天は人の上に人を作らず…?

罪と罰

時は幕末の京都。
世の喧騒の中に躍り出た新選組という狼達は、時流に乗って今や幕府最強の集団となっていった。
一時は貧窮に身をやつした彼らも、今や会津藩お預かりの身となり遊女町でも名をはせるようになったのである。英雄色を好む…とは言うが。





その夜、土方は一人自室で文机に向かい黙りこくっていた。
ぱっと見では一句ひねろうとしている風にも見える…が、実はそうでは無い事が、何も置かれていない机の状態で判る。
ちょうど用があって人目を忍んでそこを尋ねた島田は、室内の異常なまでの緊張した空気に思わずたじろいだ。彼は監察という職務上、どうしてもこうした時間に尋ねる事が多くなるのだが…彼はふと、局長室の方を伺った。
灯は付いておらず人の気配も無い。
島田は納得した。
土方の眉間に刻まれた深いしわ。
それは…
「局長が今日もまた遊女の所なのか…」
近藤の色好みは…多かった。





島田はしかし職務の為に、意を決して土方に声をかけた。
「副長、失礼しま…」
「局長がお帰りです」
島田の声に門番の声が上がる。
おや、今日は泊まりじゃなかったらしい、と島田の視線がそちらにそれた瞬間、突然土方の部屋の障子が開いた。
そこに仁王立ちになった土方に、島田が思わずのけ反る。
「ふ、副…」
「何だ!」
ギロリっと土方が島田をにらみつける。
『こ、怖い…』
大柄な島田が萎縮する程の迫力の土方は、そこに立ち尽くしたまま玄関から近づいてくる気配を待った。
暫くしてそこに、どすどすという足音と共に現れたのは…
「おお、歳!起きていたのか?」
「お早い帰りだな、勇さん…」
「いやいや、ちょっと今日は忘れ物をしてしまってな。すぐ戻らにゃならん」
がっはっはっはっと笑う近藤局長その人の発言に、土方の眉間に血管が浮く。
それを見ていた島田は思わず泣きそうになってしまった。
「ちょっと来てくれ!!」
「わわ?」
「あ、副長…?」
「障子締めろ、島田!」
いきなり土方は近藤を自室に引っ張り込むと、島田に命じて障子を閉じさせた。
流れ上島田も室内に入ってしまう。
土方は「そこに座ってくれ!!」と近藤を座らせると、自分は立ったまま叫んだ。
「勇さん!あんた…遊女と俺達と、どっちが大事なんだっ!!」と。




「夜のお供は女だろう」
近藤の淡々とした返事に、土方がそのまま崩れ落ちる。
「そうじゃねぇよ!夜の話じゃなくてっ!!」
「何だ歳〜、お前も一緒に行くか?」
「副長の俺まで留守できるかっ!!」
顏を真っ赤にして怒鳴る土方に、近藤は何かを思いついた顔をする。
「ああ!そうだな、じゃあ今度は俺が隊を見るから、お前もたまには女の所へ行くと良い」
島田はそれを聴きながら、副長が言いたい事はそうじゃなくて〜と近藤を伺うが、にこにこにこ…と近藤は邪気無く笑う。
「俺は女の話をしてるんじゃないっ!!」
「ええ!?」
土方の叫びは近藤には意外だったらしい。
「お、お前、女がどうでも良いなんて…どうかしちまったんじゃないか?」
「そうじゃなくて〜〜っ!! 俺が言いたいのはっ!!」
「うん?」
今度はオロオロし始めた近藤に、土方が本当に歯がゆそうに地団駄を踏んだ。
何だか見ていて可哀相になってくる…と島田は目頭を押さえた。
が、彼のその動きもすぐに止まる事になる。




土方は何か覚悟を決めたような顔つきで近藤を見下ろすと、いきなり言い放った。
「子供が出来た!!」
「……………」
「…………!?」
その発言に近藤と島田が固まる。
子供!?
土方に子供!?
いつの間に誰とっ!?と島田が叫ぶより早く、近藤が叫んだ。
「お前が孕んだのかっ!?」
ぶ〜〜〜っっと島田が吹っ飛ぶ。
「〜〜〜っ!!」
近藤の素っ頓狂な質問に唇を噛む土方に、近藤がさらに尋ねる。
「相手は誰だ!歳っ!?総司か!? 新八か!? 左之かっ!?」
だが、近藤の必死な顏に土方も何を思ったのか、ちょっとだけ思案するとちらっと島田を見た。
その土方の視線と目が合った島田は何だか奇妙な予感に包まれる。
そして土方の発言で彼の予感は的中した。
「島田の子だ!!」
「何〜〜〜〜っ!?」
「えええええ〜〜〜っ!?」
ふんっと胸を張って顎を上げて宣言する土方を、2人はまるでマリア様を拝むかのように見上げた。
近藤は「島田だと〜〜〜っ!?」と叫び、島田は「いつの間に〜〜っ!?」と身に覚えの無い事にどぎまぎしている。
「俺は島田の子供を身ごもった!!」
近藤に念押しするかのように言う土方の言葉に、当の島田本人が真っ白になりかけていた。
対して近藤は未だに「島田と?島田となのか?」と繰り返している。
土方はさも子供がいるかのように己の腹をさすると、近藤をちらりと見た。
「さぁ、どうでる?」とでも言いたげな顏だ。
そんな土方に対して、近藤は暫く畳に手を付いてブツブツと何か呟いている。
だがそれも突然止めると、彼は立ち上がって言った。
「判ったぞ、歳!!」
「近藤さん? 俺の言いたい意味が…」
はっとした顏になる土方。
それをうんうんと頷きながら見つめる近藤。
2人の足下では島田が死にかかっている。
近藤はにっこりと笑うと島田を一瞥してからこう言った。
「隊の事は俺に任せて、元気な子を産め!」と。
瞬間的に土方の顔が真っ赤に変わった。





