闇夜に遠吠え

走る男

夜の闇が京都を包んだ。
その日、苛々と床に着いた土方は、寝つけないまま風の音を聴いていた。
何がそんなに心にひっかかるのだろう。
じっと微動だにせず、耳を澄まし天井を見上げていた土方の耳に、慌ただしい足音が届いたのはその時だった。
「副長!!」
「何だ!?」
部屋に飛び込んできた島田に、土方がバッと布団をはね上げて立ち上がる。
やはり、何か起きた。
咄嗟に刀を掴んだ土方に、島田は続けて言った。
「か、幹部の皆さまが…町中で遊んでます!!」
その報告に、土方がコケたのは言うまでもない。





何が心にひっかかっていたのか。
走る土方にはわかった。
後を付いてくる島田に説明するのも馬鹿馬鹿しい事。
それは、屯所が静かすぎたのだ。
いつもなら何かしら騒いでいる馬鹿共(主に幹部)がいなかったのだ!
着流し姿のまま怒りに任せて夜の街へ向かう土方に、島田がそっと手を合わせたのを彼は知らない。






暗い夜道。
月明かりを浴びながら歩く一人の侍。
その行く手に隠れる不穏な気配の男達。
「来た…沖田だ!」
てくてくと子供のような足取りでこちらに向かってくる男の姿に、男の誰かが言った。
その途端に彼らの中に決死の殺気が漲る。
手を刀にかけた男達は、ゆっくりと近づいてくる沖田総司の姿を見つめ…
「今だ!!」
一気にその目の前に飛び出した。




はっと沖田の目が一瞬固まる。
目の前には10人程度の男達が、殺気を漲らせてこちらに刀を向けている。
…が、実はそんなのはかなり前から気付いていた。あんなに殺気を向けられては、犬でも気付くというものだ。
だが、沖田は目を丸くしていた。
男達が「沖田、命をもらい受ける!!」等と叫んだ時も、彼は固まっていた。
それは何故か。
「死ね〜〜〜〜〜っ!!」
男達が沖田に向かい躍りかかった瞬間。
「わ〜〜〜〜〜っ!!」
沖田が叫んだ。
その視線の先には…土方がいたのである。





「わ〜〜〜〜〜〜っ!!」
「わ〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
叫ぶ沖田に驚いて、思わず一緒に声を上げてしまう土方。
その二人の叫びに一緒に驚く男達をおいて、何と沖田がくるっと踵を返すとその場から逃げ出したではないか。土方がその行動にギョッとして叫ぶ。
「お、おめぇ!局中法度を忘れたか!! 敵に背を向けるんじゃねぇ〜〜っ!!」
その土方に沖田も叫んだ。
「私が背を向けたのは、土方さんにです〜〜っ!!」と。
「あ?」
キョトンとする土方と男達。
そして暫くしてから気を取り戻すと…
「新選組の土方だ〜〜っ!」と男達も逃げ去っていった。
後に残された土方は、お付きの島田にポツリと尋ねた。
「何だったんだ?」と。




酒のはいった瓢箪を抱え、斎藤は小さい鼻歌を歌いながら軽やかな足取りで歩いていた。
その行く手に、ふらりと着流しの男が現れる。
だが、斎藤は足を止める事無く、そちらに向かって歩いていく。
「斎藤…てめぇも仕事をほっぽり投げてお散歩か?」
そう呟くのは土方。
結局沖田には逃げられ、彼はまた遊び歩いているという幹部連中を探していたのである。
斎藤はフッと笑った。
そして段々と土方に近づき、やがてお互いに闇の中でも顏が認識できるところまできた。
その時。
「斎…」
土方が伸ばした手をさっと避け、斎藤が走りだしたのである。
「って、おい!?」
だ〜〜〜っと走る斎藤の後ろ姿に、土方が再び驚愕する。
「あ、あの斎藤が全力疾走だと…!?」
どうなってやがる!?と叫ぶ土方の背後で、島田が小さく震えていた。




