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きっかけは近藤のいたずらだった。 ちょっと土方をおどかして遊ぼうとした彼の為に、土方は部下を総動員して近藤の機嫌をとろうと頑張ってくれてしまったのである。 それが結果的に何を引き起こしたのかは… 大晦日の夜、それは起きていた。 大部屋では平隊士達が飲めや歌えやの大騒ぎをしている。 その楽しそうな声を聞きながら、近藤をもてなしている幹部達。 総指揮をとるのは土方。マッサージに永倉と島田。総司がお酌をし、左之がつまみを用意している。 時々つまみ食いするその手を叩きながら、土方は叫んだ。 「斎藤!舞いを舞え!!」 その声に、いつもの通り無表情な斎藤が立ち上がる。 そして一同の視線が集まる中で、彼は近藤の前に立つと恭しく頭を下げた。 あくまで無表情なまま、斎藤が「では…」と呟く。 その手には、いつの間にか扇子が握られていた。 「人間五十年〜」 歌いながら踊る斎藤。 それは舞い、というよりは…能? 腕をまっすぐに伸ばし、ピンっと伸びた背筋がくるっと右へ、左へ向く。 「下天のうちを〜」 そのあくまでマイペースな踊りに、部屋中に冷たい空気が流れる。 だが、そんな事には気付かないのか気にしないのか、斎藤は淡々と踊りを続けた。 あまりの斎藤の堂々とした踊りっぷりに、思わず言葉を失っていた土方。 彼はハッと気を取り直して、周囲を見渡した。 すると、近藤を始めとした他の面々が、口をぽかんと開けて魂が抜けかかっているではないか。 「や、止めだ止め止め、斎藤止めろ〜〜!!」 「は?」 土方の声に斎藤がピタっと動きを止める。 と、部屋にいた人々の顏に急に生気が戻ってきたのが手に取るように分かる。 「あ〜何だったんだ」 「今俺、息してなかった気がする…」 口々に呟く仲間の声に、土方は呆れて斎藤を見つめた。 「お前は呪術師か!!」 「何のことですか?」 不思議な顏をするばかりの斎藤に、土方は改めて命令したのである。 「もっと場を楽しくしろ!!」と。 その要求に相変わらずの無表情で首を傾げる斎藤。 そして彼がしばらく考えた末に取りだしたものとは…。 吹き矢。 呆気に取られる土方に向かって、斎藤は何のためらいも無くそれを打ったのである。 チクっと土方の首に小さな痛みが走る。 「? お、お前一体何を…?」 眉間に皴を寄せる土方。 そんな土方に対して、斎藤が右手を上げた。 すると… 「お前、人の質問を聞いて…」 むっとする土方の右手も上がったのである…本人の意に反して。 「あ?」 続けて自分の右手を不思議そうに見る土方の左手が上がる。もちろん土方の意志ではなく。 嫌な予感を抱きながら土方が斎藤を見ると、彼の両手も上がっていた。 「…………えぇ〜とだな…」 土方は両手を下げようとした。 が、下がらない。 「ふん!」 渾身の力を込めるも…やっぱり下がらない。 ますます嫌な予感…いや、不吉な確信めいたものを抱きながら、土方は斎藤に訊いた。 「まさかお前…」 そんな土方に、斎藤がにこりともせずに言った。 「遠隔操作二人羽織」と。 斎藤の言葉に土方の顔がさ〜と青ざめる。が、他の面々は喜色満面である。 「まじかよっ!?」 「うわ〜やってみせて下さいよ、斎藤さん!!」 きゃっきゃっきゃっとはしゃぐ一同。 土方がそっと近藤の様子を窺うと…… 「面白そうだなぁ」 乗り気だった。 その瞬間、土方はまだ自由に動く足でその部屋から飛び出した。 「じょ、冗談じゃねぇぞ〜〜〜!! 有効範囲外に脱出してやる!!」 「それは無駄な努力です」 「けっ!やれるもんならやってみ…」 そんな捨て台詞を吐いて飛び出した土方の首が、不自然な方向にグキッと曲がる。 斎藤が突然首を回したのである。 もちろんよそ見状態で走ってしまった為、土方は廊下の突き当たりの壁に(体は)正面から衝突した。 「ふ、副長!?」 只一人、土方を心配して部屋から顏を出した島田が叫ぶ。 「…くそ!!」 首があらぬほうを向いたまま、土方は気力で立ち上がる。 「この野郎〜〜!! 島田!斎藤の顔を正面に戻しやがれ〜〜!!」 「は、はいっ」 怒鳴りながらも、より遠くへと逃げる土方。 島田が慌てて部屋に視線を戻すと、斎藤の右足が頭上に向けられていた。 島田がはっとした瞬間、遠くからズドドドーン!!という人が転ぶ音が響いた。 「あちゃぁ…」 今頃土方は…と想像した島田の考えに相違なく、土方は廊下で一人右足を頭上に向けたまま倒れていた。 「斎藤!右だ右!!」 「斎藤さん左手こっち〜〜!!」 「斎藤、でんぐり返ししろ、前方回転!!」 やんややんやの声が降り注ぐ中、斎藤の体が奇妙な動きを繰り返す。 それはそれだけでも見物なのだが、何より楽しいのが… 「うぎゃ〜〜〜!」 ドンガラガッシャン!!! ドドドドド 副長〜〜〜!? 遠くから聞こえてくるそんな物音。 斎藤が変なポーズをとる度に、どこかで土方が悲惨なことになっているのかと思うと…止まらないのである。 