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暖かな布団で眠る事が、そろそろ暑くなってきた季節。 今まで心地よかったぬくもりに眉をしかめ、目覚める事も少なくない。 少しばかり汗が気になる体。 胸元にそんな寝苦しさを覚えて、土方は「う…ん」と顏をしかめた。 段々と浮き上がってくる意識の中で、瞼にかかる眩しさに気付く。 ああ、今日も晴れているらしい。 梅雨明け以来、京の空は一気に夏への道をひた走っていた。 そろそろ布団も考えなければ…と土方が目を開けた瞬間。 いきなり天井から檻が落下してきたのである。 「っっ!?」 土方は目覚めたての目を、ガバッと見開いた。 「〜〜〜〜っ!!」 しゅ〜〜っと音を立てて自分めがけて落下してくる檻に、土方は慌てて身を転がす。 が、一瞬間にあわず… ドン!! 重たい音と共に、檻は見事に着地した。 ちょうど土方の眠る布団を囲むだけの大きさの檻は、その中に土方を閉じ込め…きれなかった。 「うぐぐぐ…」 檻と畳の間に頭を挟まれ、土方は唸った。 「い、一体、…何がどうなってるんだ!?」と。 「…朝から災難でしたね、副長」 島田が心からの声で言う。 そんな彼に、檻に頭を強打された事で出来た傷の手当てをしてもらいながら、土方はムスッと口をヘの字に曲げた。 「災難じゃねぇ!災厄だ!! 誰かの悪意を感じる!!」 「悪意って、そんな」 苦笑する島田に、土方は立ち上がり叫んだ。 「そうじゃねぇと言うなら、一体何だってあんなものが落ちてくるんだよ!?」 そう言い、ビシッと土方が指さす先には、部屋の真ん中に鎮座する…檻。 まるでキュウカンチョウが入っていそうな檻である。 確かに、たまたま天井から落ちてくる、といったものではない。 「ま〜…確かに〜…う〜ん…」 「誰かが俺に喧嘩を売ってやがるんだ!」 「でも屯所の中ですよ? まさか隊士の中に…」 「島田」 一応土方をなだめる気だったのか、笑って誤魔化そうとする島田に、土方がグンっと顏を近づけた。 眼前に迫る土方の顔に、島田がちょっと赤面する。 だが、土方はそんな事には構わずに断言した。 「俺は、屯所が心安らぐ場所だなんて、思ってねぇからな」 「………はは」 この発言には、島田も流石に笑うしかなかった。 だが、笑わない人々もいた。 「聞きましたか、今の!」 怒ったように眉をしかめる顏。 「まるで自分が被害者のような言い草だな」 うんうんと頷く顏、顏、顏。 土方の隣の部屋では、ある秘密会議が開かれていたのである。 「とりあえず檻は失敗しました。次行きましょう、次!」 「ほいな」 すると、誰かが手を上げて立ち上がった。 土方は手当てを終えると、部屋を出ようとした。 それを見上げ、島田が言う。 「どちらへ?」 「…厠」 「失礼しました」 「…いや」 頭を下げる島田をおいて、土方は廊下へ出た。 朝からバタバタとしている…と溜息をつき、彼は厠へ行こうとした。 その時。 いきなり彼の足下が動いたのである。 「…〜〜〜!?」 驚く土方の足下で、廊下(だと思っていた板)がスルスルスルスルとどこかへ引っ張られていくではないか。 土方は倒れないように必死にバランスをとりながら、その動く床の上をついていく。 「ど、ど、どうなってるんだ〜!?」 物凄い速さで移動する足下。 突然のことにも関わらず必死に立っていた土方だったが、ふとした瞬間に体が崩れた。 「うわっ!?」 回転する視界に、思わず叫ぶ土方。 彼は思いっきり尻餅を付き、そしてゴロゴロと後方回転していく。 「うぎゃ〜〜〜!?」 「副長!?」 その叫びに驚いて、島田も部屋から飛びだしてきた。 土方の体はゴロゴロと転がり、島田の足下に衝突して…止まった。 「ふ、副長…、何を?」 「…………」 島田は、自分の足にぶつかって止まった土方を見下ろす。 その土方はといえば、止まる際に島田の足に強打した尻を抱えて…震えていた。 