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雪の結晶のごとく輝く星、五稜郭。 そこには、時代を己の力で切り開こうとした男達がいた。 土方が目覚めると。 そこには包丁を自分に向かって振り上げた、鉄がいた。 「〜〜〜〜〜っ!?」 「わぁ〜〜〜っ!!!」 土方が寝起きで声も無く叫ぶと、鉄もまた驚いた様に目を見張り叫んだ。 慌てて布団から起き上がる土方を見上げ、鉄はまだ叫んでいる。 「わぁ〜〜って、お前は一体ここで何してやがる!?」 「わ〜〜〜っ何で起きるんですか!?」 お互いに混乱した様子で怒鳴り合う2人の声がかぶった。 自分の質問と相手の質問が交差して、土方は再度怒鳴る。 「起きるに決まってるだろう!何だその包丁は!俺を刺す気か!?」 「何してるって、副長の左手を貰おうと思ったんですよ!何か悪いですか!?驚かさないで下さいよ!!」 再びかぶる怒声と怒声。 お互いの主張を真っ向からぶつけ合い、そして土方は鉄を凝視した。 鉄と、包丁と、自分の左手。 「お、驚かせたのはどっちだ〜〜っ!!」 土方の怒声は部屋を突き抜け、五稜郭全体に木霊するのだった。 これが、五稜郭の朝である。 鉄は、部屋から出ていこうとする土方にすがりつき、涙目で訴える。 「お願いだから、左手を下さい!!」 言いながら、すがりついた土方の左手に包丁を突き刺そうとする鉄に、土方が慌てた。 「下さいってな、うわっ痛ぇっ!あげられるわけねぇだろう!!」 「そんなっ!僕、伊庭さんに『副長の左手をあげるよ』って約束しちゃったのに!!」 「するなそんな約束!!!」 ぎゃあぎゃあと、部屋の入り口でもみ合う2人。 そこへ、がらっと扉を開けて入ってきたのは、島田。 「おはようございます副長。今日もお元気そうで何よりです」 「あ、ああ、おはよう島田君」 「おはよう鉄、お前は今日もまた無茶苦茶だな」 「おはよ〜です〜島田さん」 律義な島田に対して、一応律義に返事をする2人。 だが、挨拶が終わるとすぐに揉み合いを開始する2人の間に、島田が割って入ってくれた。 「一体今度は何の騒ぎですか!?」と。 五稜郭の廊下で、2人は島田に対して主張する。 「何の騒ぎも何も、こいつがいきなり俺の左手を寄越せって包丁を突き立ててきやがって」 「だって伊庭さんが土方さんの左手の薬指が欲しいっていうから、僕が貰ってきてあげますよって」 ごくごく平然と両方から放たれた言葉に、島田は軽く目まいを覚えた。 寝起きから部下がーしかも少年が、包丁を自分に向けているだけでも絶句ものだろうに、土方は案外それに慣れてしまっている。 「慣れてねぇよ!ただ俺は寝起きだから顔を洗いたかったんだ」 「十分感覚がずれております、副長」 「頭はずれてないみたいだよ?」 土方と島田の会話に、鉄が土方の髪の毛を引っ張った。 途端に土方が鉄の手を払いのけて怒鳴る。 「俺は大鳥とは違うんだぞ!」と喚いている土方を抑えて、島田は鉄を見た。 「お前はお前で、何だその伊庭殿の言う左手の薬指ってのは…」 早く包丁をしまいなさい、と付け足すことも忘れない島田に、鉄は首を傾げた。 「さぁ?」 「さぁ?」 鉄の返事に、島田も同じ言葉を返してしまう。 「何だお前は!事情も良く判らずに俺の手を切ろうとしてたのか!?」 「副長ならきっと新しい手が生えてきますよ」 「生えるか!」 えへっと笑う鉄に対する土方の怒りはもっともだが、鉄の言い分も少しありそうな気がしてしまう島田だった。 すると、そこへ軽やかな声と共に伊庭が顔を出す。 「お〜っす!俺の噂をしているな?」 にこにこと、人好きのする笑顔を浮かべる江戸っ子であるが、どこか鉄を大きくしただけの印象もある。 土方と島田の不吉な物を見る目に、伊庭が口をとがらせた。 