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土方は一日の疲れを癒さんと寝床に入ろうとしていた。 「ふぅ」と小さく息をついて、彼は暗い自室に戻るとそのまま布団に直行した。 はらりと布団を捲ってそこに体を入れようとした彼は… 「お前…何をしてる?」 土方の視線の先には、布団の中で小さくなって寝ている人の姿があった。 「…あんま…」 「………ほぉ?」 土方の気配が殺気に変わった。 その様子に、土方の布団の中からガバッと人影が立ち上がった。 相馬である。 「い、いえ、あの、だって、最近夜冷えるから、副長も大丈夫かと言ったら「普通はこうするもんだ」て教えて…」 「誰が君に教えたんだ?」土方の手が愛刀の兼定に伸びるのを見て、相馬が叫んだ。 「ののの、のっ」 「ま〜た〜アイツか〜〜!!」 「きゃ〜!!」 相馬がバッと土方の寝室から飛び出すと、土方も刀を抜いて後を追って出る。 「野村〜〜!!」 「ひ〜〜!!」 真夜中の新選組の屯所を、「鬼」の土方が本当に「鬼」の形相で駆け巡る。 その騒ぎにすでに眠りについていた隊士達がわらわらと目覚めてくるが、土方の姿を見ると真っ青になって部屋に飛びこんだ。 「…およ?」 そして野村は酒の飲み散らかされた部屋から廊下に顔を出す。 少し眠たげな瞼をこすると、彼の目に泣きながら走る相馬と鬼の形相の土方が飛び込んできた。 「うお!?」 「野村助けて〜!!」 思わず部屋から飛び出した野村は、相馬の訴えに一緒に走り出す。 「野村〜!! お前は毎回毎回くだらねぇ事を相馬に吹き込みやがって〜〜!!」 「な、何の事でしょう〜!?」 「何で一緒に走ってるんだよ〜〜!?」 泣きながら野村に、怒りながら野村に、それぞれ叫ぶ相馬と土方。 野村はとりあえず「ははははは」と笑いながら、土方の怒りが解けるまで走る覚悟だった。 と、そこにまたひょっこりと顏を出したのは鉄である。 鉄は凄い勢いの三人を見てもさして驚かずに、「何してるんですか?」と尋ねる。 「鉄、お前は戻って寝てろ!!」と後方から土方が怒鳴るが、鉄はそれは放っておいて、野村達と一緒に走り出した。 「いや〜実はな…かくかくしかじかで」と野村が走りながら説明する。 うんうんと頷いた鉄は、ちらっと追いかけてくる土方に目をやって、相馬に呟いた。 「知ってます?ああゆうのを、「逆ギレ」って言うんですよ〜」 「へえ?」 純朴な相馬が素直に頷くのを聞いて、土方が叫んだ。 「嘘教えるな〜〜!!」 そんな大騒ぎの中、平隊士達は布団の中に潜り込んでいた。 が、ある部屋の前で野村と鉄と相馬が器用にひょいひょいと飛ぶ。 ん…?と土方が目を凝らした時、彼は何かにつまづいた。 「うわ!?」 ドタンっと前のめりに倒れてから、土方が何だっとそれを見ると、何とそこにいたのは永倉と原田だった。 2人は部屋から廊下に完全にはみ出た状態で、一緒に寝こけていた。 何故か永倉の着物のはだけた腹部に原田が頬を寄せて眠っている。 「うう〜ん、ぱっつぁんは餅肌…」 「うぅ〜重い…」 原田は心地良さそうに涎を垂らしながら。 永倉は眉間に皴を寄せて悪夢に耐えながら眠っていた。 土方の目がキラリと光った。 「成敗!!」 彼はブンッと問答無用に眠る2人の上へ刀を振るった。 が、パシッとそれを永倉が真剣白羽取りをする。 「…む」 土方は黙って刀を引き上げると、眠ったままの永倉の技に対して「今回は見逃してやる」と呟いた。 そして廊下の向こうから「わ〜〜凄い凄い〜〜」と拍手している三人に向かって、再び走り出したのである。 きゃ〜〜っと逃げる三人の行く手に、今度は長髪の剣士・斎藤の姿が。 「あっ斎藤さ〜ん」鉄が呑気に叫ぶ。 