「産めるか〜〜〜〜〜っ!!」
思いっきり近藤を殴り飛ばした土方は、叫びながら刀の鍔に手をかける。
それを見た島田は慌てて土方の腰にすがりついて止めた。
「ふ、副長、落ち着いてっ!!」
ふーふーっっと息の荒い土方の向こうで、殴り飛ばされた近藤が起き上がる。
「そうだぞ歳。神経質になっちゃいかん。初産の時は誰もが不安なんだから…」
「まだ言うか〜〜〜〜っ!!」
「副長、落ち着いて、落ち着いて〜〜っ!!」
「そうだ落ち着け歳!腹の子が流れたらどうするんだっ!!」
「うが〜〜〜〜っ!!」
逃げる近藤を追い掛け回す土方を必死に止める島田は、ふと、近藤は本気なのか?と悲しくなってきた。
どう考えても男の土方に子供が産めるはずが無いのである。
だが今はそれよりも真っ赤な顏で近藤を追いつめる土方を止める方が先である。
「あんたはいっつもいっつも芸妓芸妓芸妓って〜〜〜っ!!」
「うわ〜〜〜っ落ち着け歳っ!!」
「これが落ち着けるか〜〜〜っ!! 今日はあっちだ、明日はそっちだ、昨日はどこだったっ!! あんた、いつから渡り鳥になったんだ〜〜〜っ!!」
「恋の渡り鳥か!流石に歳は良いことを言うなぁ」
いきなりポンっと手を打つ近藤に、ひらりと土方の刀が煌めく。
「わ〜〜〜〜っ!! 副長、真剣はまずいです、拳でお願いしますよ〜〜っ!!」
「うるせぇ島田!その手を放しやがれっ!!」
土方は止めようと腰に抱きつく島田を振り払おうとする。
「何っ!? 島田、お前無理矢理歳を…っ!?」
「わ、わ、私が無理矢理何をするっていうんですか〜〜〜っ!?」
「おのれ島田っ!! 歳を傷つけるヤツは俺が許さんぞ〜〜〜っ!!」
いきなり怒って向かってくる近藤を見て、ああ、もう無茶苦茶だ…と島田は泣きたくなった。





が、突然もみ合う近藤と島田の間で土方が崩れ落ちた。
それがあまりにも突然だったので、2人は一瞬呆気に取られてしまう。
「と、歳…?」
「副長…?」
声をかけると、その細い肩が震えていた。
「子供って言うのは…隊士達の事さ」
少し小さな土方の声。
その内容に近藤も島田もはっとした。
「隊務は厳しくなる。隊士は増えていく。もう、新選組は内外どちらを見ても上京してきた頃とは違っているんだ。なのに…あんたときたら…」
うっうっうっと土方の声が震える。
「歳…」
その声に影響されてか、近藤も少し肩を落とす。
「俺に任せてくれているのは嬉しいさ。でも、近藤さん…俺達、仲間だろう? 」
「歳」
「そのあんたの視線がここの所、女の方ばかりを向いているようで…」
島田はああ…と思った。
寂しかったのか、この人は…と。
確かにこの鬼副長が素顔を見せられる相手は、もうこの近藤しかいないのかもしれない。
だから…
「副長…」
島田も思わずもらい泣きする。
何てカワイイ所がある人なんだ…と、島田が感動しかけたその瞬間。







「な〜んだ!お前が身重になったわけじゃなかったんだな!」
「…は?」
突然能天気に響く近藤の明るい声。
思わず土方も顏を上げ、島田もそちらを見た。
「大丈夫!うちの歳ならしっかりしているから安心さ!」
「…は?」
「い、勇さん…?」
にこにこと笑う近藤に、段々と絶望感がましていく2人。
「だって、『亭主元気で留守が良い』って言うだろう? 歳ほどの母親はそういないしな〜〜っっはっはっは!!」
ピキっと何か音がした。
島田が恐る恐る土方を見ると、彼は石になったかのように固まっている。
「じゃあ、俺はまた出かけるけど、朝には戻るからな〜〜〜っ!!」
そんな土方の様子に気付いてかいないでか、近藤はにこにこと笑いながら手を振って部屋を後にしたのであった。
「………ふ、副チョ…」
「ふふふふふ…」
笑ってる!!
島田はぞぉおおっっと恐ろしくなって固まる。
見れば土方は音もなく立ち上がって笑っているのである!!
あまりの恐怖に声も出ない島田の前で土方は笑いながらこう叫んだ。
「そんなに芸妓が良いなら…」
「………?」
ドキドキしながら島田が土方を見る。
「……こうなりゃ俺も……」
『俺も!?』島田は眉をしかめた。
「俺も芸妓になってやる〜〜〜〜〜っ!!」
そっちか〜〜〜〜っ!!
絶叫する土方の横で声も無く固まる島田。
すでに錯乱状態の土方は荷物をまとめて「島原に行ってやるっ!!」と叫んでいる。
もう、島田には止める気力も残っていなかった。
…が、それも戻ってきた近藤に「歳もなんだかんだ言って、好きなんだなぁ」と笑われる事になる運命なのだが。








島田は思う。
-おいたわしや、副長…。
朝日が昇るのをぼ〜っと眺める島田の背後で、一連の騒ぎを聴いていた総司や新八が笑っていた事を彼は知らなかった。
後日、屯所をかけめぐったゴシップは…想像にお任せする。














□ブラウザバックプリーズ□

2008.9.7☆来夢

天上天下唯我独歳?




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