進化する過去

だからお願い

函館の冬は寒い。
それは江戸や京の比ではなかった。
何が一番違うのかといえば、やはりこの果てもなく降り続く白い結晶だろう。





土方は前日までの雪雲が晴れ、青空に煌めく白い絨毯を眺めていた。
それは宝石をまぶしたかのようなまばゆさで、土方でさえも「ほう…」と一つ吐息を吐いた。
だからかもしれない。
一歩、庭へと足を踏みだしてみようかと思ったのは。
「ああ、綺麗だな」
ザクザクと踏み進み、そして土方は一掴み雪を手に乗せてみた。
それはまるで、白い宝石だった。
そんな土方の耳に、慣れ親しんだ部下の呼ぶ声が聞こえる。
「あ、副長こちらでしたか」
「おう、島田」
珍しく上機嫌で、部下の声に土方は振り返った。
その時。



ザザザザザーーーーーーーーーーーー





「ふ、副長!?」
島田が驚いて叫んだ。
庭に出ていた土方と目があった瞬間に、彼の上に大量の雪が落下してきたのである。
「副長、ご無事ですか!?」
慌てて駆け寄ると、天然のカマクラの中から土方がブハッと顏を出した。
そしてその横から、もう一つ顏が出てくる。
その顏に、土方は苦虫を噛み潰した表情をして見せた。
「…大鳥殿………」
怒りで声が震える土方に、輝く雪の中から顏を覗かせた大鳥は笑った。
「いや〜!あんまり雪が沢山積もったんで、嬉しくって屋根の上で遊んでたら落っこちちゃったよ」
明るい大鳥に、土方の眉間のシワが深まってゆく。
あわわわ…と島田は急いで二人を引っ張り上げた。
すると、今度は姿を現した大鳥の服装に土方がげんなりする。
それはそれは光り輝く不可思議な衣装だったからだ。背中に孔雀の羽がついているのは気のせいだろうか?
クラクラとする頭を抱えた土方は目頭を押さえながら言った。
「で、お前は何の用だ?」
「あ、はい。伊庭殿が副長を呼んで欲しいと…」
「伊庭が?」
体の雪を払いながら、土方は訝しげに島田を見た。
その時。



ボスーーーーーーーーーン





「…あ」
島田が絶句する。
こちらを向いた瞬間の土方の横っ面に、いきなり雪玉が飛んできたのである。
土方の体はそのまま横っ飛びに吹っ飛ばされていた。
「あれ、土方君?」
「ふ、副長…?」
恐る恐る倒れた土方に島田が呼びかけると、土方がゆら〜と立ち上がった。
「今度は誰だ!?」
ひ〜〜〜〜っ!!
島田はその土方の形相にぎょっとなった。が、更に驚いたのは、ぶつかった雪玉がまだ土方の顔にくっついているではないか。
「ふ、ふ、副長、お顔に雪がっ!!」
「ああ!?」
島田の声に土方が顏を触る。
と、確かに雪玉が頬にくっついたまま剥がれない。
土方はそれをぎゅ〜〜っと引っ張ったが、一向にそれは外れる気配が無い。
「あっはっはっは!土方君、まるでおたふく風邪みたいだねぇ」
嬉しそうに笑う大鳥を睨む土方だったが、どうしてもその雪玉は取れない。
そこに恐ろしく呑気な声が響く。
「や〜どうだい、俺の考案した雪玉の威力はさ?」
「…伊庭、てめぇか」
ギロっと睨む土方など怖くないのか、伊庭がひょうひょうと彼らの元にやってくると、自慢気に「それ」と土方の顔の雪玉を指した。脇ではまだ土方の顔を見ながら大鳥が笑い転げている。
「実は糊で作った雪玉なんだぜ。凄いだろう?どうよ、今度の闘いに使ってみるってのは??」
そう言ってかっかっかっかと笑う伊庭に、土方は尋ねた。
「どうやって取るんだ?」
「取れないよ」
ケロっと伊庭が答える。
「何だと?」
「だって、簡単に取れるんじゃ武器にならねぇだろうがよ〜!あっはっはっは」
笑う伊庭に、土方の鉄拳が飛んだのは言うまでも無い。
が、それまで笑い続けていた大鳥が、ふっと我に返ったように土方に言った。
「土方君、それ…バランス悪いね」と。
「は?」
「そうだよな〜じゃあ、これで」
「あっ!?」
思わず大鳥に気を取られた瞬間に、土方のもう片方の頬にも伊庭が雪をくっつけてしまった。
そして次の瞬間に、島田の前に現れた土方の顔は…両頬おたふく状態だった。
「…っっぷっ」
思わず噴きだしてしまう島田の横では、大鳥と伊庭がこれでもかと大笑いをしている。
それをぷるぷると震えながら見ていた土方は、次の大鳥の一言でキレた。
「天下の土方のその顔を見たら、敵も逃げるね〜〜〜〜っ!!」
プチ。





