断末魔に愛を感じる

五稜郭殺人事件

北の大地に輝く五稜郭。
その要塞の中で、ある日土方が目覚めると。





大鳥が死んでいた。





「……………」
ぽりぽりと布団から起き上がり頭を掻く土方。
彼は、彼の部屋で俯せに倒れ、頭の辺りから血を流している大鳥を見て。
さて、どうしようかと考えた。
とりあえず着替えようと、土方が立ち上ると。
「大変です副長〜〜〜〜っ!!」
わ〜〜〜っっと突然部屋の扉が開き、島田や鉄が流れ込んでくる。
大騒ぎの男達の声にも淡々と「おはよう」と答え、土方は洋装のブラウスに袖を通していた。
落ち着き払った土方に対して、鉄や島田、そして一緒に流れてきた野村や相馬も落ち着かない。
「大変なんですよ、副長!!!」
「大鳥さんでも殺されたか?」
「え? 大鳥さん?って、うわ〜〜っ大鳥さんが死んでる〜っ!?」
土方に飛び付いた鉄が、足下に転がっていた大鳥を踏んづけて叫ぶ。
「どうしてこんなトコに大鳥さんがっ!!?」
「こんなトコで悪かったな」
ムッとしながら鉄を放り投げる土方に、島田が報告した。
さっくりと大鳥は無視である。
「大変な事になりました、副長!」
「一体何だ?」
「五稜郭から…出られません」






島田の言葉に、土方が少し考える。
出られない? 何だ、敵にでも包囲されたか?…まさか。
「どいういう事だ」
上着に袖を通しながら、冷静を装って土方が問うと。
島田はゴクリと喉を1つ鳴らしてから、答えた。
「五稜郭が、巨大迷路になってます」
「……………は?」
巨大迷路?
土方の頭に垣根で出来た迷路が浮かぶ。
「……迷路?」
「はい、朝起きたら、何だか通路が目茶苦茶になっていて…漸く今、こいつらとは合流できたんですが…」
こいつら…と島田が振り返った先で、野村と相馬が紙に地図を書いている。
どうやら、今自分たちが通ってきた道を図にしているらしい。
「っっっ!!?」
土方はまさか…と慌てて廊下に飛びだした。
すると。
部屋の前は1本の廊下が横たわっているはずだったのに、目の前が二手の道に分かれている。
窓という窓は姿を消し、天井までぎっちりと詰められた壁が、奇妙な圧迫感を醸し出していた。
とにかく薄暗く、そして細い道が続いているのが見えた。
「一体どうなってる!?」
「判りません…が、副長の所に来られて良かったですっ!!!」
ううっと泣きそうな島田。
そんな彼をなだめながら、土方は「とりあえず…」と一同を見渡した。
「各自紙と筆を持って、ここから外を目指そう。必ず道筋は書き記しながら進むように」
「じゃ、俺と相馬が一緒に右へ」
頷きながら、野村が右側の出口を指さす。
それに対して土方も頷き返し。
「よし、俺と島田は左を行こう。良いな?」
土方が島田を伺うと、彼は気を持ち直して頷いてくれた。
…のだが。
「良くないです〜〜〜〜っ!!」
一人名を呼ばれなかった鉄が叫んだ。




「僕はどうするんですか僕は!この死体と置き去りですか!?」
「あ〜道筋が判ったら迎えに来てやるから、ここに残ってろ」
「嫌ですよ、僕も行きます!!」
「大鳥を一人にはしておけまい!」
「じゃあ、副長が残れば良いじゃないですか!案外と副長が殺したんじゃないですか!?」
「こんなヤツ殺しても何の利益もないだろうがっ!!!」
ぎゃあぎゃあと言い合う二人を他所に、野村と相馬はさっさと部屋を後にしていく。
「とにかく残れ!!!」
「嫌ですよ!! つか、本当に死んでるんですか、これ!?」
土方が一喝すると、それでも納得のいかない鉄が大鳥の頭を掴んだ。
その手が、ずるっとズレる。
いや、手がずれたのではなく、鉄の掴んだ大鳥の「頭」がずれたのである。
「っっっっ!!!!」
一瞬ハッと息を飲む3人。
見てはいけないものを見た気分で、鉄は恐る恐るズレた物を元に戻した。
そ〜っとそ〜っと「頭」を元の位置に戻した鉄が、涙目で土方を見る。
「副長…」
「……判った、来い」
今にも泣きだしそうな鉄に同行を許可すると、土方はそそくさと自室を後にするのだった。





