走れ、この運命の先まで

吠える月

鉄と土方をそっくりだと評する声がある。
土方はまだ幼い鉄の頬をつねりながら、「俺が?」と眉間に皴を寄せ。
「痛い痛いおじん痛い〜〜〜っ」と鉄はそんな土方のスネを蹴り上げた。
一触即発。
睨みあう大人と子供に、誰もが思った。
「そっくりじゃん」と。





市村鉄之助は、近藤局長付きの隊士である。
が、土方は彼が仕事をしているところを見た事が無い。あるといえば、土方に対する鬼をも恐れぬ悪戯の数々ばかり。
「お前に小姓が勤まるのか」
はんっ!と笑った土方に。
「土方さんには天と地がひっくり返っても無理ですね」
鉄もにっこりと微笑返した。
そしてまた、2人の視線に火花が散るのを、周囲は呆れ顔で見ていたのだが。
その時、屯所の玄関から、これから出かける近藤の声がしたのである。
「おお〜い、悪いが私の財布を持ってきてくれないか?」
呑気な声に、ハッと2人の視線が更なる熱気を帯びる。
次の瞬間、2人は…
「私がお持ちします〜〜〜〜っ!!」
「俺が持ってくぜ〜〜〜〜〜っ!!」
同時に叫ぶと、いきなり近藤の私室に向かって走り出したのである。
しかも土方などは、着物をたくし上げて生足露出してまでの気合いの入れようである。
「な、何で歳が…?」
その姿を呆然と見送る近藤だけが、玄関にポツンと残されたのだった。



走る2人は、足の長さの分だけ土方が先行した。
しかし、順調に鉄を引き離して走る土方の目の前に現れたのは、大盛りの洗濯物の山。
「な、何じゃこりゃ!!?」
「あ、副長、危ないですよ〜〜っ!!」
行く手を遮る程に高く積まれた洗濯物の上から、呑気な声が響いたと思ったら。
ズドドドドドドドド…という物音とともに、洗濯物の山から洗濯物と一緒に相馬が落下してきた。
「相馬!何やってる!?」
「何って、洗濯物干すんですよ〜副長」
足下に倒れた相馬を見ていた土方に、再び頭上から声がかかったかと思うと、そこにいたのは野村だった。
「何でお前らがそんな事…」
当たり前の抗議をしようとした土方だったのだが。
「副長邪魔邪魔〜〜〜〜〜っっ!!」
背後から漸く追いついた鉄が、土方を突き飛ばして洗濯物の山に潜り込んでいった。
「うぶっ」と思いっきり洗濯物に顔面から突っ込まされ、一瞬土方の息が止まる。
しかも変な匂いが鼻をつくではないか。
「何しやがる鉄!つうか、臭いぞこれ!!!」
既に洗濯物の中に潜り込んだ鉄は、辛うじて見えていた足がするりと消えた所だった。
すると、起き上がった相馬が呑気に笑う。
「そりゃそうですよ、だって下帯の山ですもん」
「したっ!?」
その言葉にぎょっとした土方だったが。
洗濯物の山の向こうで、鉄が「ぷはぁっ」と脱出した声がした。
「んじゃ、お先に副長〜っ」
「しまった!!!」
声だけ残して立ち去っていく鉄の足音に、土方は焦った。
が、目の前には洗濯物の山…これを越えねば先には進めない。野村と相馬が不思議そうに見つめる前で、土方は深いしわを眉間に刻み…叫んだ。
「勝利のためには、致し方ない!!!」と。
「勝利?」
首を傾げる2人を無視して、土方も洗濯物の山に飛び込んでいくのだった。



