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ここは市内でも有名な私立の共学校。 古くから勤勉で有名な校風を、今も守り続ける進学校だ。 ここの生徒達は皆成績優秀にして、地元でもボランティア活動をするなど地域でも一目置かれる存在なのである。 そんな街の人々の憧れである学生服に身を包み、歳は今日も元気に学校へ… 行かなかった。 いや、正確には行かなかったのではなくて、行こうとしなかったのである。 それは何故か。 今日は文化祭なのである。 だからである。 いや、それだけじゃ判らない。 文化祭だから休むのか、と問われれば彼は答える。 「常に休みたい」と。 それじゃあ登校拒否なのか。 …彼が登校拒否になった理由は、きっと聞けば誰もが納得するものだろう。 そんな朝。 びくびくとベッドで羽毛にくるまる歳。 その部屋のドアをドンドンと叩く音がする。 「おい歳!何で学校に行かないんだ!今日は文化祭だろう!?」父の声。 「そうよ歳!あなたが行かなきゃ文化祭が色あせてしまうわっ!」母の声。 きっと部屋に閉じこもる息子が心配なのだろう…と人は思う。 だが、歳は部屋から出ようとはしなかった。だって。 「あ〜もうっ!これ以上出てこないなら、爆破するよ!? 良いね!?」 それは後輩である鉄の声だった。 「くそっ」羽毛の中で毒付く歳に、両親の切羽詰まった声が聞こえる。 「早く!早く学校へ行くんだ歳!このままじゃ家が爆破されてしまう!ば、爆弾を設置しようとしているぞ!?」 「ああっ!まだローンだって残ってるし、お母さんの大切な洋服が燃やされちゃうわ!早く学校へ行ってよ、歳!!!」 どうやら子供の事なんてどうでもいいらしい。 歳は泣きたくなった。 その頬を、優しく誰かの手が撫でる。 「泣いちゃいけないよ、我が校のアイドルともあろう者が…」 「え…?」 優しい声に思わず顏を上げた歳の目の前には、何故か学級担任の伊東の姿が。 彼はちゃっかりと歳の羽毛に一緒に入っている。 「…………ど、どうやって…!?」 「愛は全てを超越するんだよ」 笑う伊東に歳が切れた。 「どこから入ってきやがった〜〜〜っ!!」 こうして爆破の危機を逃れて安心する両親に見送られて、歳は学校へ拉致…ではなくて連行された。 本人的にはどうあっても不本意なので、どっちでもあまり変わらない。 学校は賑やかな飾り付けの中、一般の入場者もあって華やいだ雰囲気だった。 そこに、作ったように美しい顔立ちをした歳が、数名の学校関係者に囲まれていた。 「こらこら、そんな膨れっ面していると、せっかくの二枚目が台無しですよ?」 「五月蝿い馬鹿沖田!!!」 歳の声に、手にしたビデオカメラを歳に向けていた沖田が悲しそうな顔をする。 「校長に向かってそれは無いでしょう」 「お前が校長になってから、この学校はおかしくなったんだ!!」 「こ、こら、そんな事を言っちゃいかん、歳…」 が〜〜〜っと吠える歳をなだめるのは、教頭の近藤。 「大体!教頭先生がこいつを甘やかすからっ!!」 「まぁまぁ、落ち着いて…」 「これが落ち着いていられるか〜〜〜〜〜っ!!」 もうすぐ火でも噴きそうな勢いで、歳は吠えた。 吠えて吠えて吠える先には、クラスメイトの島田が困った顏でセーラー服を手にしている。 「何だい、これは文化祭を盛り上げる為なんだよ?」 伊東がもっともらしく言うのも、歳は聞かない。 これは数日前から歳を悩ませている案件なのだ。 そう、それは… 「お客さんが待ってるんだから、早くセーラー服に着替えたまえよ、歳」 歳は切れた。 この学校はおかしい! 