五稜郭は迷路になっていた。
右に左に行き止まり。左に右に行き止まり。
土方が苛々し、島田がビクビクし、鉄がわくわくしている耳に、そこかしこから同様に道に迷っているらしい人々の声が響いた。
「副長、副長、あっちは?」
土方の背中におんぶされた鉄が、右を指さす。
「いや、そっちはさっき行ったぞ?」
「副長、今度はこっちでいかがでしょう?」
鉄の指した方向は土方と島田によって拒絶される。
そして左に足を向けた土方の頭を強引にねじって、鉄が叫んだ。
「絶対こっち〜〜〜っ!!」
「いだだだだだだだっっっっっ!!!?」
「鉄ぅう〜〜〜っ!!」
首を捩じられて叫ぶ土方を助けるべく、島田が鉄の手を離すと彼は涙目で叫んだ。
「どうして僕の言う事を聞いてくれないんですかっ!!?」
「お前こそ、俺を殺す気か!!?」
「副長と違って僕の命は有限なんですから、早く出ないとお爺ちゃんになっちゃう!!!」
「俺の命だって有限だぞ、馬鹿野郎!!!」
背中に子供を乗せたまま、その子供と言い合いをする土方に、島田がちょっと切なくなる。
「鉄…俺がおんぶしてやるから、こっちに…」
二人の言い合いにいたたまれなくなった島田は、そう鉄に手を伸ばした。
その時である。




…ずる…ずる…ずる…ペタ。




そんな音が、彼らの背後から響いた。
ふと、目を合わせる3人。
その3人の耳に、再び響く音。
…ずる…ずるずる…ペタ…ずるぺた…ずる…





恐る恐る3人が、背後を振り返ると。
薄暗い通路の向こうから、何かが、歩いてくる。
段々と音が近づくと共に近づいてくる何か。
それに目を凝らしていた3人は、一斉に悲鳴を上げた。
何故ならば。
「うわ〜〜〜っ大鳥の頭が〜〜っ!!!」
「頭の前後が逆なのに、歩いてる〜〜〜〜っ!?」
「違いますよ、あれ、頭がずれてるんだ〜〜っ!!」
そう、そこに現れたのは、後頭部が前になって歩いてくる大鳥の姿。
それがまるで、ゾンビの如く足を引きずりながら歩いてくるのである。
よく見れば、後頭部が前なのではなく、顏に後頭部の髪の毛がかかっているのだと気付くのだが。
恐怖のあまり走り出した3人はそれどころじゃない。
「鉄お前!さっき「頭」をちゃんと直したのか!?」
「な、直したはずです〜〜〜っ!!」
「直ってなかったんだ、きっと!だから怒って生き返ったんですよぉお〜〜っ!!」
ひぃい〜〜〜っっと走る3人。
逃げる彼らを追うように、大鳥もスピードを上げて走ってくるではないか。
3人は絶叫して、そして再び声を張り上げた。
それは。
「うわ〜〜〜〜っ行き止まりぃいい〜〜〜っ!?」
ぎゃあ〜〜〜っっと絶望に染まる悲鳴を上げる中、壁の向こうから、小さな声が聞こえた。






