|
それはある晴れた日の午後、突然起きた。 ガッシャ〜〜〜〜〜〜〜ン!!! 屯所中に響き渡った物音に、新選組の全員が顏をあげた。 部屋にいた隊士も、屋根裏に居た人も、軒下に隠れていた人も、稽古中の隊士も、土方の部屋でごろごろしていた総司も鉄も。 そして、部屋でごろごろされていた土方もまた、である。 一緒に部屋にいた近藤も眉をしかめる。 「一体何ごとだ?」 むっとして、障子を開けて廊下に顔を出した土方の耳に、また物音が響く。 それは断続的に続いているようであり、そこかしこから不思議そうな顏をした隊士が顏を覗かせた。 ドン!ドドドドドド!ドカ!バキ! 「何なんだ!?」 ドスドスと物音に負けず劣らずの足音を響かせながら、土方は音の方へと歩いていく。 その背後から、面白そうな顏をして総司と鉄、そして近藤までもが後に続いた。 そうして彼らが目撃したものとは。 「んのにゃろう〜〜〜っ!!」 「お前もだろう!!」 物凄い物音を立てながら、ゴロゴロゴロと転がる… 新八と斎藤だった。 「…………」 土方の目が点になる。 西本願寺の広い廊下を、端から端へと転がる様に二人がもつれ合っている。 じゃれあっているのではない。 …殴り合い。 …つねりあい。 …蹴飛ばしあい。 …取っ組み合っている。 驚きのあまり声もでないでいた土方の背後で、総司が。 「これってもしかして」 そんな総司を見上げて鉄が。 「大の大人の二人が」 更にその二人の背後から、近藤が笑った。 「何だ喧嘩してるのかぁ!」と。 だが。 その近藤の声で、土方のスイッチが入った。 「お前ら、やめねぇか〜〜〜〜〜っ!!」 新八と斎藤の取っ組み合いの騒ぎに、何ごとかと顏を覗かせていた人々が慌てて顏を引っ込める。 鬼の一喝に驚いて、触らぬ騒動に祟り無し…という判断をしたのだろう。 それは賢明だと、土方も思う。 「やめろお前ら!局中法度を忘れたか!?」 「局中法度って?」 「何かありましたっけ?」 怒鳴った土方の背後で、総司と鉄が首を傾げた。 二人を忌々しげに振り返り、土方は低い声で唸る。 「私の闘争を禁ずる!だ!!」 「あ〜あったかも、そんなの」 「ありましたっけぇ?」 ポンと手を打った鉄に対してまだ首を傾げる総司に、土方は低い溜息を吐いてからまた視線を騒いでいる二人に戻した。 「お前ら!本当にいい加減にしないと…」 土方が怒鳴りながら彼らの方へと足を踏みだそうとした、その時。 横を風の如く通りすぎる影が二つ。 「止めます〜〜!!」 「おい、もうやめろ、二人とも!!」 ドタバタと走り抜けたのは、左之と平助の二人だった。 流石の騒ぎに見ていられず、未だ殴り合っている新八と斎藤を止めに入ろうと決めたらしい。 ゴロゴロと転がっている二人に飛び付く二人を見て、土方はやれやれときびすを返した。 もう大丈夫だろう。 そう思ったのだが。 「…土方さん、いずこへ?」 「くだらねぇ。もう済むだろうから、部屋に戻る!」 「え〜でも」 騒ぎに背を向けた土方に対して、総司は笑いながら言った。 「何だか、原田さんと藤堂さんも参戦して四つ巴になってますよ?」 「何!?」 ぎょっと土方が振り返ると。 確かにそこでは、二人だったゴロゴロが四人になってゴロゴロしていたのである。 ミイラ取りがミイラになった。 「何だよお前は!?」 「この野郎〜俺の足を蹴ったな!?」 「そんな所に足を伸ばしてるのが悪い!!」 「俺の髪を引っ張るな!!」 ゴロゴロともつれ合いながら転がっていく4人を追いかけて、土方は走った。 総司と鉄と近藤も面白がってついてくる。 「おい、本当にやめろって…」 土方がそう手を伸ばしかけた瞬間、4人が障子を突き破る。 グワッシャ〜〜ン!!!と物凄い破壊音を伴って転がっていった4人に、一瞬目をつぶった土方達。 彼らの耳に、次の瞬間響いたのは。 「お前ら!儂の漬物を潰したな〜〜っ!!」 「ええ!?」 日頃温厚な井上が、4人に潰された糠床を抱えて怒鳴る声だった。 まさか、という土方の思いも虚しく、井上も4人に殴りかかってとうとう5つ巴に発展。 平隊士部屋を潰しながら転がっていく5人に、土方はもう掛ける声も無い。 だが、放っておく事も出来ない。 何故ならば。 「組長達が…喧嘩?」 「おいそれって、私の闘争を禁ずるって法度に違反しないか?」 「ええ? 全員切腹とか?」 こそこそひそひそと、避難していた平隊士達の声が耳に届いたのである。 更に。 「ほほう…これはこれは」 ニヤリと笑って事態を見守る伊東まで現れては。 土方も手段を講ずる他無かった。 そこで。 「総司、鉄!お前ら止めて来い!!」 「えええ!?」 土方の命令に、抱きあって驚く二人。 わざとらしい仕草をねめ付けて、土方はもう一度低く命令した。 