軽快に廊下を走る鉄は何故か行く手の足下に不安を感じて、途中の部屋に飛び込んで進路を変更した。
が、後を追う土方は追いつく事でめいいっぱい。足元なんて見てはいない。
しかも、今の彼にはおまけもついている。
「何でお前らも一緒に走ってるんだよっ!?」
「だって、何か勝利とか言ってるし♪」
「勝ったら何か貰えるんすか?」
何故か土方の背後からは、相馬と野村が笑顔で追いかけてくるのである。
そんな2人を振り返りながら、土方は叫んだ。
「何もやらん!!!」
その瞬間である。
後ろを見ながら走っていた土方の体が…いきなり落下した。
ドッシャ〜〜〜ンという音を立てて、土方の体が衝撃を感じたかと思うと、気が付いたら上から野村と相馬が彼を見下ろしていた。
「…あれ?」
何事!?と土方は呆気にとられながらも、すぐに理解した。
「だ、誰だこんな所に落とし穴を造ったのは!!」
叫ぶ土方に、更なる怒声が被る。
「副長邪魔邪魔邪魔〜〜〜〜〜っ!!」
「え?」
その声に土方が反応するより早く、誰かが彼の頭を踏みつけて走り去っていった。
脳天に響いた衝撃に土方が混乱していると、更に二度目の衝撃が彼の頭を襲う。
「だ、誰だ〜〜〜〜〜っ!!」
怒りの余り憤怒の表情で穴から這い上がった土方に、野村が面白そうに笑った。
「永倉さんと原田さんが追いかけっこしてますよ」
「多分この穴、原田さんが永倉さんを捕まえる為に造ったんでしょうね〜」
ケタケタと笑う相馬の頭を小突いてから、土方は再び走り始めた。
「このやろう、俺の頭を踏みつけるとは良い度胸じゃねぇか〜〜〜〜っ!!」
その怒涛の走りに、2人も慌てて後を付いていくのだった。



後ろから怒涛の怒鳴り声と、複数の足音が迫った事に気付いた鉄は、はてと首を傾げた。
何故、こんなに足音がするのだろう?
少年は少し悩んでから…おもむろに、廊下の天井に手を伸ばした。
すると、天井からするすると太い縄が1本降りてきたではないか。
鉄はそれをツンツンと少し引っ張って一人頷くと、近藤の部屋目指して更に足を早めるのだった。
そんな鉄の事など知る由もなく。
「何で俺を捕まえようとするんだよ、左之〜〜〜っ!!」
「逆に何で逃げるんだよ、新八〜〜〜〜っ!!」
朝からずっと左之から逃げ回っていた新八は、うんざりしながらも背後を振り返った。
すると、後ろから追いかけて来るのが左之だけじゃない事に気付く。
「てめぇら、待ちやがれ〜〜〜〜っ!!」
「うわっ!? 何で土方さんまでっ!?」
新八の驚いた顏を見て左之も背後を見ると、そこには鬼の形相で腕を勢い良く振り上げて走ってくる土方の姿が。ついでに相馬と野村も走ってくる。
「何でって、永倉さん、土方さんの頭踏んだでしょう〜」
にゃははっと笑う野村の声に、左之が驚いて新八を見る。
「新八そんなことしたのか!?」
しれっと叫ぶ左之に、土方から怒涛の怒声が上がる。
「てめぇもだ、原田ぁああ〜〜〜〜っ!!」
「あ、バレてるのね」
ちろっと舌を出して、左之は笑うと新八に叫んだ。
「逃げるぞ新八〜〜〜〜〜っ!!」
「あ〜もうっ!何で非番の日に鬼ごっこしなきゃいけないんだよ〜〜〜っ!!」
うんざりと新八が顏を上げて叫ぶと、ふと彼の視界に一枚の貼り紙が飛び込んできた。
急ブレーキで止まる彼の背中に、左之が飛び付く。が、新八はそれを気にせず貼り紙を読んだ。
「この縄を引け…?」
「何だ?」
見ると、確かに天井から縄が一本垂れ下がっている。
新八は何の疑いも抱かず、その縄を引っ張った。が、結構力がいる。
追いついてきた左之も一緒になって、縄を引っ張る。
2人で「せ〜の!」と引っ張ってみる。
すると…



「てめぇらまとめて切腹にしてやる〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
そう叫んで間近に迫っていた土方の頭上に。
ズサアア!!!!…と物凄い音を立てて、何かが落下した。
「ぐわっ!?」
「わ〜〜〜〜っ!?」
一緒に走っていた野村と相馬も巻き込んで、土方は突然落ちてきた何かに押し潰される。
目を丸くして声も無くそれを見つめていた新八は、恐る恐る左之と一緒に土方に近づいて、その正体をまじまじと見つめてみた。
それは。
「団子だ…」
「すげぇ、全部餡団子だ」
呆れる2人の足下で、大量の団子に押し潰された土方が必死に脱出しようともがく。
その時、左之は団子が落ちてきたらしい、土方達の真上の天井を見上げて「あ」と声を上げた。
つられて一緒に見上げた新八も「あ」と声を上げると。
「全部食べないと、士道不覚悟で切腹」
と書かれた紙が、貼られていたのである。
「土方さん、士道不覚悟だって」
「何が不覚悟だ!誰だこんなもの造ったのはっっ!!!?」
じたばたと団子の下でもがく土方を見ながら、新八は呟いた。
「筆跡からすると…総司だな」
「…団子だしな」
左之もうんうんと頷く。
「あいつ、結構こうゆう結果を確認して、後で脅迫してくるんだよな〜」
「そうそう、ここでちゃんと課題を消化しておかないと…」
新八と左之は、ニヤリと土方を見た。
その視線を受けて、土方は…
「〜〜畜生〜〜っ!! 野村、相馬!お前らも同罪だからな〜〜〜っ!!」
「ええええ〜〜〜〜っ!?」
叫ぶ2人の悲鳴を聞きながら、口に団子を幾つか放り込んだのだった。



