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世界が一面の雪景色になっていた。 朝、目を覚ましてきた隊士達が揃って声を上げる。 空は透けるような青空、世界は真っ白な銀世界。 子供でなくても思わず声を上げたくなる光景だった。 「うわぁ」 平助も思わず庭に飛びだして声を上げた。 声と同時に息が白く形になる。 思わず嬉しくなってザクザクと音を立てて辺りを歩き回ると、白い地面にぼこぼこと足跡の穴が開いた。 平助は思わず「へへっ」と鼻をこすった。 まるで子供に戻っている平助に、ふいに声がかけられた。 「平助!」 「え?」 名を呼ばれて平助が首を振るが、どこにも誰の姿もない。 「平助こっちこっち!」 「ええ?」 更に声は彼の名を呼び続ける。 平助はきょときょとと辺りを見回すが、やはり誰もいない。 「おかしいなぁ」 ぼそっと呟いて彼が空を見上げた時、いきなり彼の視界が真っ白に染まった。 空から雪が落ちてきたのだ。 「わぁっっっぶっ!!?」 驚いて叫ぼうとした彼の口に雪が飛び込んでくる。 突然の事に尻餅をついた平助が、顏に落ちてきた雪をのけると頭上から笑い声が上がった。 「はっはっは〜〜っ!! 寝ぼけてんじゃねぇぞ、平助!」 「早く上がって来いよ〜!」 「な、永倉さんに原田さんっ!!」 見れば永倉と原田の二人が、箒や鍬を手に屋根の上から平助を見下ろしていた。 キラキラと輝く白い雲の上にいるかのような二人は、楽しそうに平助を呼んだ。 「雪かきしようぜ♪」と。 平助が屋根に上ると、壬生一帯を見渡すことが出来た。 青い空と白い世界の二色が気持ち良い。 「うっわ〜〜〜っ!! 二人が珍しく働き者だと思ったら…こうゆうわけかぁ」 「何だよ珍しくって!」 原田が叫ぶ平助に鍬で雪をすくって投げる。 「だって、二人とも進んで下働きなんかしないじゃん」 口を尖らせた平助が丸めた雪を原田に投げた。 「何だと?」と雪を顔面に受けた原田が睨む。 「何だよ」と臨戦態勢の平助が雪を握りしめる。 「邪魔邪魔邪魔〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」と永倉が二人を箒で掃き飛ばした。 「わっっ!!!?」 「何するんだよっ!!?」 危うく屋根から落ちかけた二人が叫ぶ。 すると永倉は箒を肩に乗せ、ニヤリと笑うと二人に言ったのである。 「カマクラ作っちゃおうぜ」 きょとんと原田と平助が顏を見合わせる。 「屋根の上で?」 平助が「庭じゃないの?」と下を見下ろすと、永倉がその頭を箒ではたいた。 「庭じゃせっかくの景色が楽しめないだろ〜が!!」 「なるほど!のった!」 永倉の提案に原田がポンっと手を打つ。 だが平助はもう一つ尋ねた。 「だ、だって土方さんにバレたら…」 思わず小声になってしまう平助だったが、永倉は不敵に笑った。 「鬼副長なら頭痛がするとかで、部屋で休んでるよ。屋根まで点検にゃ来ねぇだろ」 それだけ言うと、平助の目の前で二人はせっせと雪を集めだした。 日頃の仕事では見せない真剣な表情に、平助も多少呆れつつ腕まくりをした。 「ようしっ!!」 そうして3人のカマクラ作りが始まったのである。 ドドドドドドドド…バサバサバサ… ガサガサガサガサ…ドンドンドン… 「………何の音だ?」 斎藤がお茶を飲みながら呟くと、島田と沖田が顏を見合わせた。 3人とも思わず天井を見上げる。 ボスボスボスボスッ…ガッガッガッガ…ザザザ… 「……ちくしょう、何だってんだ?」 布団の中で土方は頭を抱えた。 風邪ひいてしまったらしい熱っぽい身体を横たえながら、土方は頭上から響く騒音に眉をしかめていた。 屋根の上の雪は結構量があったので、カマクラはあっという間に形になっていた。 「さすが新八っつぁん、こうゆうの得意だよなぁ」 「へへっ任せろや!」 