サバイバルは南の島と誰が決めた?

北の島から

土方は頭を抱えていた。
目の前に広がるは北海の荒波。空に横たわるは雪を抱えた厚い雲。
彼は今…北の無人島に一人立ち尽くしていた。



寄せる波に思いを書く余裕は彼には無かった。
ここは感傷に浸るには風が冷たすぎ、そして状況が悪すぎた。

悪い状況その一、彼は無人島の浜辺に一人たっている。
悪い状況その二、彼の目の前の海には、仲間の乗った船がたたずんでいる。

そう、目の前に救助の船があるのである。
なのに彼はここで佇む。
「副長ーっ!やっぱり波が荒くてっそちらによれませんっ!!!」
「島田さん、もう副長じゃないってば」
船の甲板から大声を出すのは部下の島田、とオマケの鉄之助。
土方はもう…本当にもう、このままここにいようかなどと考え始めていた。




事の起りは数時間前の事。
まだ夜のとばりが下り初めてまもなくの事。
船で移動中の土方の部屋のドアを叩くものがあった。
「…はい?」
誰だこんな時刻に…何事か?と土方がドアを開けると、なんとそこにいたのは…
「お、大鳥…殿」
「土方く〜ん!!」
「わ!?」
驚く土方を他所に、上司たる大鳥が土方に抱きついてきたのである。
見れば彼の格好は真っ赤なビロード地の洋装の寝巻きに、奇っ怪な帽子を被っている。大きな白い毛糸のボンボンが先についているもので、土方はそのボンボンが顏に当たるのを邪魔そうにのけた。
「い、一体何事ですか?」
「寂しくて眠れないんだよ〜!枕を持ってくるのも忘れちゃったしねぇ〜!!」
「は、はぁ!?」
土方は本気でこの男の正気を疑った。
「で、私に何用か!?」
ぐいっと力づくで体を離すと、大鳥が涙で顏をぐしゃぐしゃにしてこんな事を言った。
「一緒に寝て」
「………っ!?」
ぞわぞわぞわっと土方の全身に鳥肌が走り、彼が今にも叫びそうになったその時。
いきなり船がぐらっと大きく揺れた。
「…!?」
その弾みで大鳥が通路の先へ転がっていく。土方はこれ幸いと大鳥に「ご無事か?」などと言いながら、自分は部屋を後にして甲板に走った。
一体今の揺れは何事だろう?と。



「一体何事か!?」
土方が甲板に出る扉をパンと跳ねのけた時、非常に呑気でしかもあまり聞きたくない声が響く。
「わ〜〜!すっごいすっごい!!」
「まぁまぁかな」
見れば土方の小姓である(はずの)鉄之助と、山崎が何かをしているところだった。
土方は非常に嫌な予感を抱きながら、恐る恐る2人の背中に近づいた。
「お前らは一体何をしでかしたんだ?」
「あ、土方さ〜ん!見て下さいよ、山崎さんの新発明!!」
珍・発明の間違いだろうと土方は内心で反論する。
すると山崎はくりくりとした目をこちらに向けてこう説明した。
「ザ・人間打ち上げ花火」
「…はぁ?」
思わぬ山崎の言葉に土方が間の抜けた声をだす。
「土方さん、馬鹿みたいですよ」
きゃははははっと笑う鉄之助の頭を拳で殴ってから、土方は山崎の示す装置に目を向けた。
それはこの船の大黒柱とも言うべき、マストを支える支柱に設置されていた。
「船を勝手に改造するな!!」
と、土方が怒鳴ると、上から突然「お〜〜〜!!」という声とともに、何かが降ってきた。
それは土方の目の前で船にではなく、海に向かってボッシャンと落下した。
「……何だ?」
「あ、戻ってきた人間花火」
「!?」
山崎の言葉にぎょっとして土方が海を覗き込む。
すると落下してきた「人間花火」がプハァッ海面に顏をだした。
その人物を見て土方が更にぎょっとする。
「え、榎本殿!?」
「…はは、いや〜土方君、ボンジュール」
「凡寿か何だか知りませんが、ご無事ですか?」
土方が叫ぶと、彼は荒波の中でがっはっはと笑った。
「いや〜あの空に輝く満天の星になりたいと言ったら、山崎君が叶えてくれたんだよ!」
その顏が煤だらけ傷だらけになっている事に気が付いていないのであろう。榎本は笑いながら額の辺りからぴゅ〜っと血を噴いている。
「…馬鹿だ」
「阿呆ですよね」
「失敗かな? まぁもう少し火薬の量を減らせば…」
思わずそれぞれに呟く三人。
そこで土方はハッと気が付く。
「おい、誰か榎本殿を助けなければ!」
「無理ですよ〜もう。ほら、どんどん沈んでく」
「おや本当だ」
鉄之助と山崎が、ブクブクと海に沈んで消えていく榎本の様子に顏を見合って笑う。が、土方は焦った。
「阿呆はお前らだ!!この責任をどうっ」
「土方さん、土方さん」
いきり立つ土方に、のんびりとした声が話しかけた。