玄関でポツンと佇む近藤に、気が付いたのは総司だった。
「あれ〜どうなさったんですか?」
「ああ、総司。いや今な、財布を忘れて…」
偶然通りかかった総司に近藤が事の次第を説明していると、どたばたと鉄が駆けつけた。
そして彼は、ゼェハァと息も荒く近藤に、財布を差し出したのだが…
「ありがとう。時に…歳は?」
財布を受け取りつつも、近藤は少し不安になって鉄に尋ねた。
どうも2人が立ち去ってから、ドタバタと屯所内が騒がしかったのが気になっているのだ。
「さて」
にま〜と笑う鉄に、近藤がちょっとだけ絶句すると、総司は口に手を当てて吹きだすのを堪えた。
これは…土方に何かあったのは間違い無さそうである。
と、その時である。



「く、くそ〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
ドタドタと、土方の声が響いたかと思ったら…。
次に現れた姿に、近藤が驚愕の声を上げた。
「と、歳!?」
「あら〜どうしたんですか、土方さん」
驚く近藤の横で総司がニマニマと笑う前に現れたのは…
「ま、負けた…」
ガクゥッ膝を付いた土方だったのだが。
そのお腹が、尋常ではない位に膨れ上がっているではないか。膨れたお腹と、着物から露出した妙にすっきりした生足が、妙な組み合せで面白くもある。
何があったのかと声も出ない近藤の前に、更に。
「待って下さいよ副長〜〜っ!! もう歩けませんって」
「ひ〜苦し〜〜〜〜っ!!」
土方よりは小さいが、やはり腹を膨らませた野村と相馬も走ってくるではないか。
2人の口の周りについた餡こに、総司はピーンときたらしいが、あえて判らない振りで土方に尋ねた。
「どうしたんですか、土方さん?」
「…ちっ」
「まるで、団子でも沢山食べたみたい〜」
にははっと笑う総司を睨みながら、土方は何も応える気力がなかった。
そんな彼に、鉄が追い討ちをかける。
「副長、僕の勝ちですね♪」
「…けっ」
その笑顔にも、土方は顏を背けた。
きっとこんな事で負けたと、悔しくて仕方ないのだろう…と総司と鉄は微笑あったのだが。
土方は立ち上がった。



すくっといきなり立ち上がった土方に、近藤がオロオロと視線を向けると。
彼は叫んだのだ。
「…ああ、俺は負けたさ!しかし…しかしだな!一体何なんだこの屯所は〜〜〜っ!!」
「え?」
近藤が目を丸くする前で、土方は叫び続けた。
「下帯は俺の行く手を阻む!落とし穴は掘ってある!団子は空から降ってくる!他にも罠がいっぱいあったぞコンチクショウ〜っ!!」
が〜〜〜っと叫ぶ土方に、近藤が「まぁまぁ」と落ち着かせようとした。
その時、どこからかゴゴゴゴゴゴゴゴ…と音が響く。
かと思ったら。
「お前は俺を水死させる気か〜〜〜っ!?」
「違う!俺は新八と一緒に風呂に入りたかっただけだ〜〜〜っ!!」
新八と左之の叫び声がした、その瞬間。
「あ」と近藤が目を丸くし。
「ああ」と総司と鉄が走り出し。
「あああっ!」と相馬と野村が抱きあい。
「………もう、勘弁してくれ」と土方が倒れた。
そんな人々を、どこからか発生した鉄砲水が襲ったのである。





水と一緒に流れてきた新八と左之も巻き込んで、人々はドバーンと玄関から外にはじき出されてしまったのだった。





ボロボロになり倒れた人々を見て、土方は思う。
「…もう、嫌だ」
そして再び倒れた土方の耳に、鉄と総司の笑い声が響いた気がした。






土方は思う。
「そっくりなのは…総司と鉄だ」と。




新選組には、悪魔と小悪魔がいる。
そんな彼らとの共同生活は、命がけ。














□ブラウザバックプリーズ□

2008.12.10☆来夢

愛は遺伝し、悪は伝染する




実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。