そして土方はその通り、平隊士達が宴会を開いている部屋の障子に頭を突っ込み怒りに震えていた。 「くそう!!」 何とか斎藤の支配力が緩む一瞬一瞬を使って、土方はその場で立ち上がる。 すると突然障子を突き破って現れた土方を驚愕の眼差しで見ていた隊士達が、「ひぃい!!!」と悲鳴を上げた。 何だ?と土方が彼らを見下ろす。 その額につ〜と血が一筋伝う。 「あん?」 不審げな顔をして自分の頭部を触る土方。何と彼の頭部には、折れた障子が突き刺さっていたのである。 「…っ!!」 愕然とする土方。 怖くて声も出なくなってきた隊士達。 「うおうのうれぇ〜〜〜〜!!! 斎藤め!ただじゃおかねぇ!!」 怒りのあまり自ら突き刺さった障子を引き抜く土方。 その傷跡からピューっと血を噴きながら、土方は近藤の部屋に向かって駆け出した。 …が、その瞬間、両足が左右直角に開かれてこけたのである。 グキッと嫌な音がした。 土方はまるで相撲取りの股割りのような格好で…悶絶していた。 ドドドドドドドドド!!!と誰かが走ってくる物音を聞きながら、島田は必死に斎藤にお願いする。 「さ、斎藤さん!もう良いじゃないですか!!」 「いやいや、これは副長命令だから」 「副長はそんな命令してないですよ!」 「したさ。場を楽しくしろって…」 くいっと斎藤が顎で示すほうを見る島田。 そこでは土方に取らせたいポーズを考える人々の笑顔が溢れていた。 もちろん、近藤も満面の笑み。 「副長、あなたの負けです」 思わず島田がガクゥっと肩を落とした時、廊下に土方が現れた。 「斎藤!」 「はい?」 返事をしながら斎藤が後方回転をした為に、土方が縁側から落下する。 「あわわわわ!!」 慌てて土方を救出に向かう島田。 「っの野郎〜〜〜!!」 泥だらけの顏で、土方が起き上がる。 そんな土方の方をくるっと見て、斎藤は言った。 「では、最後の芸をお見せしましょうか」と。 「最後の芸だと!?」 怒鳴る土方に斎藤が淡々と言う。 「副長、ちゃんと話を聞いて下さいね」 「聞いてるじゃねぇか!!」 島田は思った。 斎藤が土方の方を向いた為に、土方の顔が斎藤の方ではなく庭の方を向いてしまっているので、端から見たら土方が「聞く耳持たず」だろうなぁ…と。 最後の芸と言った斎藤が、またもや何かを取りだす。 今度は何だ…?と不安そうな顏をする島田。 「何だ何だ今度は一体何を企んでやがる!?」 斎藤を見られない土方が苛々とした声を上げた。 すると、その耳に突然笛の音が響いたのであある。 ひゅ〜ひゃらりらりらり〜〜〜〜 「さ、斎藤さん?」 「あんだ?」 突然横笛を吹き出した斎藤。 その音に、部屋の中の面々も何事かと顔を出す。 そして一同(土方以外)の視線が集まる中、斎藤が笛を吹いていると… 大晦日の夜空に、白い雲が発生したのである。 「げ!?」 「わ!?」 驚く人々の見守る中、その雲がもくもくと大きくなっていく。 …と思ったが違った。 大きくなっているのではなく、近づいてきているのだ!! 「さ、斎藤さ〜〜〜ん!?」 一体何を!? 一同がそんな疑問を持つ中、その雲はとうとう彼らの目の前までやってきてしまった。 そして… 「お、おい!?」 土方が悲鳴を上げた。 その雲が、突然土方に巻き付いてきたのである。 驚く土方にぐるぐると巻き付いた雲は…そのままふわりと再び空に向かって動き始めた。 土方を連れたまま。 最悪の想像に土方が叫ぶ。 「お、お、おいっ!や、やめろ〜〜〜〜!!」 「ふ、副長〜〜〜!?」 島田が勢いをつけて飛び付くが、寸前のところで届かなかった。 一同が呆然と見つめる中、土方を連れた雲はどんどんと上空に上がっていく。そしてそれが高くなるにつれ、土方の姿が小さくなっていく。 それを見ながら島田は斎藤に尋ねた。 「副長をどこへ!?」 その質問に、斎藤はやっぱり無表情のまま答えたのである。 「…月」 そう一言。 「誰か助けてくれ〜〜!! 勇さ〜〜〜ん!!」 そんな悲痛な悲鳴を残して、土方は…空の彼方に消えていった。 愕然呆然とする島田の耳に、近藤の声が届く。 「いや〜楽しかったなぁ」 え!?と振り向く島田の目に、先ほどと変わらない笑顔の人々が映る。 「皆のおかげで良い夢が見られそうだよ」 ほくほくと笑う近藤。 思わずその顏に島田は冷たく呟いてしまう。 「私には悪夢でした」と。 それを聞いた沖田がニコニコと島田に近寄ってきて言う。 「きっとそれが島田さんの初夢なんですね!」 その土方の心配などかけらもしていない態度に、もうやけっぱちになった島田がむっとする。 「そうですかね」 「きっとそうですよ!そういえば…初夢って現実になっちゃうんでしたっけ? いや〜気を付けて下さいね」 きゃっきゃっきゃっと笑って去って行く沖田の背中に、島田は最後のもう一言だけ呟いた。 「…もう、なってます」 さて、月に連れ去られた土方の行方。 後日、壬生寺の竹林の中から発見されたとか、されないとか… |
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