キラリと光る明日の光明

月に盃 桜に刃

斉藤が最近よく出かける。
その事に気付いた総司と平助は、揃って彼の後をつけてみる事にした。
季節は春ー武士の心の如く桜が咲き誇る頃の事。






斉藤が出かける時間は決まっていない。
昼だったり夜だったり朝だったり、とにかく巡察の入っていない時間にふらりと出かけてはふらりと戻ってくる。その間どこに行っていたのかを誰に話す事もなく、手土産も無い。
「まぁ、もともと口数の多い人じゃないけど」
「気になるよね〜」
そ〜っと屯所の門をくぐろうとしている斉藤の背中を隠れて見ながら、総司と平助は頷きあった。
その頭を、背後から大きな手がぺシぺシと叩いた。
「やめとけって言ってるだろうが!」
「痛っ!〜も〜〜っ何するんですか、永倉さん!」
「原田さんまで!!」
2人は揃って叩かれた頭をさすりながら振り向く。そこにいたのは永倉と原田だ。
永倉は呆れ返った様に総司のおでこを指で突きながら言った。
「そんな暇あったら隊士の稽古をつけてやれよ、お前は」
「平助は自分の稽古だ」
永倉に続いて放たれた原田の言葉に、平助はむっと口を膨らませた。が、すぐに屯所の門の向こうに消えた斉藤を思いだし、総司の袖を引っ張る。
「やばい!見失っちゃうよ!」
「あ、ほんと!?」
2人は年長者2人にあっかんべ〜をしてから、慌てて斉藤の後を追って走っていく。
「こらぁ!」
背中に永倉の呆れ返った声が響いたが、2人は気にしなかった。





気になるといえば、斉藤である。
京で結成された新選組に参加してきた中でも一二を競う剣の腕の持ち主ながら、その流派は不明。
明石浪人とはいうが、はてさて本当だろうか。
とにかく無口、冷静、出自や過去等不明だらけ。
そんな不明人物が試衛館一派が揃う幹部に名を連ねているのである。
総司と平助の探求心…という建前の好奇心をいたく刺激してくれる人物であるのは間違いなかった。
「永倉さん達はさ、何か知ってるのかな」
「あ、そうかもね〜。ほら、お酒とか飲み行く時あるし」
京の街をゆっくり歩く斉藤に気付かれないように、2人は物陰に隠れながらの移動を続ける。
怪訝そうな街の人と目が合えばさっと顔を伏せる。
気分はすっかり隠密だ。
「あれ。斉藤さん、今日は刀を左に差してるね」
からんころんと下駄も軽やかな斉藤の腰を指さして、平助が呟いた。
総司も「あ」と声をあげる。
風に斉藤の長い髪が揺れ、ふと彼が後ろを振り向いた。
「っっ」
慌てて身を隠す2人は、目と目を合わせて頷きあった。
「左利きだったよね。でも刀を左に差すって事は…」
「斉藤さん、右でも使えるんだ」
そう確認しあった2人は、揃って同じ言葉を呟いた。
「怖〜〜〜っっ」





斉藤はうららかな春の風を受けながら、時折空を見上げる仕草をしながら歩いていく。
「目的がある歩き方だよね」
「うん、総司と違って浮き足立ってないし」
「酷いな」
平助の例えに総司は傷ついた顔をしたが、実際のところその通りだと本人も思う。
斉藤は辺りを見渡しながらも、確実にどこかを目差していた。時折背後を伺う様子も見せるが、それは2人に気付いているというよりも、安全確認の癖だろうと総司は考える。
「斉藤さんの間合い、広いな〜…」
思わず悔しそうに爪を噛んだ総司に、平助が目を丸くした。
「判るの?」
「うん。居合なら永倉さんに勝つよ、あの人」
私でも難しいな〜と唸る総司に、平助は眉をしかめて見せた。
「そんなの、気配見ているだけで判る総司も変だよ」
「凄いよ、って言ってくれない?」
2人は暫く見つめあい、そして慌てて斉藤の後を追った。





