重力って偉大。

天の光

土方は上を見上げて生きてきた。
俯くことで前進はないと思い、ここまでの人生を選びだしてきた。
しかし…
しかしと土方は今思う。
今この瞬間ほど、上を見上げるのが辛い時は無いと。
近藤を失い辿り着いた函館の地で、これほど上を見上げるのが辛い目にあおうとは。
…土方は今、洞窟の底に落ちていた。





はぁ…と溜息をついて土方は上を見上げるのを止めた。
暗闇の中唯一覗く希望の脱出口は、土方の遥か頭上に光の穴として彼らを見下ろしていた。
「だっから〜っ」
土方の背後でまだ幼い鉄の声が響く。
「島田さんが野村さんをおんぶして、野村さんが副長を、副長が相馬さんを、相馬さんが僕をおんぶすれば上まで手が伸びるかもしれないじゃないですか!」
「そんな組体操がここで出来るか〜〜っ!!」
島田の怒声と同時に、がつーんっと鉄の頭上に鉄拳の落ちる音がする。
土方は振り返ることもしなかったが、その袖をすぐに鉄が引っ張る。
「副長っ!島田さんが殴った〜〜〜っ!!」
びえ〜〜んっと泣く鉄に、土方は最初よしよしと頭を撫でてやってから…その可愛い頬をぎゅ〜〜っと両側から引っ張った。
「にゃっ!? にゃにふぉするんふぇすかっ!?」
「誰のせいでこんな所にいると思ってる〜〜〜っ!!」
「は〜〜れ〜〜〜〜??」
鉄はとぼけたが、土方の眉間にしわが寄るのも当然だった。
鉄が土方をはめようとしてふざけて掘った落とし穴が、この地下の洞窟に繋がってしまったのだから。




事の始まりは簡単だった。
雪原の中から「副長〜〜っ!! こちらに変なものがあります」と鉄が大手を振って土方を呼ぶ。
「変なのはお前の頭だ」
土方が呟きながら仕方なく近寄ると、心配した島田もついてくる。
「副長、危険ですよ」
「何、敵はまだここまで来なかろう」
「そうじゃなくて、鉄が」危険なんです。
島田が言葉半ばに確信して言うのに、土方は思わず苦笑してしまった。
「あれ副長、何処行くんですか?」
「う〜〜っ寒っっ」
「野村に相馬か」
土方の後を追って野村とそれにひっつく相馬が走り寄ってくる。
その大人数に鉄が顏をしかめた。
「副長は一人じゃ移動出来ませんか?」
「いきなり呼びつけておいて偉そうな口だな、おい」
土方は鉄との間1m程を空けて立ち止まった。
「あれ、もっと寄ってくれないと」
「もっと寄れってお前…」
土方と島田は鉄との間を見た。
そこは明らかに、不自然に雪が山ほども積もっていた。辺りの雪原とは違いすぎる。
「ほらもっとこっちこっち!」
「阿呆か!お前がこっち来い!しかも変な物ってなどこだ!?」
「わぁっ!?」
おいでおいでをする鉄の腕を島田が引っ張ると、鉄の足が一歩こちらに踏み込んだ。
その瞬間。
ずぼっと鉄の足が雪に埋まった。
「あ!?」
「ああっ!!!」
「え?何々??」
やばい!という顔をする鉄、驚く土方と島田、そして驚く二人の背中を押した野村と相馬…。
一箇所に一気に体重が集中した結果…




ドドドドドド…という凄い音と衝撃があったのは覚えている。
が、土方が気付いた時、彼は島田を下敷きにして倒れていた。
その土方の上に相馬。相馬の上に野村が倒れ、その野村の背中に鉄が立っていた。
「あ〜〜っ!! 穴の下にこんな洞窟がっ!?」
「て、て〜〜つ〜〜〜!! またお前が何かしたのか〜〜っ!?」
そう叫ぶ土方の視界に飛び込んできたものは、岩肌がむき出しになった…洞窟だった。