陽気な人影が二つ並んでいる。
「うらら〜うらら〜」
「がっはっは!左之、お前の歌声は呪いだ!!!」
永倉と原田である。
二人は肩を組み、川沿いの道を踊るように歩いていた。
そんな楽しげな声が、夜の街に響き渡る。
「うら〜っ!! って何で呪いだよ〜っ!」
「やめろ、腹がよじれて死ぬ〜〜っ!!」
「俺なんて腹が開いて死ぬ〜〜〜っ!!」
「じゃあ、二人一緒に死ぬか?」
その最後の声に、二人がピタッと制止する。
そしてゆっくりと背後を振り返ると…そこにはゼェゼェと肩で息をする土方の姿が。
「………出た」
ボソっと呟く永倉に頷く原田。
土方は二人の大声だけを頼りに、ここまで走ってきたのである。
「てめぇらも…夜道で馬鹿さ加減をさらけ出してるんじゃ…」
土方がそう怒りに燃えながら言っている最中、二人の足がずずっと逃げる姿勢に入るのを彼は見逃さなかった。
「逃がすかっっ!!!!」
ビュンっと土方がいきなり原田に向かって刀を投げる。
「うげっ!?」
そしてそれは原田の袴の裾に突き刺さり、彼を地面にくぎ付けにした。
「うわ〜〜っ!!新八っつぁ〜〜んっ!!」
「けっ!どいつもこいつも、人の顏を見た途端に逃げやがって!!」
叫ぶ原田に対して、流石に勉強したのか土方がこちらに向かって走ってくる。
あたふたと暴れる原田だったが、刀は地面にめり込んでいて簡単には抜けない。
「し、新八〜〜〜〜っ!!」
原田が目をつむった時、ざっと土方と原田の間に永倉が割って入った。
そして永倉はおもむろに手を刀の方へ伸ばす。
「ほう。やるのか、新八!!」
ギリッと睨みをきかせる土方に、永倉の手が伸びた場所とは…懐だった。
「あん?」
眉をしかめる土方。
そんな土方に対して永倉が懐からとりだしたものとは…
「俺がやってやるぜ、左之!!」
鈴の付いた首輪だった。




二人の直前で、土方の足がピタッと止まる。
そしてその視線は永倉の手の物に吸い付けられていた。
それは、どう見ても…首輪?
「な、何だ!?」
「副長…ご覚悟!!」
「新八っつぁん、素敵ぃ〜〜!!」
思わず動揺する土方に、永倉が首輪を手に飛びかかってくる。
それを寸でのところで避けながら、土方は怒鳴った。
「な、何を考えてやがるっ!?」
だが、それに対する永倉の答えは、首輪を土方の首にはめようとする不審な攻撃。
「俺に首輪を付ける気かっ!?」
本能で首をさすりながら叫ぶ土方に、永倉と原田の顔が、ニマ〜と歪んだ。
さ〜っと土方の背中に冷たい汗が流れる。
「へ、変態か、お前らっ」
1.2歩と後ずさった土方だったが、ふと、背中からも奇妙な気配を感じてそっと振り返る。
するとそこには…
「土方さん…今度は逃げませんよ〜」
いつの間にか現れた沖田が、何故か永倉の持つ物と同様な首輪を手にして不敵な笑みを浮かべていた。
「そ、総司!?」
ひぃっと土方がまた体をずらすと、また、道の影から新たな人影が現れる。
それは、やはり首輪を手にした斎藤。
「斎藤…って、その手の物は…っ!」
「副長…私にはめさせて下さい」
突然現れて突然呟いた斎藤の目がキラーンと輝いた瞬間、土方は戦士の本能で…逃げ出していた。
「あ、逃げるな〜〜っ!!」
「冗談じゃねぇ!! おかしいんじゃねぇか、お前ら!?」
「副長〜〜っ!!」
走る土方に、追う人々に、最後に島田。
夜の京都を男達が疾走する。
が、一人土方の刀と一緒に残された原田が叫んだ。
「待ってくれ〜〜っ!!」と。
そこで彼は馬鹿力を総動員して、体全体で刀を引き抜くと、そのまま仲間達を追いかけていった。