自慢気な永倉の目の前には、すっかり丸く中身もちゃんとくりぬかれたカマクラが姿を見せていた。 「うわぁっ!! この中でご飯食べたい〜〜っ!!」 掘った穴の中で平助がはしゃぐと、原田が何か思いつく。 「そうだ!鍋しようぜ、鍋っ!!」 「お、良いねぇ。じゃあ俺はもうちょっと形を整えるから、鍋の方頼むわ」 「やった〜〜〜っっ!!!」 すっかりその場が屋根の上である事など忘れて楽しむ3人。 「平助も材料とか運ぶの手伝えよ」 原田に声をかけられて、平助は上ってくる時に使ったはしごに向かった。 が、それを原田が止める。 「え? 何で? 下に降りるんじゃないの?」 「まぁ見てろって♪」 不思議がる平助に、原田はウィンクをするといきなり屋根の一番高い部分に走った。 ドドドドドド…と上ってから、彼はおもむろに板を取りだすとそれを足下に敷いた。 「まさか…」平助がちょっと顏をひきつらせる。 すると原田は板の上に座り「行っけ〜〜〜〜っっっ!!!」と思いっきり足で雪を蹴ったのである。 シャ〜〜〜〜〜っっと気持ちの良い音を立てて滑っていく原田。 「うわ〜〜〜〜っっ!!!?」 平助が見守る目の前で、原田の体が勢い良く屋根から飛びだす。 「ひゃっほ〜〜〜〜うっ!!!」 原田は屋根から庭に向かってダイブすると、ボスーン!!と板ごと雪の上に着地した。…というより、埋もれた。 「は、原田さんっ!!!?」 「ぷはぁっ」 厚く積もった雪の中から原田は顔を出すと、おもむろに平助に向かって叫んだ。 「最高っっ!!!」 「本当に〜〜〜〜っっ!!!?」 それを聞いて平助も同じ方法で下に降りたのだった。 ザザザザザザ〜〜〜ッッ…ドスン!バサササ… 「…う〜…」 土方はガンガンと痛む頭と熱、そして意味不明の物音に苦しんでいた。 そこに島田が障子を少し開けて声を開ける。 「副長…大丈夫ですか? 何か要るものがあれば…」 「…ああ、悪いな。…そうしたら…氷のうを作ってきてくれないか? 熱が…」 ゴホゲホと言葉尻を咳き込む土方。 その熱で赤くなった土方の顔を見て、島田は青くなった。 こんな体調の悪そうな土方を見るのは初めてだったからだ。 「す、すぐにっっ!!!」 彼は慌ててその場から駆け足で去っていった。 その足音にさえ、土方は苦しそうに呟いた。 「し、静かに歩いてくれ…」 土方は段々と頭が朦朧としてきていた。 カマクラの中には、湯気の立つ鍋が用意されていた。 グツグツと煮える具を目の前にして、朝からの雪かき作業で疲れた3人の腹が鳴る。 「いや〜仕事の後はこれに限るな♪」 ついでに拝借してきた酒も喉を潤してくれる。 「うっま〜〜〜いっ!!最高っっ!!!」 「も〜〜っ踊っちゃうぞ、俺はっっ!!!」 「きゃははははっ!! 原田さん得意の腹踊りだね〜〜〜〜っっ!!!」 ドンチャカドンチャカと食器を鳴らしながら原田が踊りだす。 「はっはっは〜〜っ!! 景色は最高!酒も旨いし鍋も旨いっ!! あ〜〜っ下に降りたくねぇなっ!!」 「本当だよね〜〜っ!! 僕も踊っちゃおうかな♪」 「おっ!来るか平助!」 顏を赤らめた平助が立ち上がると、原田も踊りを激しくしだす。 そんな二人を見ながら、永倉はチャカチャカと食器を鳴らして笑っている。 「ひゃっひゃっひゃ〜〜〜っ!! お前も脱げや、平助〜〜〜っ!!!」 「いや〜〜〜〜っっ!! 僕はまだ嫁入り前なのに〜〜〜っっ」 「がっはっはっはっは〜〜〜〜っっ!!!」 原田が平助の着物を脱がそうと、二人は屋根の上でもつれ合う。 すっかり雪の冷たさも忘れた原田の身体からは、湯気が立ち上がっていた。 ドスドスミシミシドスドスミシミシドドドドミシギシミシギシ… 「ううう…氷のうはまだか…」 土方は増していく騒音に呻き声を上げつつあった。 「あ、こんな事してる」 ヒョイっとはしごから沖田が顏をのぞかせた。 「お、総司か!お前も入れ入れ♪」 「も〜何か朝から五月蝿いなぁって思ったら。早く呼んで下さいよね、こうゆう事はっ!」 