歳の怒りは主に一部の人間による、自分への不本意な扱いに向いていた。 春、突然校長が変わった。 それまでの温厚で知的で誰もが認める教育者であった松平校長から、どこの馬の骨かもしれない沖田というニヤケた野郎が校長に座った。そしてそれに続いて、歳の担任だった芹沢がいきなりの転勤。後がまが今目の前にいる伊東だったのだ。この二人、執拗に歳にせまってくる。どういうワケか、一年後輩の鉄までも必要以上につきまとってくるし、どうもそれを沖田が応援している節がある。 歳は怒っていた。 「俺の平穏な学園生活を返せ〜〜〜っ!!」 叫ぶ歳に沖田は言った。 「単位が欲しかったらセーラー服を着なさい!」 「職権乱用だろうが!!!」 「こんな楽しみが無くて、誰が校長なんてやりますか!」 「それが教育者の発言か!?」 「私は教育なんてしませんよ!あなたを苛めたいだけです!!」 「な、何だと〜〜〜っ!?」 血管が浮いている歳に、島田が泣きそうな顏を向けている。 彼は常に歳の味方で常識人だが、悲しいかな、このふざけた連中に勝てる実力は持っていなかった。 「セーラー服がそんなに嫌かい?」 「そういう問題じゃねぇ!!」 歳はそっぽを向いた。 どうも隣の部屋には彼らの言う「客」とやらが入っているらしく、がやがやとした空気が伝わってくる。 だがしかし。 彼らが一体何を目的にした「客」なのか、歳は知らない。 知らないのに、何故か目の前に差し出されたセーラー服を着ろとせまられている歳。 「俺にウェイトレスでもやれってのか!!」 「それも、良い」 うっとりと呟く伊東に、歳は吐き気を覚えた。 そもそも歳は、人気者である。 ルックス良し、成績良し、リーダーシップも有り、気前も良く、優しい。 その上少々照れ屋だなんて言われると、乙女ならずとも胸が鳴ってしまうような男なのだ。 そんな彼の憧れの存在は、教頭の近藤。 彼は本当に穏やかで優しく、だが芯の強い昔ながらの教育者だった。 歳は彼に憧れてこの学校に入ったと言っても過言ではない。 その彼が…彼がなぜ。 「歳…セーラー服…着てくれんか?」 少し困ったように、照れたようにお願いしてくる近藤に、歳は泣きたくなった。 「君が着ないなら僕が着ちゃうよ?」 見つめあう近藤と歳の間に割って入って伊東が言う。 歳は途端に冷めた視線を伊東に送ると、けっと呟いた。 「勝手にどうぞ」 そのつれない態度に伊東が切れた。 「も、もうちょっと構ってくれても良いじゃないか〜〜っ!!」 「五月蝿ぇっ!もう十分に構ってるようなもんだろうがよっ!」 「酷い酷い、僕は担任なのに〜〜っ!!」 「俺が選んだわけじゃねぇ!」 「僕が選んだんだよ!」 「迷惑だっ!!」 はぁはぁと息も荒く叫びあう二人に、島田の顔がドンドン青ざめていく。 どうして自分がここにいるのか、島田は正直って逃げ出したかった。 ガヤガヤガヤ…と隣の部屋の騒ぎが大きくなっているようだ。 きっと出し物を待たされているのであろう。 だが、歳には知った事じゃない。 でも、近藤に必殺技が出た。 「頼む…歳。着るだけで良いんだ」 うるうると目を潤ませる近藤に両手を握られて、歳は見つめられると困ってしまう。 本当にこの人には弱いのである。 「着るだけ?」 「そう」 「着て、どうするんだよ?」 「この3人が見たいだけなんだよ…」 もう溢れそうな涙を抱えて、近藤が説明する。 「隣の部屋は?」 「後で挨拶してくれるだけで良いんだ」 「…セーラー服で?」 歳の質問に、近藤は首を横に振った。 「いつもの歳のままで良い…本当に、セーラー服は一瞬で良いんだよ…」 近藤の瞳から涙が一筋。 歳は……負けた。 「ここで着替えて」と伊東が招く、部屋の片隅に作られた着替えスペースに歳は入った。 