「逝ってこい」 「字が間違ってますよ、土方さ〜ん!!」 「うわ〜っ鉄、死んできま〜〜っす!!」 土方の迫力に負けて、5人の輪に飛び込んでいく二人。 土方とてそれで喧嘩が終るとは思っていない。 しかし、これはやけっぱちの手段だった。 「喧嘩、ですかねぇ?」 扇子を口に当てて微笑む伊東に対して、土方は爽やかに笑った。 「いえ、合戦の練習です!!」 「合戦?」 伊東と一緒に近藤の眉もしかめられる。 目の前で展開されている粗野で下品な殴り合いと罵りあいのどこが、どこらへんが合戦というのか。 二人が当たり前の疑問を胸に抱いたところで、土方は明るく語った。 「刀も鉄砲も無くなった戦場で、最後にものを言うのは体です!! いわば柔術!しかし戦場では一対一の対決なんぞなかなか出来るものではない!そこで、かように障害物の多い室内での肉弾戦の練習をしているのです!!!」 無茶苦茶だ。 聞いている誰もがそう思ったのだが。 土方はごり押した。 それはつまり。 「私も、加わります!!」 見ていて下さいませ! そう日頃なら決して見せない美しい笑顔を伊東に見せ、土方は腕まくりをした。 そして、総司と鉄を巻き込んでゴロゴロ転がっている男達を睨み。 見ていた人間は震えが来るくらい恐ろしい視線で睨み。 土方は叫んだ。 「お前ら、気合いが足り〜〜〜〜〜んっ!!」 「ぬわっ!?」 「わぁっ土方さんまで!?」 「もうどうなってるんだよっ!!?」 「いでぇっ引っ張るなっつってんだろ!?」 飛び込んだ土方のせいで、7つ巴が8つ巴に脹らんでしまった。 呆気にとられる近藤と伊東、そして平隊士達の前で。 「大体にしてお前らのせいで!!」 「髪の毛が抜けるだろうが〜〜っ!!」 「お前の足は臭いんだよ!」 「着物が破れたんだから、弁償してよねっ!?」 「わ〜〜〜っっ僕のお尻を誰かがつねったぁあ〜〜っ!!」 「うわっ口の中が切れた!!!」 「爪を切れよな、お前ら〜〜っ!!」 わぁぎゃあと繰り返していた男達は。 「終了だ〜〜〜〜っっ!!」 新八が土方に投げられ。 斎藤も土方に蹴飛ばされ。 総司と鉄も一緒に放りだされ。 左之が吹き飛び。 平助が転がり。 井上もはじきだされた。 そして、最後に立っていたのは。 「これで、終了だ!!!」 土方だけだった。 はい解散解散と追い立てられて。 平隊士達がぞろぞろと消えていく中。 新八や斎藤という喧嘩の発端となった二人は勿論のこと、他の面々も一緒に壊した部屋の後片づけをさせられていた。 最後の土方のあまりの迫力に、それまで白熱して戦っていた男達も気が萎んだらしく。 大人しく片付けを協力して行っている。 そんな彼らを監督しながら、土方は新八と斎藤に声をかけた。 「大体にしてだ、喧嘩の理由は何だったんだよ?」 一人片付けには加わらず、のんびりと壁に寄りかかっていた土方の問いに、新八と斎藤が目を見合わせた。 他の面々も理由を知らないらしく、興味津々と顏を輝かせた。 すると。 「………………何だっけ?」 「………………何だったか?」 新八と斎藤、二人が同時に首を傾げたのである。 え〜〜っと目を丸くする男達の中で、土方はぴきっと顔を引きつらせ。 「何だと?」 ぎこちない笑顔で、再度二人に尋ねた。 だが。 「…………何だっけなぁ?」 「…………思い出せん…」 むぅ…と腕を組み顏を捻る二人に対して、土方が。 「お前ら…」 切れた。 「理由も思い出せねぇような事で、大騒ぎ起すんじゃねぇ〜〜〜っ!!」 「ぎゃあああぁああ〜〜〜〜っ!!」 再び爆発した土方に追い立てられて、新八と斎藤が部屋を駆け回る。 それに巻き込まれ、やっぱり一緒に大騒ぎする羽目になった5人。 そんな騒ぎを外で聞きながら、近藤は思った。 「…良いなぁ…俺も加わりたいなぁ…」 と。 若者たちは日々命がけの仕事をこなしながら。 屯所でも命の綱渡りをしているのであった。 後日。 伊東から呼ばれた土方が彼の元を訪れると。 そこには丁寧に1組の布団が敷かれていた。 「…………あの?」 「どうだろう、ここで僕と一緒に合戦の練習なぞ!」 呆れて壁に頭を打ちつける土方の脇で、頬を赤く染めた伊東が笑った。 その後。 「ぎゃああああ〜〜〜〜っ!!」 という伊東の悲鳴が一度響いたのだが。 それからピタリとも物音を立てなくなった伊東を心配して。 こっそりと総司と鉄が彼の部屋を覗き込むと。 布団に静かに横たわり…顏に白い布を乗せられた伊東が眠っていたという。 「うわぁ、永眠?」 総司と鉄は、伊東をそのままにこっそりその場を後にするのだった。 |
|
|
|
実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。