そして頭上に輝く一点が、鉄の掘った穴だという。
さてどうやってここから脱出したものか。
「まぁ、副長の姿が見えないと判れば仲間が探しに来ますよ」
そう言って呑気に笑うのは野村。
「そうだな…」
だが…土方は息を吐いた。
その吐かれた息が白い色に変わる。
ここは寒い。
まだ穴から届く光を見るかぎり、外は昼の世界だ。
だが、もし夜が訪れたら気温がどこまで下がるのか想像がつかない。
「さ、さぶ〜〜っ」
「こっちゃ来い相馬」
寒さに震える相馬と野村はひっついて暖を取っている。
それが一番の策だろう。
「副長…お寒くないですか?」
「そうだな…少し冷えるが。君こそ大丈夫なのか?」
島田は大きな体をえばるようにニカっと笑った。思わずその笑顔に土方にも笑みがこぼれる。
この男はいつだって頼もしいが、いつだってどこか子供の様だ…と土方は島田を思う。
一方で島田は意を決して土方にある提案を持ちかけようとしていた。それは…
「ふ、副長…ひっついていた方が暖かいですよ、こ、こ、こちらへどうぞぞ」
「ん? ああ」
土方はくすっと笑った。
『が〜〜〜っっ!! 決めようと思ったのに噛み噛みになってしまった〜〜っ!!』
島田が内心で叫ぶ中、土方は意外に素直に島田の方へ歩み寄る。そして冷えた身体を島田の体にピトリと寄せたのである。
「………っぶっ!!!」
一気に島田の顔が赤くなる。
「だ、大丈夫か?」
「大丈夫です!!」
土方が心配して訊くのには理由があった。彼は島田がどもっていたのは、寒すぎるからだと思っていたのだ。島田にしてみれば幸いな誤解だが、今度は赤くなった顔がちょっと怪しい。
だがこんな機会は二度と無いかもしれない。
島田は土方の身体に手をのばして、ぎゅっとその身体を引き寄せた。
「ふ、副長…」
胸に柔らかい体が触れるのに感激した島田は、ただうっとりとその名を呟いた。
その瞬間。
「は〜〜っ暖かい」
「…へ?」
島田がはっと腕の中を見ると、土方と自分の間に…鉄の笑顔が。
「もう寒くって寒くって。やっぱり寒い時にはおしくらまんじゅうですよね!!」
ピキーン…と固まる島田をよそに、笑顔の鉄が小悪魔な声を響かせたのであった。




時間が無為に過ぎていく。
段々と冷えていく身体。段々と弱くなる光。
さすがの鉄も大人しく、島田と土方の間に小さくなっている。
野村も相馬も、いつの間にか島田の隣にひっついていた。
「何だか…おかしなもんですね」ふふ…と相馬が笑った。
「何がよ?」
ずずっと鼻の頭を赤くしながら野村が尋ねると、相馬が上品な顔をニコニコと緩ませた。
「ここまで戦い続けて来て、こんなに静かな時間は久しぶりだと言うのに…今はその静けさが怖い」
「あ〜そういえば…そうだな。いっそ怒声の飛び交う戦場の方が安心出来るというものだな」
島田の笑う声に合わせて、白い息が飛び交う。
土方の頬も思わず緩んだその時。
鉄が「あ」と小さな声を出した。



突然の事に全員が一瞬声を失ったが、それは確かに上空から響いた。
「おお〜〜い!土方くぅ〜〜ん?」
「大鳥だ」
土方は思わずガバリっと立ち上がった。
「ここだーーーっ!!!」
「ああ、やっぱり!大丈夫かい? 今から縄を垂らすから、上っておいで〜〜〜っ!!」
その大鳥の声がまさに天の声の如く、一同に安堵の笑みが広がっていく。
土方は今日ほど大鳥に好意を抱いた事は無かった。
「たまには役に立つ…」
「うわぁ、酷い事を言いますね。そんなだから、こんな目にあうんですよ?」
思わず呟いた土方の言葉に鉄が反応する。
その鉄の頬を再び土方はぎゅ〜〜〜っっとつねった。
「本当に可愛いな、お前ってヤツは〜〜〜っ!!」
「ぼうふぉくひゃんたい〜〜〜〜〜〜っ!!」
びえ〜〜っと喚く鉄と土方の間に、上空からするすると太い縄が降りてきた。
見上げると確かに穴から大鳥の顔がのぞいている。
土方はとりあえず鉄を解放すると、いつもの調子を取り戻して声を上げた。
「よし!じゃあ相馬から脱出しろ!!」と。