「…む、相馬か、何だ?」
ポンポンと土方の方を叩いたのは彼の仲間の相馬だった。相馬はまだ若いが意志が強く、中々の男前でもある。つまりは、土方が溜息をつかなくて済む仲間…のはずなのだが。
「まぁもうどうせ助からない人は放っておきましょう」
「…何?」
「それよりどうです、これ」
と相馬は呆気に取られる土方に向かってニヤリと笑うと、突然語り始めた。
「どうかしたのかい、土方君-」
「!! え、榎本殿っの声…!?」
土方は驚いて相馬の顔を凝視した。そういえば相馬の趣味はものまねだった気がする。すると何故か相馬がぽっと顏を赤らめて視線を下げる。
「うわ〜相馬さん榎本さんそっくりですね!ならもう、あっちはいらないですね!」
「こんの、馬鹿鉄!!」
土方ははしゃぐ鉄之助の首根っこを抱えると、そのまま海に放り投げた。
「きゃ〜!! 土方さんの鬼〜〜っ悪魔〜〜っ人でなし〜〜!!」
鉄之助の悲鳴を聞きながら、土方は山崎に「小舟を下ろせ。榎本殿を救出に行く」と命じた。
が、何を思ったのか山崎は「はいはい」と土方の体を押して移動させる。
土方は「あ?あ?」と判らないままに山崎に押されるまま、甲板を歩いた。
そのうちに騒ぎを聞いて他の隊士達も顔を出す。
「副長?」
「お、島田…」
土方が唯一絶対に安心して信用できる島田の顔を見た時には、彼は山崎によって見知らぬ筒の中に閉じこめられていた。驚く土方を置いて、山崎が何やらごそごそと筒の外で作業を進める。
「一体何をしてるんです、山崎さん」
「ん? …新・発・明♪」
山崎の一人マイペースな声が響く。
土方はその言葉に顔面蒼白となった。
「ま、待て!山崎お前何をする気だ!? ま、まさか、まさかお前、俺を!!」
ドンドン!と筒を内側から叩くがそれはピクトもしない。
「島田!島田いるんだろう!? こ、ここを開けろ!!」
「副長?」
「はい、どいてどいて…」
島田の心配そうな声がしたが、それもすぐに山崎にどかされてしまった。
土方は暗い狭い筒の中に閉じこめられて、自分の心臓がバクバクいうのを聞いた。
そして…


「3.2.1…ファイア〜〜〜っっ」
山崎の呑気な声が響いた。


次の瞬間。



「あ」
島田はドスンっという船の揺れと同時に、船の柱の一つから火柱があがるのを見た。
が、それはすぐに消える。
その代わりに…ヒュ〜〜と何かが空を飛ぶのが見える。
「や、山崎さん、あれはっあれはもしかして!?」
「ザ・空飛ぶ副長」
山崎の声に、島田の顔色が消えた。





そして。



「も〜土方さんってば僕の着物が一着駄目になったんですからね!弁償して下さいよ!!」
「鉄、今はそれどころじゃないだろう!」
島田と鉄之助の言い合う声も、今の土方にはどうでも良かった。
「いや〜星になるってのはやっぱり命がけなんだね〜」
「いやはや、榎本殿がご無事でざんね…もとい、安心しました」
「そうかい? いや、ありがとう、相馬君」
何でアイツラはわざわざ甲板上であんな会話をしているんだろう。土方はのんびりと浜辺にこしかけながら思った。風は冷たいが、段々とそれにも慣れてきた。
山崎が甲板上で設計図を広げて眉をしかめる。
「おかしいな…何であっちに飛んだんだ? 計算では榎本殿と同じ場所に落ちる予定だったのに…」
「って、やっぱり副長の事を海に落とす気だったんですか!!」
「何言ってるんだよ島田。甲板に落ちたら激突死しちゃうだろうが」
「…ああ」
さも当然という風に答える山崎。
「島田…納得するな」
土方は小さく呟いた。
が、船は相変わらず波に揺れて、土方の落下した無人島の浜辺に近づけそうも無かった。



「一体どうして!?」
「もう無理なんじゃん?」
一人一生懸命に動き回る島田に、鉄之助がついて回りながら呟いた。
「お前はな!副長をこのままにしておけるか!!」
「だってさ〜この程度の波に負けるようじゃ、到底救出は無理だって。僕は事実を述べてるだけだよ」
へっくし!と風邪を引いてしまったのか、先に小舟で榎本共々救出された鉄之助がクシャミをする。
小舟はその救出の際に、どういうワケか壊れてしまっていた。
そこに「もし、島田君」と低い声がかかる。
その低く渋い声に2人が振り向くと、そこには立川が手を正面で合わせて立ち尽くしていた。
「立川さん…何か?」
「うん。あのな、土方さんの救出に関して何だが…」
「はい」
神妙な目の細い立川の顔を見ながら、島田が「何だろう?」と首をかしげる。
そもそも鉄之助は立川と同じ役職なのだから、面倒みてくれないかなと島田は内心で思った。
「土方さんはもう無理だよ」
これである。
「鉄!」
「いや、そうなんだよ」
「え、ええ!?」
島田がびっくりして立川を見ると、彼は静かに土方の佇む無人島を指さして、そして言った。
「あの島…非常に強力で恐ろしいまでの怨霊に支配されているんだ。そしてその怨霊が土方さんを離そうとしない」
そういえば…と島田は思いだしていた。
立川の趣味は、霊感の高さを活かした除霊だったはず。
「な。なら除霊を!!」
「う〜〜ん」
「立川さん!!」
「君にもこの名前を言えば判るかなぁ。その怨霊って言うのがね…」
しがみつく島田に体を揺さぶられながら、立川は言いにくそうに呟いた。

「…あの、伊東参謀の怨霊…なんだよ」
と。





それを聞いた瞬間に、さすがの島田にも諦めの色が濃くなった。
そして無人島の土方を眺める。




土方はというと…
浜辺に○を描き、ケンケンパをして遊んでいた。






遥かなる北の大地でどうする土方!どうなる土方!
彼の行く手は魑魅魍魎で一杯だった…









□ブラウザバックプリーズ□

2008.7.24☆来夢

白いクリオネたち




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