記憶の階段踏み外し

彼らの事情

庭に鶏がいた。
新八が、縁側でぼんやりと呟く。
「鶏は、卵が先だよな〜」
何の気なしに、欠伸交じりに放たれた言葉。
その言葉に頭上から冷たい返事が跳ね返ってきた。
「いや、鶏だろう」
縁側に寝ころんでいた新八が声の方を見上げると、そこにいたのは。
「鶏がいなければ卵は生まれない」
冷静な顔で言い放つ、斉藤だった。





むっと、起き上がった新八は、呑気にえさを啄ばむ鶏を指さして強めに言った。
「鶏は卵から孵るだろうが。孵って育たなきゃ卵も産めないんだぞ」
「しかし、卵も鶏がいなければ生まれない」
あぐらをかいた新八の隣に立ち、斉藤も鶏を見下ろした。
長閑な午後のまどろみの中、巡察に出るでもない2人はじっと鶏を凝視した。
見つめられた鶏はといえば、強い眼差しと怜悧な眼差しの二つに見つめられ落ち着かなくなる。
今にも食われそうな熱気を感じたのだ。
「いや、卵が先だね」
「いんや、鶏が先だ」
2人ともお互いを見ず、鶏を見つめて言い放った。
言葉が殺気を放っているかのように感じて、鶏が2人を見上げる。
すると。
「卵だって言ってんだろうが!!」
「鶏だと言っているだろう!!」
2人が庭に降りてきて顔を突き合わせたのである。
ぎゃ〜〜っ食われる〜〜〜っっと逃げる鶏を無視して、2人は目線で火花を散らせた。





「大体だな、物ごとには順序ってもんがあるんだよ、卵が育って雛、雛が育って鶏!ってなぁ!!」
「それを言うなら、まず生命が誕生する営みが元祖だろう!鶏が、卵を産むんだからな!!」
こちらがこう言えば、あちらがああ言う。
2人の意見は微妙な線で真っ向からぶつかり合った。
顔と顔がぶつかるくらいに寄せ合い、2人の言い合いは続く。
「営みをするに至までに成長が必要だろうが!土方さんだって、生まれた瞬間から女を口説いてたわけじゃないんだぜ!?」
「いや、副長なら産声で助産婦を口説いてたかもしれんぞ!?」
無茶苦茶な理屈を斉藤が述べる。
「大体だな、卵が生まれるには親が必要だろう!あの鬼副長にだって人間の親がいるんだから!!」
「いや、俺は土方さんは川を流れてきたのを拾ってきたってお姉さんから聞いた!!」
更に無茶苦茶な理屈を述べる新八。
2人はギギギギギギ…と唇を噛むと、今度はお互いの胸ぐらを掴み合うに至った。
「土方さんだってなぁ、あの足りない脳みそで言葉を覚えるのに必死な時期があったんだよ!」
「副長は鬼だが、一応人間としての体を持ってるんだから、人から生まれてきてるんだよ!」
庭に散らばっていた数羽の鶏達は、2人の剣幕に脅え庭木の影に隠れてしまった。




「お前!土方さんがそんな器用だと思ってるのか!?」
「器用だろう!あれだけ節操なしに女を引っかけているんだから!」
新八が斉藤のおでこに自分のおでこをぶつけると。
「あんたこそ、副長が桃から生まれたとでも思ってるのか!?」
「あり得ない話じゃねぇだろう!桃尻なのは確かなんだから!」
斉藤も新八のおでこに自分のおでこをぶつけた。
ぎぃ〜〜っっと睨みあう2人。
睨みあい掴みあいおでこをぶつけあった、その次には…




「土方さんはあれで、昔は結構女に振られたりもしたんだよ!!」
「副長だってあれで、一応はまっとうな人間のつもりなんだ!!」
双方かなりとんでもない発言を繰り返しながら、とうとう。
お互いの拳をお互いに放つところまで至っていた。




ちなみに。
相当の大声である。
幹部同士の怒鳴り合いとなると、気の小さな平隊士などは怖くて近づけないのだが。
そこへのっそりと歩み寄る影があった。
それは。
「あの、お二人とも…もうちょっとお声を小さくしたほうが…」
島田である。
土方が、副長が、という単語に惹かれて来てみれば、新八と斉藤がとんでもない言い合いをしているではないか。およそ内容を聞くかぎりはまともな喧嘩ではない。
しかし、制止に入った島田に対して、2人は怒鳴ったのである。
「五月蝿ぇ!土方さんは遅咲きの女たらしなんだよ!!」
「五月蝿い!副長は最近やっと人間なんだよ!!」
2人とも、言っている意味は理解しているのだろうか。
島田は止めようと伸ばしかけた腕を止め、思わず固まってしまった。
「いや、あの、遅咲きの女たらしって…やっと人間って…あのぉ…」
2人の言い放った土方像を統一すると、何だかとっても切ない土方になってしまうと思う島田。
そんな微妙な思考にはまる島田は無視して、新八と斉藤は更に拳をぶつけ合う。
2人の戦いは、次第に姿勢を崩し、相手を押し倒すところまできてしまった。




ドン!っと中庭から廊下へと新八を投げ飛ばす斉藤。
細身の割に、意外な剛力ぶりである。
「けっ!そこまで言うなら、土方さんが人間だっていう証明でも持って来いよ!」
打ち付けた頭を擦りながら、のし掛かろうとする斉藤を蹴飛ばす新八。
吹き飛ばされながらも、島田にぶつかった反動を利用してこらえる斉藤。
「そっちだって、副長を生んだ桃でも持ってきたらどうなんだ!」
怒鳴りながら、斉藤が新八に乗り掛かるようにして殴りかかった。
それを器用に交わし、体勢を入れ替えるべく斉藤を引きずり倒す新八。
2人の体のぶつかり合いを見ながら、島田は思っていた。




「…こんな大声でそんな言い合いしていたら、副長が怒ってやってくるに決まってる!!」
そう思うや彼の行動は早かった。
島田は、殴り合う2人を止めるのをやめて。
さっさとその場から逃走してしまったのである。









残された2人はといえば。
「…くそっ!!」
「…このっ!!」
次第に語りを忘れ、ただ殴り合い蹴飛ばしあいながら…廊下をごろごろと転がっていく。
そして。





「てめぇら、何してやがる!?」
土方の怒声が屯所に響き渡り。
事態は更なる拡大を見せるのだった。


(※「我輩の殿堂」参照)





その後、土方に喧嘩の理由を尋ねられた新八と斉藤だったのだが。
きっかけを忘れた揚げ句、お互いにぶつけ合った言葉が土方の事という事だけは覚えていた。
そこで、2人は目で互いの意志を確認しあい、こう答えたのである。



「忘れました」と。





しかしそれも、島田によってぽろりと土方にばれてしまうのだが。
それはまた、別のお話。












□ブラウザバックプリーズ□

2008.10.6☆来夢




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