わ〜ぎゃ〜と暴れる左之を押さえつけ、くすぐり続ける二人。 その騒ぎの横で、斎藤が新八と平助の書いた半紙を取り上げていた。 「良い女つかまえるぞ〜…って、あんたが野獣に捕まるほうが先だろうが」 呟いて、斎藤は永倉を見る。 更に。 「総司から一本…天然男に勝てるのは超天然のみだがな」 やはり呟いて、斎藤は平助を見た。 しかし斎藤は気付いていなかった。 その背後で、斎藤の書いた紙を覗く目があった事を。 「人斬り百人出来るかな…って、斎藤さん怖〜〜〜っ!!」 きゃ〜と総司が呻いたところで、どこからか声が響いた。 「畜生総司、どこ行きやがった〜〜〜〜っ!!」 その土方の声に斎藤が振り向いた時、総司は風の如き早さで再び走り去るのであった。 さらさらと、動いては止まる筆先。 そして漏れるため息。 「はあ…土方くん、僕を追いかけてくれれば良いものを…」 ドドドドドドドドドド…と土方と総司の足音を切なげに聞きながら、伊東が呟く。 その手元には半紙ではなく、色紙。 「土方くん…ああ、土方くん…何故に君は土方くん…」 つらつら書かれる「土方」の文字が、色紙を生めていく。 隣りでそれを眺めながら、山南がある提案をした。 「そこまで土方くんの事が好きならば…いかがでしょう、伊東さん」 「はい?」 山南の不敵な微笑に、伊東がきょとんとした顏を向けた。 が、それもすぐに同様の笑みに変わる。 山南が伊東の耳元で囁いた言葉に、土方の運命が関わっていたとはまだ誰も知らない。 近藤は井上の書いた紙を見て、笑っていた。 「究極って、源さんはまた大きく出たな〜」 「いや、京に来て漬物の極意を思い知らされた気分ですからな…」 む〜っと唸る井上に、「漬物…?」と近藤が固まる横を、総司が走る抜ける。 まだ二人は追いかけっこをしていたのである。 「畜生〜〜〜っっすばしっこい!!!」 ぜいはぁと息を付く土方は、正月だというのに汗だく。 その彼の眼前に、ぬっと着物が差し出された。 「お疲れさま、汗が凄いよ」 「山南さん…」 「着替えたらどうだい?」 にっこりとした人の良い微笑の前にある、白い着物。 確かに汗でしっとりとした着物を着続けるのは気持ちが悪い…と、土方はありがたくそれを受け取る事にした。 「は〜やっと土方さんも諦め…」 「見つけたぞ、総司〜〜〜〜〜っ!!」 ふぅっと一息つきかけた総司に、土方の怒声が届く。 振り返ればいつの間にやら着替えた土方が、やはり元気に迫ってくる。 「し、しつこい〜〜〜〜っ!」 「どっちがだ〜〜〜っ!!」 逃げる総司に追う土方、そんな二人を無視して近藤は隊士達に呼びかける。 「さぁどうだ、書けたか〜?」 賞品がかかっているとあっては、平隊士も必死である。 それぞれに己の書いたものが一番だと、紙を振り上げた。 それを近藤がじっくり見ていくと… 「女が抱きたい」「金」「副長」「母を尋ねて三千里」「豚肉万歳」「中年太り撃退」「禿げたくない」等々。 「一年の願いだぞ…?」 ちょっと困ってしまった近藤の前を、総司が駆け抜ける。 そんな弟子に近藤は声をかけた。 「お〜い、総司!お前のはどれだ?」 「渡しですか〜〜〜〜っっ? じゃ、これで」 くるっと戻ってきた総司は、近藤に何かを押し付けると再び走り去る。 それを追って、今度は土方は近藤の前を走り去っていった。 「待ちやがれ〜〜〜〜っ!!」 「落ち着けよ歳…って、総司…お前これは」 近藤は呆れた声を親友に向けながら、総司に押し付けられた物を見て目を丸くした。 何故ならそれは。 「歳の発句集を俺に渡してどうするんだ?」 その言葉に、土方が一目散に近藤に駆け寄ってきたのは言うまでもない。 ドドドドドドドドドドドド…と駆け寄ってきて、土方は息も荒く近藤を見た。 