斉藤は暫くすると街の外れにある、広場の様な所に入っていった。
時折子供の無邪気なはしゃぎ声や、花売りの声が響くだけの静かな場所だ。
「…てっきり遊女街へ行くのかと思ってたのに」
「目的は女じゃないのかぁ。斉藤さんになじみの人でもいるかと思ったのに…」
少し当てが外れて肩を落とした2人だったが、それでも木々の影に隠れながら斉藤の後を追う。
斉藤は自然にでき上がった散歩道をつらつらと進み、やはり時折頭上を見上げる仕草を見せていた。
そして、斉藤の背中を見ていた平助が、「あれ!」と小声で総司の耳を引っ張る。
「いててっ何何!?」
「あそこの茶店の女が、ほら!斉藤さんに手を振ってる…あ、斉藤さんも会釈した!!」
「本当!?」
総司は平助の言葉に目を丸くしながら、斉藤の背中の向こうに茶店の屋根を見た。その下では前掛けをした店の女が確かに親しげに斉藤に笑いかけている。斉藤はというと、客席に座るそぶりもなく、一言二言何かを言う仕草を見せただけだった。
「…あの人目当て?」
「…う〜ん…まぁ、きれいな人だけど…」
2人は斉藤の横顔が見ている女の顔をじっくりと見た。
目のぱっちりとした、利発そうな色白の女性である。どこか弾んだ感じもして、可愛らしい様子だ。
「…あれが、好み?」
「もうちょっと大人っぽい人が好みかと思ったけど…」
思わずう〜んと顎を捻ってしまった2人の耳に、物騒な男達の声が響いたのはその時だった。





素浪人…自分たちと何が違うかは厳密には不明だが、とにかくそんな輩が2,3人、斉藤と話をしていた女性の腕を引っ張って何か喚いている。
「何だあれ? え〜…自分にはなびかないのに、何でそいつにはって言ってるみたい」
「そんなの、斉藤さんと自分の顔を見比べてみれば判るじゃんね」
平然と言った総司に、平助も同感と頷きながらも反論した。
「判らない輩だから、つっかかるんじゃない?」と。
とにかく、客席を蹴ったり大声で恫喝したりする男達に、女性が甲高い悲鳴を上げた。
ふっと平助が刀に手をかけて、鍔に指をかけたが、素早く総司がその手を押さえた。
行かないのか?と目で問う平助に対し、総司はにまっと笑って人さし指を自分の口に当てた。
「すぐ終わるみたいだ」
そう、総司が言った瞬間、平助の視界の中で斉藤が刀に手をかけた。





抜いた!と思った瞬間に、斉藤の一番近くにいた男が腹を抱えて蹲り倒れる。
「早い!」
平助の声に、総司も頷いた。
それに驚いた男が女性を盾にしようとするのを見て、斉藤はその男の手を払い上げ、足をかけて転ばせる。気持ち良く反転して倒れた男を踏みつぶして、残りの男に斉藤が刀を振りかぶった。
男も自分の腰のものに手をやったが、時既に遅し…顔面に刀を食らって、男は倒れた。





呆然とする女性に何かを告げ、斉藤はそのまま店を後にしてしまう。
「…強いねぇ」
「凄い早さだねぇ」
斉藤の素早い動きに見惚れていた2人は、その動きには「え?」と仰天した。
「ちょ、ちょっとちょっと、そのまま行っちゃうの!? そこであの人と抱きあったりは…しないの〜?」
「というより、あの連中そのまま!?」
慌てて木の陰を飛び出した2人は、斉藤が立ち去った茶店の前に走り寄る。
近くで見ると、男達が足下でうんうん唸っていた。どうやら全て峰打ちだったらしい。呑気に「素敵」と拍手する総司の腕を引き、平助は小声で怒鳴った。
「早く追わないと!」
そう言って、総司共々その場を走り去ろうとした平助の腕を、とっさに掴む小さな手。
それは、先ほどからここにいる、店の女性だった。
「ちょっと待って!この人たち、番屋に運んで下さい!!」
「ええっ!? 何で僕らが!?」
思わず大声で叫んでしまった平助が、しまったと斉藤が消えた方角を見ると、女性がはっきりと告げた。
「斉藤さんが、後から来る2人も新選組だから、2人に任せたら良いって!」
その言葉を聞いた瞬間、平助と総司は切なそうに顔を見合わせるのだった。