物陰から声がする。 「ま〜た失敗ですよ!」 「運が良いのか悪いのか…」 「とにかく…次!」 声は苛々と吐きだすように言った。 土方は苛々と尻を擦りながら厠に飛び込んだ。 その後を、心配した島田が追いかける。 「ふ、副長、お尻は大丈夫ですか!?」 「お前笑っただろう!?」 バン!と厠の扉を閉じ、土方は中から怒鳴った。 その扉にすがり、大男島田はうろたえる。 「そ、そんな、めっそうもない!!」 「い〜や、笑ってた!ちくしょ〜〜っどうなってるんだ!」 「笑ってませんよ副長!信じて下さい!!」 「俺はあの顏を一生忘れない!くそ〜誰が何のために…」 「忘れないでいて下さるのは嬉しいですが、私は笑ってません!断じて!!」 「じゃあ、忘れてやる!誰かが俺を狙ってるぞ!?」 「忘れないで下さい〜!! 笑ってましたぁああ〜〜!!」 島田が厠の扉に向かって叫んだところで、いきなり扉が開いた。 中からは不機嫌そうな土方が顏を覗かせる。 「認めやがったな」 「…副長…あなたって人は…」 ううう…と泣きそうな島田に向かって、ふんっと土方が鼻息一つついた時。 突然厠が地下から吹き飛んだのである。 チュドーン!!という爆音を背中で聞きながら、土方の目が点になった。 島田の目も点になる。 土方の真後ろ、間一髪の位置での爆破劇に二人は目を見合わせると…。 「ああああああああっ副長ご無事で〜〜!?」 思わず叫ぶ島田に向かって、土方は一喝した。 「目の前に立ってるだろうが!!」 「じゃ、じゃあ、早く安全なところへ…」 島田は土方の手を引こうとした。 のだが。 土方は動くのをためらう。 「副長…?」 「……っち!」 土方は舌打ちをした。 それを不審に思ったのと、一体どうして厠が吹き飛んだのか…と島田がこっそり土方の背後を伺う。 その直後、島田は慌てて口を手で押さえた。 「……ぷっ…」 彼は思わず吹きだしてしまったのである。 そんな島田の顔を、土方がギロリと睨む。 その土方の背中はというと、今の爆発でか着物が吹き飛び…赤く腫れた尻が見えていたのだった。 苛々苛々苛々と、土方は着物を着替え終えた。 頭も痛いが尻も痛い、何より一体何が起きているのかと頭痛がする。 朝から妙な事の連続だ。 「副長…」 こっそりと、島田が部屋に顔を出す。 「…何だ」 そんな彼に、笑われた土方は冷たい視線を向けた。 島田はその視線に怯えながら、おずおずと口を開いた。 「あの、ちょっと…大変な事が…」 「何が!?」 苛苛苛苛苛苛苛苛苛苛苛苛苛…土方が怒鳴るように尋ねると、島田は怯えながら土方の部屋の障子を大きく開いた。 その部屋の前には、廊下を挟んで中庭がある。 「何を…?」 眉をしかめる土方の前で、島田は「あれを…」と土方にある物を示した。 そこにあったものとは。 縄で縛られ座り込む近藤。 と、その頭上にある巨大な…籠。 籠が斜めに近藤を覆っているのだが、つっかえ棒のような物が見え隠れしている。 まるでそれは、小動物を捉える罠のようだった。 「…何だ、あれ」 ボケっと思わず口を開けてしまった土方に、近藤が叫んだ。 「おお〜い、助けてくれ〜歳〜」 「………何で?…」 そのあまりの緊迫感の無い叫びに、土方は一歩も動かない。 というより、動けない。 逆に妙な迫力のある図だったからだ。 「何でって、親友じゃないか〜、おお〜〜い!」 「いや、親友だけど…何しているんだ? 近藤さん…」 「捕まってるんだ、助けて〜〜っ」 「…誰に?」 土方は廊下に出ると、そこにしゃがみこみ近藤を見た。 助ける気など、まるで無い。 「誰って…いや、それより早く助けて…」 「助けに入ったら、それ、降りてくるだろ?」 それ、と土方は巨大な籠を指さす。 近藤もまた、頭上を見上げた。 「そ、それはそうなんだが、そうなってくれないと…折角頼まれて…」 ゴニョゴニョと何か言う近藤に、土方は冷めた視線を送ると、黙って立ち上がった。 「…悪いけど、仕事あるんで」 そう言って背中を向ける土方。 