しゃっくりと同じ

喉元過ぎず

それは目が覚める位、空が綺麗だったある日。
土方は部屋で一人、発句をひねり出していた。
久々に暇。
空は晴天。
だから、彼は縁側に向かって障子を開き、筆を片手に発句をひねる。
どこまでも平和な一時だった…のだが。



「失礼します」
そう音もなく入ってきたのは、監察・山崎。
「お、どうした?」
「はい実は…これを」
山崎が持ってきたのは、金属で出来た首輪のようなもの。
首を傾げる土方に、山崎は「失礼」と言って彼の背後に回った。
「あ? 何だ?」
「これをこう…首に…」
かちゃかちゃと、山崎は訝しがる土方を他所に、その妙なものを土方の首に装着させてしまった。
カチャン。
そんな音と共に、窮屈になった首。
土方は眉をしかめてそれに手を触れた。
「おい一体これは…」
「無理矢理外そうとすると…」
山崎の言葉に、土方はハッと手を離す。
その瞬間、首輪(?)から「ピー」と短く音が鳴った。
それが、土方の首に絞首台の縄がかかった瞬間だったのかも…しれない。





「おい、これ無理矢理外すと…って、どういう事なんだよん?」
「……ぷっ」
土方の言葉の語尾に、山崎が噴き出す。
「あ、あれ!?」
言った土方本人は、目を丸くする。
「な、何で俺は「よん」だなんて言ってるんだぴょん!?」
「ぷぷっっ!!」
今度は「ぴょん」となった語尾に、山崎が噴き出し腹を抱える。
逆に土方の方は、眉間の皴が深まるばかり。
「山崎何かしやがったわね!?」
「ぷ〜〜っ!!!」
「この、この首輪のせいに、違いないだがや〜〜〜〜っ!!」
叫んだ土方の言葉に、山崎は涙を流して笑いだしたのだった。
だが土方は、言えば言うほどおかしくなる自分の言葉に、苛々と喉をかく。
「これ外すとどうなるんだわさ〜〜〜っ!?」
「恐ろしい事になります」
「恐ろしい事って、何じゃね〜〜〜っ!?」
「言葉が元に戻らなくなります!」
うが〜〜〜っっと喉の仕掛けを引っ掻いていた土方は、その言葉に再びハッと手を離した。
思わず見つめあう二人。
暫く考えてから、土方は改めて口を開いた。
「お前…どうしてこんな物を俺にはめたのよ?」
「い、いえ、安く売られていたので…っ」
プクククク…と笑いながら答える山崎に、土方がプチっと切れた。
「そんな適当な物を、俺で試すなびょ〜〜〜〜んっ!!」
しかし、その悲鳴は更なる悲劇を呼ぶ。



ドタドタという足音と共に、嫌な気配が土方の部屋に近づいてくる。
土方が青ざめた顏で、廊下を見ると…
「い、今の声は土方さんか!!?」
「何だよ今の言葉は〜〜〜っ!!!」
すでに顏が笑っている永倉・原田・沖田が部屋に飛び込んでくる。
がやがやとやかましい男達に、土方はしっしっと手を振る。
「五月蝿いわよ。寄るなびょん。あっちいけどす」
「……………」
「何だわさ!じろじろ見るなよん!! サッサと去れっぴ」
自分で言葉を紡いでおいて、土方自分で撃沈。
自分の言葉に呆れて倒れた彼に、沖田達が呆然とした顏で尋ねた。
「な、何の冗談ですか、それ」
「冗談じゃないっちゃ!!!」
ガバッと起き上がった土方だったが、再び撃沈。
畳に伏した彼に、永倉が震える腹を押さえながら呟いた。
「『よん』とか『ぴ』とか…お、おかしいぜ土方さんっ!!」
その彼の肩では、原田が笑いが抑えられずにひ〜ひ〜と泣いていた。
「おかしいのは判ってるどす!原因は山崎に聞くでごわす!!」
言いながら泣きだす土方に、沖田は素直に尋ねた。
「どうしてこんな楽しい事に?」
「いえね、あの副長の首にしたカラクリがそういう風にしてくれるそうなんですよ」
「へ〜。で、あれ外せるんですか?」
「さぁ。その辺はちょっと判らないんですが」
「あらあら」
普通に会話する二人に、土方は叫んだ。
「冷静に会話するなっちゃ〜〜〜〜っ!!」
しかし、すぐに4人の爆笑を買い、彼は涙の海に沈んだ。



嫌がる土方を引っ張って、4人は平隊士達のいる部屋へ。
突然現れた幹部と副長に、彼らの空気が一瞬張りつめた。
が、どう見ても笑いをこらえている永倉と原田の声に、彼らの顔が一瞬ぽけっとなる。
「え〜では、土方副長渾身の一発芸なので、見逃さないように!!」
「腹痛くなるぞ〜」
ひっつきあって体を震わせている不審な永倉と原田から、隊士達は土方へと視線をずらす。
そこでは全力で逃げようとする土方を、全力で止めている沖田と山崎の姿が。
「ほら土方さん、男は度胸でしょ!」
「ここで止めたら敵前逃亡にも等しいですよ!!」
沖田と山崎の言葉に、顏を真っ赤にした鬼の形相の土方が隊士達を睨む。
思わずその視線に、ビクッと体を硬直させた隊士達だったが…。
「お前ら、こいつらを見習うと馬鹿が感染るびょん。だからこいつらは無視して、自己鍛練に励むだわさ。判ったわねん!?」
「……………は?」
言われた内容よりも、土方の語尾の調子に…平隊士達が呆気に取られた。
が、それより。
「くそぉ〜〜〜っ!!! 死んでやるわ〜〜っ!! 首をかっ切ってやるぜびょ〜〜〜んっ!!!」
土方本人が切れて叫ぶ方が早かった。