「何だよ、その嫌そうな目は〜」 「嫌そうじゃなくて、嫌なんだよ」 土方がはっきりと述べると、伊庭が切なそうに顔を歪めた。 「照れるなよ」 「照れてねぇよ」 きっぱりはっきりと拒絶する土方の言葉に、伊庭は暫く固まっていたのだが。 突然崩れ落ちると鉄にすがりついた。 「ひ、酷いっ!俺はあんたと愛を誓おうと思って、鉄坊に頼みごとまでしたのにっ!!」 デカイ図体を丸めて鉄にすがる伊庭を、土方も島田も呆れ返って見下ろす。 「愛を誓う〜?」 胡散臭そうに眉をしかめた土方の隣で、島田も大きく頷いた。 「副長に愛を誓うならまず鉄を抹殺すべきですな」 案外酷い事をさらりという島田を、土方は内心で「…」と見ていた。 とにかく、鉄が虎視眈々と土方の左手を狙う中で、2人は伊庭に説明を求めた。 「だからな〜大鳥のおっさんがよ、西洋では愛を誓った2人がお互いの左手薬指に同じ輪っかをはめるって教えてくれたんだよ」 だから歳さんの左手の薬指の太さが知りたくて。 そう続けた伊庭の言葉を聞きながら、土方は隙を見ては包丁を振り下ろしてくる鉄を睨んだ。 「てめぇ、何で太さを図るのに包丁が出てくるんだよ!ああ?」 「あれ〜だって僕は、伊庭さんが「あ〜歳さんの左手が欲しいな」って言うからぁ」 早とちりしちゃった♪と舌を出す鉄に対して、土方は脇に差していた刀をすらりと抜いていた。 「わ〜〜〜っ何をするんですかぁっ!?」 「てめぇ!早とちりで俺の左手をぶった切る気だったのか!?あん!?」 包丁で左手を切ろうとした鉄に対し、土方は兼定で鉄を真っ二つにしかねない勢いである。 島田は流石にそれはまずいと土方を背後から羽交い締めにして止めた。 「離せ島田!!!」 「離しません!お気持ちは判りますが、鉄の事は諦めて下さい!!何を言っても無駄ですから!」 「何を諦めるのさ、僕は皆と違って未来の長〜〜〜〜い若者なんだからね!!」 せっかく島田が助けてくれているというのに、鉄は島田に対してあっかんべをする。 それを見た島田は、途端に土方から手を離す。 「どうぞ」と。 「行ってらっしゃい」ならぬ「斬ってらっしゃい」的な島田に、土方が頷くと鉄は叫んだ。 「わ〜〜〜〜っっ副長に殺される〜〜〜っ!!」 ぎゃ〜〜っと流石に血相を変えた鉄が伊庭の背中に張り付くと、伊庭がちっちっと指を振った。 「まぁまぁ歳さん、落ち着いて落ち着いて」 「これが落ち着いていられるか!ガキの遊びで俺の左手が無くなる所だったんだぞ!?」 が〜〜〜っっと今にも火を吹きそうな土方の前で、伊庭はそれでも余裕の笑みを浮かべると。 「まぁまぁ」と土方の左手を取った。 すんなりと手を取られたのは、伊庭にはその左手を斬ろうという悪意が見えなかったからだろうか。 土方と島田と鉄が見守る中で、伊庭が彼の左手薬指に何かをしている。…と思ったら。 彼は土方の色白ですんなりとした男らしくない指に、赤い紐を巻き付けていた。 そしてにっこりと微笑む。 「やっぱり日本人にはこっちだな、赤い糸」 糸というには太い紐だったが、呆然と土方が自分の左手を上げる。 その左手から伸びた紐をず〜〜〜っとたどっていくと。 「俺と歳さんは、赤い糸で結ばれてたんだぜ」 にっこりと、伊庭が己の左手を上げて見せた。 その薬指には確かに、土方と繋がった赤い糸があったのだが…。 土方は目を丸くしてその伊庭の左手を指さした。 「お、お前…」 「何だよ、そんなに感動してくれるのかよ?」 ん?と人懐っこい笑顔を向けてくる伊庭の左手を指さして、土方は叫んだ。 「何で左腕があるんだ!?」と。 そう、伊庭は五稜郭に来る前に、戦で左手を失っていたのである。 「は、生えたのか〜〜〜っ!?」 思わず絶叫してしまった土方と、彼と一緒に驚く島田を見ながら、伊庭がやっと2人の驚きの素に気付いたように笑った。 