黒布で囲まれたその狭い空間は、何か不吉な感じがする。 でも歳は我慢した。 これもすべては近藤の為である。 「…ふぅ」と溜息一つ。 歳はまずガクランの上着を脱ぐ。 きゃあっっ 「……?」 歳はどこからか悲鳴が聞こえた気がして、ふと動きを止めた。 が、声はそれ以上聞こえてこないので、改めて服を脱ぎ始める。 ガクランの下に着ていたシャツを脱ぐ。すると割と筋肉質な歳の上半身が露になった。 きゃああ〜〜っ 「…?」 また、声がした。 何か心に引っ掛かるものを感じながらも、歳はベルトを外すと、ズボンに手をかけた。 するとそこで…きゃあああ〜〜〜〜っ またである。 「……何だ?」 歳はどうしても気になってしまった。 何か…何かがおかしい。彼はズボンをズリ下ろそうとする格好のまま、眉間にシワを寄せた。 そして、まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか…と思いながらも、目の前の黒布を巻き上げてみた。 ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!! 怒濤の黄色い悲鳴に、歳は一瞬何が起きているのか判らなかった。 が、目の前には女性の大群がこちらを見つめている。 「な、何だ!?」 はっと歳が女性達の居る部屋を見渡すと、彼の真横辺りに巨大スクリーンが設置されている。 そしてその画面には、不思議そうな顔をした歳が… 映っていた。 たった今。 着替えている最中の自分が。 「……」 歳の顏からさぁ〜と血の気が引く。 まさか…と、歳が沖田達を見ると、彼らは苦笑しながら言った。 「あ〜らら、モデルさんが気付いちゃいましたね」と。 「は?」 困惑する歳を無視して彼は女性達に続けた。 「は〜い、では残念ですが、我が校のアイドル・歳の生着替え実況中継はここまでで〜す」と。 「も〜先輩ってば、後で彼女達に挨拶してもらう予定だったのに!」 その鉄の声に、歳は全てを理解した。 セーラー服を着せる事が目的じゃない。 着替えそのものが目的だったのか!! 「ああ、歳…君の肌は美しい…」 うっとりする伊東はもう無視して、歳は叫んだ。 「ぶっ殺してやる〜〜〜〜〜〜〜っ!!」 その日、文化祭で賑わっていた学校が突然崩壊した。 かなりの人数が校内にいたはずなのだが、なんと死傷者ゼロ。 ただし、一部に行方不明者がいたとかいないとか。 とりあえず、しばらく学校はお休みの事態となったのである。 歳の両親は言う。 「良かったじゃないか、あれほど行きたくなかった学校が壊れて」 「そうそう。きっと歳の祈りが天に通じたのよ」 歳はその父と母にチラリと冷たい視線を向けてから、一言呟いた。 「お前らなんて親じゃない」 それは非行に走る子供のような声音だった。 だが、両親の反応はといえば… 「当たり前だろ、左之に子供が産めるわけね〜だろ」 「そうそう。新八の子供なら産んでみたいけどな」 けけけけけけけけ…と笑う二人に歳は思った。 こいつらも沖田の一味なんじゃないだろうか、と。 そういえば、両親も数カ月前から外見が変わっている気がする。 だがそんな事もどうでも良い。 歳は思った。 本当にどうでも良いんだ。 「だから、頼むから出てってくれ!!」 叫ぶ歳の前には、彼の家に転がり込んできた沖田や伊東や鉄が、仲良く炬燵で蜜柑をほお張っているのであった。 「早く学校直ると良いですね〜」 歳の楽しいスクールライフはまだまだ続く。 |
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