カマクラの中から手招きをする永倉に、沖田がぶ〜っと口を尖らせる。 そんな間も原田と平助は屋根の上でゴロゴロと転がり回っていた。 「ああっ!? 良いことしてるな〜」 「うお〜〜っ景色最高!!」 「あ、野村さんに相馬さん」 鍋からつみれの団子を取りだしていた沖田が気付くと、カマクラの中に酒持参の野村と相馬がやってくる。 段々と賑やかになるカマクラ。 それと同様に酷くなっていく騒音。 「……な、何の音なんだ?」 土方は熱で涙目になっている視界の中に、ギシギシとしなる天井を捉えていた。 漸く島田は氷のうを用意すると土方の部屋に向かった。 何故か幹部達がの姿がどんどんと消えていく。 さっきまで一緒にお茶を飲んでいた沖田や斎藤も姿を消していたし、こんな雪を前にして大人しくしているはずがない面々がいないのが気になっていた。 そんな島田の頭上で酒盛りを始める面々。 そこに斎藤がいつものポーカーフェイスをはしごからのぞかせる。 「…永倉さん達だったのか」 「お、斎藤。お前も一杯どうだ?」 赤ら顔で杯を傾ける永倉に、斎藤ははしごに乗ったまま、屋根には乗らずに言った。 「いや、遠慮しよう。俺は一つだけ忠告しに来たんだ」 「あん?」 「あのな、そろそろ撤収しないと屋根が…」 そう斎藤が呟いた瞬間だった。 「副長、氷のうをお持ちしましたよ…」 そう島田が障子を開けた瞬間だった。 「…おう、ありがとよ…」 そう、土方が頭をあげようとした瞬間だった。 ミシミシミシミシミシ…と奇妙な音を立てて、屋根が崩れ落ちたのである。 「う、うわぁぁああ〜〜〜〜〜〜っっ!?」 「ぎゃ〜〜〜〜〜〜っっ!!!?」 ドドドドドドドド…ッと物凄い轟音が鳴り響く。 島田は突然の出来事に、その場から一歩も動けなかった。 たった今、土方の部屋に氷のうを持ってきたつもりだったのに、気付けば目の前には永倉や原田がいた。 「……………あれ?」 島田の顔を見て、永倉達も驚いてカマクラから這い出て来る。 「…あらら…天井が…」 「重みに耐えられなかったんですねぇ…」 永倉の後から顏を出した野村が、そして沖田が頭上を見上げると、そこにはぽっかりと穴が開いていた。 「って、事は、ここは誰かの部屋なわけ?」 更に出てきた相馬が呟くと、その視界に島田が飛び込んでくる。 「…島田の部屋?」 尋ねる声に、島田が真っ青な顏をして震える指をさした。 「ん?」 島田の指さす方を、原田も平助も永倉も皆が追った。 すると、カマクラの下敷きになった部分から伸びる手足が… 「ふ、副長…」 それだけ呟くと島田は倒れてしまった。 そしてその呟きを聞いた人々は叫んだ。 「えええ〜〜〜〜〜っ!? ここ、副長の部屋だったのぉおお〜〜〜っ!?」 騒然とする室内に置いて、土方はカマクラの直撃を受けて気絶していた。 はしごからのんびりと降りてきた斎藤が顏を出す。 「あらら」 見れば土方の部屋には天井にぽっかりと穴が開き、部屋の主たる土方はカマクラの下敷きになっている。 慌てふためく人々を眺めながら、斎藤は思った。 「焦らずとも、副長の記憶なんて飛んでしまってるよ」と。 そして島田が用意してきていた氷のうを掴み上げると、彼はそれを土方の頭の上に乗せた。 土方はすっかり気を失っていて、顔色は白に近い。 その上にどっさりと乗っかるカマクラ…。 斎藤は氷のうを引っ込めた。 「こんな大きい氷のうがあれば、こちらはいるまい」 そう呟いて…。 後日、永倉・原田・藤堂に近所一体の雪かきが命じられたが、その頃には雪は溶けて殆ど無くなっていた。 「次に雪が降った時には、雪見風呂とか良いなぁ」 「雪でお風呂作れるのっ!?」 「馬鹿、木枠の外を雪で固めりゃ済むだろうが」 3人は全く懲りていなかった。 「ぶえっくしょいっ!!!」 土方の風邪も、まだまだ治らないようである。 |
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