「僕じゃないんですか〜〜〜っ!? 僕が一番子供なのにぃ〜〜〜っ!?」
「誰のせいでここにいると思ってる?ああ? 誰のせいで!?」
土方は三度目のほほつねりの刑を鉄に与えてから、相馬から順々に縄で上に上らせていった。
相馬、野村は軽々と縄を使って脱出に成功する。
そして残るは土方・島田・鉄。
土方は迷わず言った。
「次!島田!!」
「自分は副長の後で良いです!」
「だから次こそ僕ですよ〜〜〜っ!!」
律義に言う島田は喚く鉄をヘッドロックすると、土方に縄を差し出した。
「し、島田さ、さんっ!頭頭、僕の可愛いあ・た・ま…が、痛い痛い痛いよ〜〜〜っ!!」
鉄は泣くが島田はそれを無視して、土方に強い視線を送った。
土方もとりあえず鉄は無視して、島田と視線を交す。
「…判った。なら、先に行くぞ」
土方は島田の好意を受け取り、縄を手にしてするすると上り始めた。




そこで漸く島田から解放された鉄は、痛む頭を抱えながら縄を上ってゆく土方を睨んだ。
「…ず、ずるい!」
「鉄、お前まだ…」
「僕の望みは副長を落とし穴に落とす事だったのに〜〜っ!!」
「お前なぁっ!!」
鉄は島田の方が頭を抱えるような叫びを上げて、いきなり土方の足に飛び付いた。
「うわっ!?」
ぎょっとする土方と島田を無視して、鉄は何をするかと思ったら…がちゃがちゃと土方の洋装のベルトをいじっているではないか。途中で土方の顔が「あっ」と青ざめる。
そして次の瞬間に、土方は思わず叫び声を上げた。
「て、鉄〜〜〜〜っ!!」
「へっへっへっへ〜〜〜〜んっだ!!」
「わっ!?」
島田は何かを手にして飛び降りた鉄を見てから、土方を見上げて声を上げた。一瞬でその顏が赤くなる。
なんと土方はズボンをずり下ろされ、下半身が下帯一枚の姿になっていたのだ!




鉄は抜き取ったベルトを手に、きゃっきゃっと笑っている。
「鉄てめぇ〜〜〜〜っ!!」
怒鳴って下を見下ろす土方に、何が起こっているのか判らない地上から声がかかる。
「ひ、土方君急げっ!縄が持たないっ!!!」
それは大鳥の必死の声だったのだが、下帯一枚の姿を晒して顏が真っ赤に変わった土方には届かなかった。
「ぶっ飛ばすっ!!」
それで決まりだった。
土方はいきなり縄を放して洞窟に飛び降りると、慌ててズボンを引き上げる。
だが、その勢いで縄は途中で切れてしまった。
地上の方では「まずい!もう日が暮れてしまうのにっ」と大騒ぎになったが、洞窟は洞窟で大騒ぎだ。
「鉄この野郎!ベルトを返しやがれっ!!」
「嫌ですよ〜〜〜ん!!」
ズボンをずり落ちないように掴みながら鉄を追う土方に、ベルトを手にして跳ね回る鉄。そしてそれをおろおろと見守る島田。
「僕だって怒る時は怒るんですからね〜〜っっ!!」
鉄はそう叫ぶや否や、洞窟の奥の方に向かって走り出して行く。
「待ちやがれ〜〜っ!!」
そして土方もそれを追って走り出す。
島田は慌てた。
「ふ、副長、迷子になったらまずいですよ!戻れなくなっちゃいますよっ!! 副長〜〜〜〜〜っ!!」
…結局島田も二人の後を追っていってしまった。







そんな声だけが届いた地上で、大鳥が困った顏を野村に向ける。
すると野村は別段気にする風も無く呟いた。
「大丈夫大丈夫。あの人達は殺しても死にゃしませんから」と。
「そうなの?」
「ああ。だってお前、副長が大人しく死ぬと思うか?」
野村は不思議そうな顏を向ける相馬に語った。
相馬も考えてから首を振る。
「だろう? 何、大丈夫さ。2.3日したらどっかの穴から顏出しますよ」
かっかっかっか!と笑う野村につられて相馬も笑う。
その笑い声を聞きながら、大鳥は思った。
「土方君ってもぐら?」と。




それから実に一週間に渡って土方・島田・鉄の三人は行方知れずになった。
が、ある日ふらっと島田だけが戻ってきた。
驚いた大鳥達が「二人は!?」と訊くと、島田が答えたのは…





「大陸へ…」






事の真偽は五稜郭の雪の中。
土方と鉄の行方は霧の中。
北の大地は謎の中。





島田の目には、白い満月が土方の白い尻に見えたという…。













□ブラウザバックプリーズ□

2008.9.7☆来夢

蜘蛛の糸は切れやすい(確信)




実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。