涙を流して笑う沖田達は、土方を逃がさない。
「土方さん土方さん!いつもの厳しい顔で、『切腹させるぞ』って言って下さいっ!!!」
「切腹させるわよ」
真顔で頑張って「させるぞ」と言おうとした土方だったが、あえなく失敗。
「土方さん!『俺にかかれば女なんていちころだ』って言ってくれ!!!」
「俺にかかれば、女なんていちころだっぺ」
ひ〜〜〜〜っっと笑う原田を、顏を真っ赤にした土方が蹴る。
「土方さ〜〜〜んっ!!! 『俺はあんたの為に戦うぜ、近藤さん!』って言ってみてくれ!!」
「お、俺はあんたの為に戦うわよ、近藤にゃん!………」
再び爆笑で転がる男達。
土方本人も、どんなに頑張っても思うようにいかない言葉にがく然とする。
「にゃんって何だべ。にゃんって…」
青くなり畳に手をつく土方を、たまたま通りかかった近藤が見たのは、その時だった。





「ど、どうしたんだ歳!!?」
何も知らずに、土方の手を取り立ち上がらせる近藤。
その真剣な眼差しに、土方はつい泣きそうになった。
「こ、近ど…」
「一体どうしたというんだ、歳!?」
本当に心配そうに、土方の肩を叩いていくれる近藤。
土方はあやうく「近藤さん」と言いそうになるのを、堪えた。
きっと今ならもれなく「近藤にゃん」になりそうだったからだ。
「ああ、こんなに青い顔をして…具合が悪いのか?ん?」
近藤の言葉はどこまでも温かく、土方はウルウルと目を潤ませて彼を見た。
その様子に、近藤は更に勘違いをする。
「何か差し迫った心配でもあるのか? 何で俺に言わないんだ?」
「う、うう…」
「どうした、歳? 言ってみろ?」
俯く土方の顔を覗き込む近藤。
そんな二人の様子を楽しそうに見ながら、沖田は呟いた。
「言えない事が、悩みなんですよね」
「嬉しそうだな、総司」
「そういう新八っつぁんこそ」
「原田さんも、お腹の筋肉がピクピクしてますよ」
4人は並んで事の成り行きを見守る。
「だ、駄目だ俺、腹の傷が開きそうっっ!!!」
我慢ならん!と原田が噴き出しかけた、その次の瞬間だった。
とうとう土方は、口を開いたのである。



「近藤にゃん!俺、俺もう、このまま一生変な言葉で生きてくしか無いかもしれないんだわよ!!!」
「…にゃん?」
土方の叫びに、近藤の目が点になる。
だが土方は構わずに、彼にすがり叫んだ。
「近藤にゃん!! でも俺の中身は元のままなんだわん!信じてくれっぺよ〜〜っ!!」
「……………」
更におかしくなる土方の言葉に、近藤が更に固まっていく。
「近藤にゃん!!! 俺、俺、俺は、私は、俺は、この首輪のせいなのじゃよ〜〜っ!!!」
必死に首輪を指さし訴える土方。
そんな彼を見ながら、笑い死に寸前の男達。
そして近藤は…



「………な〜んだ、歳ったら」
にっこりと笑った。



「は?」
いきなり全開の笑顔に、土方も止まる。
沖田達も「え?」と近藤を見た。
すると近藤は何を思ったのか、ポンポンと土方の肩を叩くと…
「にゃんにゃん言うって辺りが、遠回しで照れ屋さんだな〜おい!」
がっはっはと笑った。
「いや、あの、何の事なのびょん?」
「そうかそうか。ここのとこ忙しかったからな〜」
「え、忙しかったっぺ…でも、そうじゃなくてだあね」
「判った!今日は俺のおごりだ!!!」
混乱する土方の肩を抱き、近藤は叫んだ。
「今日は好きなだけ妓を抱かせてやるぞ!いざ行かん花街へ〜〜〜っ!!」
そして何を思ったのか、無理矢理土方を引っ張って屯所を飛びだしていったのである。
目を白黒させながら、連れていかれる土方を見送る4人。
彼らは思った。
花街の妓達の顏が反応が楽しみだ…と。




「………何か勘違いをしたみたいですね、近藤先生」
手ぬぐいを振って、叫ぶ土方を見送りながら沖田は笑う。
「可哀相に土方さん。あれ聞いたら、どんな妓でも百年の恋が一瞬で冷めるぜ」
苦笑しながら永倉が言えば、腹の傷を確認しながら原田が呟いた。
「いや〜しかし、本当に飽きねぇよあの人」
「まったくですね」
山崎もそれに同調し、全員でわっはっはっと笑ったのだった…が。







「土方歳三だにゃ」
「いや〜ん、歳様ったら、可愛い〜〜〜〜っ!!」
これが案外、妓達には受けたらしい。
「そ、そうかに? 照れるっぴ」
途中から結構楽しんでいる土方だったりした。




その後、首輪は無事外されたのだが、土方には少し後遺症が残ってしまった。
だから彼は、むすっと口を真一文字に結び、黙り込む事が多くなったのだという…。




そんな、嘘のような嘘。













□ブラウザバックプリーズ□

2008.12.10☆来夢

言葉の乱れは心の乱れ




実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。