「こ、近藤さん、今なんてっ!?」 「いや、だから、お前の発句集…」 「寄越せ〜〜〜〜〜っ!!」 近藤が手にあげた発句集を見て、土方は顏を輝かせた。 これで疲れる追いかけっこもお終いだ〜〜っと、土方が近藤に飛び付いた瞬間だった。 「あれ、土方さんの背中…」 土方同様に汗をかいた総司が、素っ頓狂な声を上げた。 「え?」と誰もが土方の背中に注目する。 …と、土方の背中に、先ほどからかいていた汗がどんどん染み渡っていくのが判る。 そして、その湿った白い着物に、段々と黒い字が浮かび上がり… 「伊東命」という字がはっきりと浮き出てきたではないか。 それを見た瞬間、総司が叫んだ。 「え〜〜〜〜っっ土方さんって、伊東さん好きだったんですか〜〜っ!?」と。 「ええええ〜〜〜〜〜っ!?」 思わず土方も叫ぶ。 一体何を言われているのか判らず、土方は必死に己の背中を見ようともがいた。 しかしもがけども背中は見えず、逆にそれを目にした隊士達にどよめきが広がっていく。 しかも。 「そうか歳…お前、表面では色々言いつつも…そうだったのか〜〜〜〜っ!!」 近藤は勝手に感動して泣きだす始末。 「何の話しだっっ!!?」 理解出来ない土方は喚く向こうで、山南がにやにやと微笑んでいた。 「どうですか、伊東さん」 「おおっ素晴らしいっ!土方くんの背中に僕がいるっ!!」 「ふふ、実は新しく、水分に反応するあぶり出し薬品を開発しましてねぇ…」 頬を染めて喜ぶ伊東に、山南は怪しげな笑みを向けている。 そんな二人に気付かない土方は、怒りのあまり着物を脱ぎ始めた。 「畜生、何が書いてあるってんだ!!?」 怒鳴って着物を脱いだ土方は、そこに浮かび上がった文字にぎょっとした。 確かにそこには「伊東命」と書いてあるではないか。 しかし、着替えた時には無かったはずだ。 「な、なんじゃこりゃ〜〜〜っ!?」 混乱して叫んだ土方に、更に総司が叫ぶ。 「ああっ!背中にもっ!!」 「何っっ!!?」 不吉な予感におののく土方は、慌てて己の背中を探った。 近藤がそっと手鏡を差し出したので、それで背中を見て土方は青ざめた。 「うわっっ!!!?」 何と、背中にも黒い字で「伊東命」と書かれている。…というより、着物の字が写ってしまった感じだ。 「じょ、冗談じゃねぇぞ〜〜〜〜っ!?」 絶叫する土方の声を聞きながら、山南は微笑む。 「大丈夫、ちょっとやそっとじゃ落ちない薬品でしてね…」 「ああ、感動的だっ!!」 伊東は感極まって泣きながら、山南に飛び付いていた。 しかし土方は感動していられない。 というより、そもそも感動などしていない。 「お、俺の願いはこんなんじゃね〜〜〜〜っ!!」 土方の絶叫に、近藤が尋ねた。 「じゃあ、何なんだ?」 友の言葉に土方は近藤にしがみつくと、伊東とは違う種類の涙を流して呟いた。 「平穏」と。 しかし。 「無理だろうなぁ」と近藤は思う。 現に今、近藤の胸で褌一丁の姿でおいおい泣く土方の背中に、総司や左之や新八達がやってる事といえば。 「伊東命の下に、「頂戴」って書いちゃう?」 「伊東の上に「さ」って付けちゃうのは?」 「命短しとかさ〜」 「花書いちゃおうか」 きゃっきゃっきゃっとはしゃいで、土方の背中に落書きをしていた。 近藤は思う。 「歳、お前の今年は…やっぱり大変そうだな」と。 そうは思うのだが、我が身可愛さから直接的には助けない近藤であった。 「ところで、一位の賞品って何だったんですか?」 ふと尋ねた総司に、近藤は答えた。 「京で一番上手い団子」 それを聞いた後の、総司の悔しがりようは、後々の語りぐさとなったという。 |
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