先ほど沖田を襲いそこねた男達が、再び意を決して顏を寄せ合っていた。
「さっきは失敗したが、今度こそやるぞ!」
「新選組の連中に目にもの見せてやるっ!!」
「今夜は幹部連中が独り歩きしているらしいから、狙い目だ!!」
「行くぞ!!」
夜道で男達が声を合わせようとした瞬間。
「どけ〜〜〜〜っ!!」
はじっこの男が、土方に踏み潰された。
「うわ〜〜っ!! また土方だぁ〜〜っ!?」
土方はそんな男達には構わずに、道を凄い早さで走り去る。
その突然の登場と退場に呆気に取られる男達を、今度は複数の足が襲った。
「退け退け退けぇ〜〜〜〜っ!!」
「邪魔ですよ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「副長お待ちを〜〜〜っ!!」
ドドドドドドっと男達の顔の上を、新選組の幹部達が踏み潰していく。
「な、何だあいつらはっ!!」
「ひぃ〜」
情け容赦なく踏み潰され、そして通過されて男達が泣きそうな顏になる。
そして走り去る人々を見送った次の瞬間。
「うぉらぁああ〜〜〜〜っ!!」
股ぐらに刀をぶら下げた男が、彼らの頭上を飛び越えていった。
目の前をかすっていく刀の切っ先に顔面蒼白になった男達をおいて、その男は物凄い勢いで走って行った。
そうして残された男達は…
「………こ、怖い…」
戦意喪失していた。




逃げる土方に追う人々。
土方は必死に走りながら、結局屯所に戻ってきてしまっていた。
このままではどこかの部屋に追いつめられて…
「首輪をされちまうっ!!」
果たして首輪をされたからどうなる…という事もないと思うのだが、首輪を手に追いかけてくる連中が恐怖だった。
気付けば島田の手にも、あの首輪が握られているではないか。
「あ、あいつもグルだったのかっ!」
「作戦失敗だな、島田」
けけっと永倉が笑うと、島田は珍しく「ちっ」と舌を打った。
そして追いついてきた原田も含めて、土方ご一行様は屯所に飛び込む。
驚く仲間達の中をくぐり抜け、土方は考えた。
どうする…どうする、どうしたら良いんだ!!
「…っ!」
その瞬間、土方の胸に一つの名案が浮かんだのである。
それは…
「近藤さん〜〜〜っ!!」
局長室に飛び込む事であった。





眠っていたのか近藤は、布団越しに飛び付いてきた土方にビックリして起き上がった。
「な、何だ何だ何だ!?」
「助けてくれよ、勇さん〜〜!!」
うわ〜んと泣きつく土方に、最初寝ぼけていたらしい近藤の顏が段々とハッキリしてくる。
そして近藤は、自分の部屋に近づいてくる騒々しい足音に、大体の事態を把握した。
「ああ、そうか…大変だったな、歳」
「勇さん…」
近藤は優しく微笑みかける。
その笑顔に安心したのか、土方の目に涙がうっすらと浮かんだ。
その時。




しゅるっと土方の首に、何かが巻き付いた。







「……へ?」
ニコニコと笑う近藤の顔を見ながら、土方が自分の首に手をやる。
するとそこには柔らかな布地の感触と…一つの鈴。
「ええ!?」
首を振ると、チリリンチリリンと軽やかな音がした。
ニコニコニコとあくまで微笑む近藤を、丸い目で見つめる土方。
そこに、ようやく土方に追いついた人々が到着した。
彼らは局長室にも遠慮なく飛び込んできて…そして土方の首のものを見てしまった。
「……お、お前ら…」
ごくっと息を飲む土方。
その彼に対して、男達はというと。
「…あ〜〜〜あ〜〜〜!!」
盛大な溜息をついた。






「な、何だ何だ何なんだ一体!?」
意味不明で喚く土方に、さもつまらなそうに沖田が言った。
「面白くなってきたところだったのにぃ、もう終わっちゃった」
「何!?」
続けて永倉が言う。
「勝てば三日間の休暇が貰えるところだったのに…」
そして斎藤が呟く。
「わざわざ夜道に誘い出して…」
島田ががくりと膝をついた。
「この首輪、私のお手製なんですよ〜?」
「俺なんて着物が破れたんだぞ〜〜っ!!」
原田が叫んだところで、土方もきれた。
「だから何だってんだ!!」
が〜〜〜っと叫ぶ土方に、沖田が答えた。




「鬼ごっこですよ、鬼ごっこ」と。
「は?」
「誰が鬼の首に鈴を付けるかっていう条件付きの、鬼ごっこ…あ〜あ、やっぱり近藤先生か」
目が点になっている土方を置いて、沖田が去っていく。
同様に永倉達も、つまらなそうに「疲れただけだった」とボヤキながら去っていく。
そしてとうとう、部屋には呆気にとられる土方と近藤だけになって…
近藤が笑った。
「というわけで、勝者の俺は、明日から三日間休むから宜しくな♪」







それから暫く、土方が部屋から出てこなくなってしまったらしい。












□ブラウザバックプリーズ□

2008.7.24☆来夢

敵は屯所内に有り!




実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。