女性はまったく斉藤とは関係が無かった。
斉藤はここ数日毎日のようにあの場所を訪れては、辺りを見回していくだけだったという。
…ただの散歩か?
ぶぅっとふてくされた2人が、男達を番屋に届けた足で屯所に戻ると、斉藤が笑顔で出迎えてくれた。
「ご苦労だったな」
珍しく嬉しそうな斉藤に対して、更に顔が膨れていく2人。
「気付いてたんですか!」
「ああ、ずっと」
「声掛けてくれれば良いじゃないですか!」
「そっちこそ」
にまにまと、嬉しそうに笑う斉藤はとても珍しかったが、こんな事で笑顔が見れても嬉しくないと2人が顔を見合わせると、永倉のやっぱり呆れた声が響く。
「だからやめとけって言っただろうが」
「お前らじゃ尾行なんて無理に決まってるだろ」
永倉と揃って現れた原田にまで大声で言われて、2人は更に膨れっ面になっていく。
すると、そんな2人の顔に怪訝そうな土方の声が。
「何だ、ご機嫌斜めだなガキども」
「ガキですみませんね〜」
べ〜〜っと舌を出して登場した土方を睨む総司に、土方は笑いながら「まぁまぁ」と手を振った。
「機嫌を直せよ、今夜は花見に出かけるんだからな」
土方の声に、既に花見の件を知っていたらしい永倉と原田が手を叩く。斉藤も頷くのを見ながら、総司と平助はちょっとだけ治った機嫌で尋ねた。
「どうしたんですか、いきなり?」
「どこへ見物に行くんですか?」
素直に尋ねた2人の声に、永倉と原田がはじけたように笑いだした。






「お、お前ら、一足先に見てきたんじゃねぇのか!?」
「それとも、斉藤の背中しか見えなかったか!?」
「勘弁してくれ」
げたげたと笑う2人に、斉藤が眉をしかめる。
一体何を言われているのか判らない2人に、土方が片眉を上げて呟いた。
「何だお前ら、斉藤と一緒に下見に行ったんじゃないのか?」と。
その言葉に、総司と平助はまたまた顔を見合わせた。
「下見…?」
「そうだぜ。ここ何日か、斉藤に見頃を確認して貰ってたんだが…お前らも今日は一緒に行ったんだろ?」
土方の言葉に、斉藤の苦笑いする顔に、馬鹿笑いしている永倉と原田に。
ここ数日の斉藤の外出に、頭上を見上げていた彼の仕草に、茶店の女性の証言に。
総司と平助は揃って声を上げた。
「まさか〜〜〜〜っっ!!?」






斉藤は、単に花見の場所と頃合いを合わせて探っていただけだったのだ。






「それならそうと、私たちにも言ってくれたら良いじゃないですか!」
「何で斉藤さんだけに頼むんだよ!?」
き〜〜〜っっと悔しそうに叫ぶ2人に、何も語らず笑うだけの斉藤。
彼に代わって永倉が教えてくれた。
「花見といえば酒!桜も良くて酒も上手く飲める、そんな場所を探すのにガキのお前らじゃ役立たずってこった」
なるほど、斉藤ならば確かに総司よりも平助よりも酒の味がわかるだろう。
だが、その説明にほほ笑みながら頷いている斉藤に向かって、2人は叫んでいた。
「ガキって言うけど、斉藤さん同い年じゃないですか〜〜〜っ!!」
「年齢偽ってるんだ〜〜〜っ!!」
そんな2人の悔しい叫び声に、大人たちの笑い声が重なるのだった。






満開の桜の下で、総司と平助は団子を齧りながら考える。
「結局さ、斉藤さんって…無口で剣の腕が立って気配も読めて酒も飲めて…」
「年齢偽ってるって事が判っただけかぁ」
むぅ…と唸る2人の視界の向こうで、腹踊りを披露している原田とはしゃぐ永倉に挟まれた斉藤の笑顔が見える。
彼は2人の視線に気付くと、少しだけ、手にした盃を持ち上げた。
「まぁ許せ」「機嫌直せ」「よろしくな」等々、色々な言葉が考えられるのだが。
総司と平助はその仕草に少し顔を赤らめると、一緒に手元の盃を同様に持ち上げて見せた。
あまり飲めない酒がそこには入っているのだが、斉藤は軽く盃を空けてしまう。
その様子に、2人も負けじと盃を呷ったのだが…
「うぇっ」とすぐに吐き出してしまった。
そんな2人をほほ笑ましそうに見ている斉藤に、彼らは。






「ホント、斉藤さんって格好いいんだから」
「渋すぎます」






お手上げをするのだった。













□ブラウザバックプリーズ□

2008.10.6☆来夢




実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。