「土方君かい?」
「榎本!?」
行き止まった壁の向こうから聞こえた声に、土方は思わず壁にすがりついた。
背後からはスピードを落した大鳥の姿が近づいてくる。
顏の見えない、髪の毛しか見えないその姿はお化けに近い。
「ここを開けてくれ!!!」
「どうしたんだ? あ、壁は今何とかしよう。こっちに来れば、外に出られるよ」
榎本の声に心底ホッとしながら、土方は背中によじ登って既に頭に足をかけている鉄を睨みながら叫んだ。
「大鳥が迫ってきてるんだ!早く頼む!!!」
「大鳥君?…大鳥君が…あっ!!!」
「何だ!?」
土方は眼前に迫り来る大鳥を睨みながら、榎本の方を振り返った。
すると、壁の向こうから非常に聞き取りづらい…小声で喋っているのだろう声が聞こえたのである。
「実はね…僕は今日、とても眠たかったんだよ…」
「あ!?」
土方と鉄と島田は、聞こえづらい榎本の声を聞き取ろうと揃って壁に耳をくっつけた。
「眠くて眠くて眠くて…つい土方君の部屋に遊びに行こうかと思ったら」
「何で眠たくて俺の部屋に来るんだよ」
「副長、し〜っし〜っ」
咄嗟に毒づいた土方を島田がどうどうとおさめる。
そんな土方の様子に気付く事無く、榎本の語りは続いた。
「そしたらさ、そこに大鳥君もいたんだ。その彼がねぇ…眩しくて」
「…………………」
「あんまり眩しいものだから、眠たい僕の目には突き刺さるようで…つい」
『つい?』
3人は壁のこちら側で目を合わせる。
大鳥はもうそこまで迫っているのだが。
「つい、殺しちゃったんだよ…」







『犯人発見〜〜〜〜〜っ!!!』

お前か〜〜っと心の中で叫ぶ3人。
土方は壁をドンドンと叩きながら、榎本に叫んだ。
「あんたは無罪だ!! そんなの、誰でもそうするさ!!!」
「え?そう?」
ちょっと明るく弾んだ榎本の声に。
「そうですよ〜眩しい人の方が悪いんですよ!世の中の迷惑!!」
「誰にも言いませんから、早く壁を崩して下さい!!」
鉄も島田も叫んだ。
「そっか〜良かった〜。大鳥君が呪って出てくるんじゃないかと思ってさ、夜なべして迷路を造っちゃったんだよ〜」
あっはっはっはっは!と笑う榎本に。

『犯人発見〜〜〜〜っ!!!』

お前か〜〜〜〜っと心の中で再び叫ぶ3人。
だがもう、大鳥は間近に迫っているのである。
誰が何をしでかしたのでも良い、とにかくここから出してくれ!!!
ズル…ズル…ズル…
頭から昆布を垂らしたかのような大鳥が間近に迫った時。
土方の上で鉄が固まり、土方にひっついて島田が固まり、土方だって固まった。
もう、駄目か!!
大鳥の手が土方の鼻に届きそうになった、その瞬間。







ドゴ!
べコォ!!





物凄い物音が彼らの耳を襲った。
そして、あ、と土方・鉄・島田が頭上を見上げると。
ひゅ〜〜っっと倒れてくる、厚い厚い石造りの壁が…
「ぎゃ、ぎゃあああ〜〜〜っ!?」
ドスン!
土方達を押し潰して、壁が落下したのであった。







「土方君、無事か!!?って、うわっ大鳥君!!!」
土方達を潰した壁の上によじ登り、辺りを見回す榎本。
彼は寸前で壁の下敷きを逃れた大鳥を発見して悲鳴を上げた。
だが、大鳥もその物音と衝撃と悲鳴で、はっと雰囲気を一変させる。
「…あれ?」
「うわっ生きてる!!?」
あれ、と顏を上げて、「頭」をくるりんと直した大鳥と顏を見合わせて、榎本は笑った。
「…大鳥君…生きていたんだね…」
うるうると目を潤ませて両手を広げる彼に。
「…何だか知らないけど…生きていたよ、榎本氏!!!」
大鳥も両手を広げて榎本と抱きあった。
…崩れ落ちた壁の上で。





「……ど、どうでも良いから…早く…退け」
壁の下から土方の呻き声が漏れたのだが。
壁の上で感動の再会を果たした二人に聞こえるはずもなく。
「副長は? 島田は?」
「ついでに、鉄は??」
ついでに壁によじ登った野村と相馬にも気付いて貰える事もなく。




彼らが発見されたのは。
壁の下から大量の血液が流れているのが目撃されてから…であった。
その時の3人の生死は、榎本・大鳥によって闇に封じられたという。












□ブラウザバックプリーズ□

2008.10.6☆来夢

罪の告白は崖っぷち、愛の告白も崖っぷち




実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。