そんな親友の姿に、近藤は叫んだ。 「ちょっ!!」 「ちょっと待った〜〜〜〜!!!」 近藤の声をかきけして、ザザザザっと物陰から誰かが飛びだしてきて叫んだ。 それを予測していたのか、土方はゆっくりと振り向く。 するとそこにいたのは… 「ちょっと冷たくないですか、土方さん!!」 「そうだそうだ!! 助けもしないとは!!!」 「人でなし〜鬼〜〜!!」 「…てめぇらか…」 それは、総司・新八・左之の三人であった。 あと、叫ばないが山崎もそばにいる。 その面々の顏を見ながら、土方は呟いた。 「朝からの妙な事は…全部てめぇらだな?」 ユラユラと怒りのオーラが燃える様子に、島田が「ひぃいい〜」と悲鳴を上げる。 だが、総司達は一行に構わない。 「捕まって下さいよ!!」 「阿呆か!!」 さも当然と叫ぶ総司達に、土方も怒鳴り返す。 「誰が好き好んで捕まるか、ボケ!!」 その土方の態度に、総司達は顏を寄せ合って…改めて向き直ったのである。 「良いですか、土方さん!!!」 改めて言い直す総司達に、土方が「ん?」となる。 その顏に向かって、総司が代表して叫んだ。 「今ならもれなく、近藤さんに伊東参謀の飼い猫もお付けします!!」 突然の事に、土方の顔がまたもやぽかんとなる。 「あいつ猫なんて飼ってやがるのか? つか、いらん!」 「いやいや、では伊東参謀ご本人もお付けします!!」 総司が言うと、いきなり伊東が現れ、猫を抱きながら「はっはっはっは〜」と近藤の隣に座った。 それを見て、土方が更に顏をしかめる。 「更に更に、今だけ!島田さん特製のお汁粉もお付けします!!」 「そりゃお前の好物だろうが…」 土方の顔が、しかめ面からあきれ顔に変わる。 「んも〜〜っ出血大放出!! 包丁3本もお付けします!!」 「だからいらねぇって」 「なんとこの包丁!3本揃うと兼定になります♪」 はっと土方が自分の腰元を見る。 「無い!?」 そこには、あるはずの愛刀・兼定の姿が…なかった。 「何〜〜〜!?」 「さぁ土方さん!これだけの物が揃って、たったの10両ぽっきり!さぁ、どうだ!?」 「どうだって…金取る気か!?」 にっこり笑う総司達に、土方の顔がヒクヒクと痙攣する。 「お、俺のものに俺が金払う道理があるか!? しかも、いらないものもあるぞ!?」 その土方の叫びに、近藤が「酷い」と言ったが、伊東は自分の事とは思わなかったらしい。 総司はあくまでニコニコと、土方に言った。 「10両で良いんです」と。 「10両…どっかで借金しやがったな?」 土方が冷たく返すと、総司の笑顔が…固まった。 「だってしょうがないんですよぉおおお〜〜〜!!!」 「やっぱりか!この野郎!!」 「私は葛切り屋さん、永倉さんと原田さんは花街、山崎さんはカラクリ屋さんで…それぞれ借金が!!」 「だからって俺にたかるな!!」 「違うんですよ!ちょっと待ってくれ!!って言ったら、「金か土方を寄越せ」ってぇ〜〜!!」 「特に花街の方々が」 こっそり付け足された山崎の言葉に、土方がガクゥっと崩れ落ちた。 「あ、朝からそんなことの為に…」 「土方さんったら中々捕まってくれないんですもん」 ぶすっと拗ねる総司を、土方はぎっと睨んだ。 「いちいち俺を巻き込むな〜〜〜〜〜〜!!」 それは、土方の魂の叫び…であった。 のだが。 総司は気にせずに笑った。 「でもほら、売れる時に売っちゃわないと…ね♪」 はしゃぐ弟分に、土方は小さく呟く。 「俺は売り物じゃねぇっつうんだ…」と。 倒れる土方を見ながら、島田は山崎に尋ねる。 「カラクリ屋って…何を買ったんですか?」 「……内緒」 山崎は島田に向かって、ニヤ〜と笑った。 その笑顔に、島田は何も言えなくなったという…。 何はともあれ、土方は売られずに済んだ…らしい。 京の日は、平穏無事に過ぎていく… |
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