「斎藤!! そいつらを捕まえろ!!」 鉄の叫びに被るように土方も叫ぶ。 斎藤はポーカーフェイスのまま、三人の前にすっと立ち塞がった。 「う…」と三人の足が止まると、土方もそこから少しの距離に立ち止まった。 「月の綺麗な夜に…お楽しみかい?」 「斎藤!そいつら斬っちまえ!!」 怒っている土方が怒鳴ると、相馬が「そんな〜」と泣きそうになる。 「一体何事だね?」 「斎藤さん、これはね、副長の夢なんですよ」 ふぅんと鉄の説明に首を傾げる斎藤。 「黙れ鉄…」 「夢は…斬れないがね…」 斎藤は慌てる土方に向かってニヤリと視線を向ける。 土方が嫌な予感を抱いて後ずさった。 「美しいものなら、斬れるんだよ」と斎藤は言いながら土方に向かって踏み込んだ。いきなりの事に土方の手が間に合わない。 「あ!?」と一同が見守る中で、土方の寝巻きの帯がハラリ…と落ちた。 「さ、斎藤〜〜!! お前はな、な、何を!?」 「ふふ、私はもう休ませて頂きますよ。この刀も…今日は仕上げに良いものを斬った」 斎藤は着物を手で押さえて怒る土方を無視して、刀を月にかざすとそこに映った自分の顔にうっとりと見惚れて、そのまま立ち去っていった。 「格好良い〜」 は〜っと鉄がその様子を見送るが、土方の怒りはまた爆発した。 「何がだ〜〜!!」 再び追いかける土方に、再び逃げる三人。 だが鉄はもうお眠である。 「もう止めましょうよ〜副長〜」 「お前らのせいだろうが!!」 はぁっと大あくびをする鉄は、「あ」と物陰から現れた人を見て口を止めた。 「待て…!?」 わっと土方が突然現れた人影に持ち上げられる。 一瞬の事に驚いて立ち止まった相馬・野村が月明かりの下に現れたその人の名を呼んだ。 「島田さん!!」 「島田っお前!?」 「まったく…」 島田は大あくびをしながら、寝巻き姿のまま土方を肩に抱え上げた。 寝ぼけているのかもしれない。 「もう遅いんですから、休んで下さいよ。はいはい、副長も、夜更かしはお肌に良く無いですよ」 ふぁ〜と半分寝ている目を何とか開けて、島田は喚く土方を抱えてのっしのっしと歩いていく。 「下ろせ島田!!」 「お部屋に着いたら下ろしますよ」 「今下ろせ〜〜!!」 「ここは副長のお部屋じゃありません。なんなら私の部屋で寝ますか?」 「寝ねぇ!!」 ぎゃ〜〜っと喚く土方が島田の肩に乗って遠ざかっていく。 三人はほっと一息つくと、「寝るか」とそれぞれ呟いて部屋に戻っていった。 部屋に戻された土方は不承不承と布団に入る。 そして気が付けば、今の騒ぎで疲れてすぐに熟睡となったのである。 翌朝。 土方の悲鳴が鶏の鳴き声よりも早く屯所に響いた。 その声に嬉しそうな顔をする沖田を見て、鉄が尋ねた。 「何をしたんですか?」 「ふふふふ、昨日の夜ね、土方さんが布団を空けている間に…」 「間に?」 「布団にトリモチをしかけておいたんです〜」 跳ねる様に嬉しげに歩く沖田の後ろを、土方の悲鳴が再び響く。 「その内に褌一丁で飛び出てきますよ」 と笑う沖田の想像は、少し外れていた。 何故なら、昨日の夜斎藤に着物の帯を着られていた土方は、見事に褌もトリモチに取られてしまっていた。 その為素っ裸で部屋を飛びだして、隊士達の鼻血を誘っていた。 その横では、永倉が原田に怒っている。 「お前っ俺の腹に涎をたらしやがったな!!」 「だってぇ〜気持ち良かったんだもんよ〜」 「だからって涎を垂らすな!!」 しきりに笑って誤魔化す原田を怒る永倉。 それを聞いていた斎藤は「問題はそこかい?」と首を傾げた。 何はともあれ朝から元気な新選組。 今日も明るく日が明けた。 |
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