「いやいや、これは鉄坊が作ってくれた義手なんだよ」 「義手!?」 「凄いでしょ〜僕って実は凄い才能を秘めてるんですからね!しかも…」 伊庭の背中によじ登った鉄が、どうだといわんばかりに鼻をこすった。 彼は手を伸ばすと、伊庭の左手の義手に触れる。 カチ。 何か小さな音がした。 その、次の瞬間だった。 突然伊庭の左手から、ブワァン!!!と今度は大きな音が響いたのだ。 音が響くと同時に爆発も起き、はっと息を飲んだ土方に向かって。 伊庭の左手が吹き飛んできたのである。 「な、何だ〜〜〜〜〜っ!?」 「副長〜〜〜〜っ!?」 目の前から吹き飛んできた左手を、素晴らしい運動神経で寸前でよける土方。 体勢を崩した彼を島田が支えようと手を伸ばしたが、島田は土方を捕まえる事が出来なかった。 何故なら、土方の体は。 「お、おい〜〜〜っ!?」 ロケットランチャーの様に吹き飛んだ左手に紐で繋がれた状態だった為、一緒に吹き飛んでいってしまったのである。 「ふ、副長ぉおお〜〜〜っ!?」 凄まじい吹き飛びっぷりに絶叫する島田に、鉄がけたけたと笑う。 「あの左手はそう簡単には止まらないからね!」 「鉄、お前ぇええ〜〜っ!!」 怒って鉄に掴みかかろうとする島田を、鉄は伊庭を盾にしてかわす。 そして彼は何を思ったのか拡声器を懐から取りだして、突然空に向かって叫んだのである。 「現在土方副長が、赤い糸の相手を求めて吹っ飛んでま〜〜〜っす!!!」 「おい!?」 「我こそは副長と愛を誓う相手にふさわしいと思う方は、どうぞ副長を捕まえて下さいね〜〜〜っ!!!」 驚く島田の耳にワンワンワン…と大音量で響いたその鉄の声の後。 五稜郭を凄まじい騒音が包む。 島田がハッと辺りを見渡すと。 「土方君の赤い糸は僕が貰う〜〜〜〜っ!!!」 「いやいや、彼の運命の相手はこの私だ〜〜〜っ!!!」 「副長、運命を感じてました〜〜〜っ!!!!」 どこに隠れていたのか、榎本やら大鳥やら新選組隊士やら一般の兵士まで、男達がわらわらとあふれ出し。そして飛んでいった土方に向かった走り出したのである。 呆然とそれを見送る島田の耳に、鉄の声が響く。 「さぁ、結果を見届けなきゃ!伊庭さんも走るっしょ!?」 「おうよ!あの左手は俺様のだぜ!!」 「じゃあ行ってみよ〜〜〜っ!!」 おお〜〜っと声を上げて走り出す伊庭の背中で、鉄が島田に手を振る。 少年は最初から自分で走る気などなく、伊庭におぶってもらう計画だったらしい。 島田は一人、その悪知恵っぷりに膝を落とすのだった。 が。 島田は膝をついた瞬間、廊下に設置された窓の外を飛んでいく土方を見てしまった。 廊下を吹っ飛んでいったのとは、逆方向に飛んでいく土方。 「………そ、外に出て曲がったんですか!?」 思わず生真面目に叫んでしまった島田に、土方の切ない悲鳴が響いた。 「そんな事より、止めてくれ〜〜〜〜っ!!」 だが、土方の姿が遠くに霞むより早く。 ドドドドドドドドドドドドっという物騒な足音が背後から響き。 「待ってくれ土方君〜〜っ!!」「副長〜〜〜っ!!」「待て〜〜〜っ!!」 土方を追いかけて戻ってきたらしい一軍に。 島田は見事に踏みつぶされてしまうのだった。 結局。 土方は自ら赤い紐を刀で切って、無事生還を果たしたのだが。 その後頭部に、後から飛んできた左手が直撃するのを、多くの人が目撃したという。 「副長の赤い糸の相手って、副長本人なんですね」 鉄の導き出した結論に、五稜郭から不満の声が漏れるのであった。 |
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実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。