いきなり土方は走りだした。
そしてすぐに戻ってくると、その手にはなんと銃が握られているではないか。
「副長何をなさる気ですかっ!?」
叫ぶ島田に土方は怒鳴り返した。
「ぶっ殺してやるっ!!」
両頬に雪をくっつけたままの顏で。
「副長、そのお顔で言われても緊迫感がありませんっ!!」
「なら、てめぇから殺してやる!!」
「ええええ〜〜〜〜っ!? 何で私がっ!?」
叫ぶ島田に向かって土方が引き金を引いた。
ビュンっと島田の頬を銃弾がかすめていく。
その時、島田は思った。
「この人本気だ!!」と。
しかし彼が気付いた時には、大鳥と伊庭はすでに逃げ出していた。



追いかける土方から逃れ、二人に追いつきながら島田は叫ぶ。
「副長を怒らせてしまって、どうするんですか〜〜〜〜っ!?」
するとまだ笑っている二人は、走りながら答える。
「俺の作った雪玉がまだあるからさ、それで対抗しようぜ」
「お、良いねぇ」
何だか嬉しそうだが、その三人の合間を後方から土方が放つ銃弾がかすめていく。
「何でそんな楽しそうなんですか!?」
島田の絶叫に二人の声がはもった。
「だって可愛いじゃないか」と。
「可愛いって…誰が!?」
島田の声に、二人が同時に後方を振り返ると、そこには鬼の形相におたふく頬を抱えた土方の姿が。
「待ちやがれ〜〜〜〜〜っ!!」
そんな土方の怒鳴り声に「副長…怖がられてません…」と、島田は涙した。




逃げて逃げて辿り着いた先は、大砲が置いてある部屋だった。
何でこんな所に…と思ったら、何と雪玉が大砲に込められているのだという。
「使えるんですか?」
半信半疑の島田の声に、伊庭が軽く答えた。
「使えなきゃ殺られるまでさ」
誰に…とは島田も聞かない。
「さぁさぁ、行くよ〜」
ビラビラと孔雀の羽がうざったい大鳥の声で、伊庭が大砲の準備をすると、そこに土方が追いついてきた。
「てめぇら、覚悟しろっ!」
まだ頬には雪玉がくっついている。
どうやって見ても緊迫感は無い。
確かにこの土方を見たら、敵も戦意を喪失しそうだな…と島田は思ってしまう。
「覚悟するのは土方君だよ〜っ!」
大鳥の声に、土方が大砲に気付いてぎょっとした。
が、時既に遅し。
「着火!!」
伊庭が声を上げて大砲に火を入れた。
思わず島田も土方も目を閉じる。
…が、しばらく待っても何の音も衝撃もしない。
「……あれ?」
大鳥が伊庭を見ると、伊庭が大砲の中を覗き込んで…そして呟いた。
「やべ…火で雪が溶けちゃった…」
傾けた大砲からは、だら〜と妙に粘着質な雪がこぼれる。
そしてそれを見た土方の顔に、不敵な笑みが浮かんだのである。




「悪運もここまでだな!」
「副長っ待って下さい!!」
「待たん!!」
即答。
でも島田は粘る。
「そんな、雪合戦のようなもんじゃないですか、それに銃を持ちだすだなんて…」
そう言って土方をなだめようとするが、くるっと土方の銃口が島田を捉えた。
「じゃあ、この雪玉をはがせ」
その土方の要求に、島田は伊庭を見た。
「………無理ですか?」
「無理」
大鳥も伊庭を見る。
「どうやっても無理?」
「雪が解けても糊が残るんじゃねぇか?」
う〜んと考える伊庭に、土方の怒声が飛んだ。
「そんな厄介なもんを俺につけるな〜〜〜〜〜っ!!」
もっともである。
が、伊庭もひかない。
「だって、実験したかったんだもんよ〜〜〜っ!!」
「そんなもんは自分を使え、自分を!」
「嫌だよ、そんなのつけるの」
ぷっと伊庭が土方の頬を指さして笑う。
その笑いに、土方がまたもやキレてしまった。




土方は大砲を示して叫んだ。
「お前らその中に入れっ!」
「ええっ!?」
驚く3人に、土方はもはや形相を越えた面相で微笑んだ。
「ぶっ飛ばしてやる」と。





そして三人を入れた大砲は庭へと出される。
何事かとやってきた榎本や鉄を従えて、土方は意気揚々と火を用意した。
「副長、その顏は何の冗談ですか?」
「うるせぇ」
鉄の質問を受付けない土方。
「冗談でなかったら神経を疑うお顔ですよ、それ」
「う・る・せ・ぇ」
土方はにっこりと笑って、鉄の頭を撫でた。
そのとたん、鉄の顏が青ざめる。
「………ヤバイ感じ」
珍しく動揺する鉄に気付かず、土方は晴れ渡る空に向かって叫んだ。
「点火〜!!」
「うわ〜〜〜っ副長止めて下さ〜〜〜〜いっ!!」
最後に島田の悲鳴もしたが、土方は構わずに大砲に点火した。
次の瞬間。





ボン!!
と、物凄い音を立てて大砲が撃たれた。
中に入っていた三人が、勢い良く大砲から飛びだしていく。
榎本や鉄、他にも興味本位で集まった人々が見守る中を…
まずは島田が。
「ひぇ〜〜〜〜〜〜っ!!」と叫びながら。
そして大鳥が。
「はっはっはっは〜〜〜〜っ!!」と孔雀の羽で飛んでいるかのように。
そして最後に伊庭が。
「おおっ!! まずいっ!?」と何故か慌てながら。
が、土方はそんな叫びには耳も貸さず、心地良さそうに空飛ぶ仲間を眺めている。
頬に雪玉はくっついたままだが、彼の心は晴れやかだった。
「……勝った……」
そんな呟きさえこぼして。






だが。
空高く飛んだかに見えた伊庭が叫んでいる。
「うぉおおお〜〜〜っ!!引き戻される〜〜〜〜っ!!」
その言葉の通り、一瞬遠のいたかと思われた彼の体はある時点で、物凄い早さで戻ってきたのである。
重力に逆らった動きに、榎本達がぎょっとして逃げるが、土方は悦に入っていて気付かない。
「あれ、伊庭君が?」
孔雀の羽で優雅に空を飛んでいる大鳥が気付く。
どうやら伊庭の服には、さっき発射に失敗した糊がくっついていたようだ。
ビヨーンと飛び出た彼は、勢い良く引き戻されて…
「うぉおおおおおお〜〜〜〜〜っ!!」
「あ」
土方に、落下して、彼を突き飛ばしたのだった。





そして、ゆっくりと落下してきた大鳥が見ると、大砲と糊で結ばれた伊庭はいるが、土方と島田の姿が無い。
「土方君は?」
尋ねると、伊庭は空を示した。
「島田は?」と今度は伊庭が尋ねる。
大鳥は今自分が戻ってきた方の空を示した。
「……ああ、そう」
そこで二人はしばらく考える。
「この糊雪玉は使えないな」と伊庭。
「二人とも、帰ってくるかな〜」と大鳥。





呟く二人の周囲には、変わらぬ雪が輝いていた…。











□ブラウザバックプリーズ□

2008.8.10☆来夢

雪やコンコ、土方ドンド♪




実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。