あなたは冷たい氷のようで


奈落絶佳





雪厳しい北の大地に根を張る、五稜郭。
明るくない戦況と同じく空は澱み、空気は停滞気味だった。
そんな気配の中を、土方は己を訪ねてきたという客人の待つ部屋へと急いでいた。
「誰なんだ?」
「さぁ?」
土方に来客の報をもたらした島田は、彼の後を歩きながら首を捻った。
「…どうやら民間人のようで…」
「…武器商とかか?」
眉根を寄せた土方が、応接間の扉を開けた。





「遊廓を経営しております」
土方と島田は顏を見合わせた。
部屋で待っていたのは小さなおとぼけた老人一人。
尋ねてみれば武器など持てそうも無いしわしわの手をふるふると振って、その人は笑った。
「遊廓?」
想像していなかった返答に、土方は正直に悩んだ。
「…その…遊廓の経営者が私に何用か?」
座る土方の背後に控えながら、島田も考える。
最近土方も自分も、遊廓になんて足を運んでいないのに…と。もしや新選組隊士の誰かが何か問題でも起こしたか?
同じ思いが土方の脳裏もよぎったらしい、またまた2人はちらりと視線を合わせた。
そんな2人に対して、老人は外れそうな顎をかくかく言わせて笑った。
「いやいや、私はあなたをお迎えに来たのですよ」
「は?」
「いや〜これはこれは、聞きしに勝る美人さんだ。さぞや良いお得意さんがつくだろうて…」
老人はしっかりと土方を見ながら笑っている。
その笑顔と裏腹のコワイ発言に、土方は目を丸くした。
「俺を、迎えに?」
「ええ。見るまでは不安だったが…さてさて、これはこれはの目っけ物だ」
老人の笑顔が、そこでニマ〜といやらしく変わる。
思わず背後の島田にしがみつきながら、土方は嫌な予感を胸に抱きつつ尋ねた。
「失礼だが、おっしゃってる意味が良く判らないのですが」
島田も何ごとかと見守る中で、老人は断言した。
「だから、あんたを遊女にするべく迎えに来たんだよ」
次の瞬間、五稜郭の屋根にドカンと穴が開いた。



ドンドンドンドンドン!!!と銃弾の音がひっきりなしに五稜郭を貫く。
それも内側から。
「ふっ副長!落ち着いて下さい!!」
「これが落ち着いていられるか〜〜〜〜!!」
音の出所を訪ねれば、土方が両手いっぱいに銃を抱えて歩きながらそれを天井にぶっ放しているではないか。島田は必死にそれを止めようとするが、土方の血走った目に睨まれて黙らざるを得ない。
「畜生!人を飲み食いのみならず、女を買った代金にしやがって!!」
ガルルルルルル…と唸る土方に、島田はもう口をパクパク言わせるしかない。
「鉄〜〜〜!! 大鳥〜〜〜!! え〜〜のもと〜〜〜!!!」
土方は名前を叫びながら、ドカンドカンとまた銃を乱射した。
「出てきやがれ〜〜〜〜!!」
ドカンドカンドカンドカン!!!!と叫びながら銃を上に乱射している土方の足にしがみつき、島田は悲鳴を上げ続けていた。
その騒ぎの前に。
「…呼んだ?」
普通に。
「やあ、僕も呼ばれた?」
近所に買い物でも行く感じで。
「…大鳥…榎本…」
土方の目の前に2人の男が現れたのである。



ジャキン!と銃を正面に構えた土方を見て、島田は叫んだ。
「お2人とも逃げて下さい!!」
しかし言われた2人はキョトンと顏を見合わせる。
「何で?」
「何を土方君は興奮しているのさ?」
あくまでのほほんとしたその態度に、島田が何か言うより先に土方が切れた。
「てめぇら!昨夜はどこに居やがった〜〜〜!!」
ドカドカドカ!!と言いながら銃を2人の足下に乱射する土方に、榎本が飛び跳ねながら応える。
「え、いや、大鳥君と仕事してたよ〜…ねぇ?」
「そうさそうさ!」
榎本同様に飛び跳ねる大鳥は、跳ねながらも頭を押さえる事を忘れない。
2人のとぼけた顏に、土方は一反銃を止めると笑った。
「ほう…そうかそうか。実はなぁ、つい今の事なんだが…」
土方は胸から一枚の紙を取りだして、2人に向けてピラリと開く。
「俺に遊廓から借金の形として遊女になれと、ありがたいお誘いが来てなぁ」
ふっふっふっふっふ…と笑いながら言う土方が、島田には鬼より怖い。
榎本と大鳥もその殺気を感じたのか、両手をホールドアップしながら土方を見つめた。
「その借金して遊廓で飲み食い女を買いやがったヤツの名前が…」
ぺシぺシと、土方はどうやら借金明細書らしいその紙を指で弾いた。
「Mr.トリーにMr.カマー…そして、俺の息子になってんだよ、これが!」
あっはっはっはっはっと今度は高らかに笑いだした土方に、島田は脂汗をだくだくと流し、大鳥と榎本は一緒に笑うしかない。
「あっはっは…ど、どこの外人だろうね、ミスター…カマー?」
「本当だね、どこのどいつだろう、ミスタートリーなんて…」
冷や汗をかきだした顏を見合わせた2人に、土方は正面に銃を構えた。
「てめぇら以外の誰がいる〜〜〜〜!!!」
そして何のためらいも容赦も無く、土方は銃を撃ち放ったのである。





「ぎゃ〜〜〜〜〜!?」
「ほ、本当に撃ったね土方くん〜〜!?」
「当たり前だ!ぶっ殺してやる〜〜!!」
「副長っ殺すなら戦場でどさくさに紛れた方が利口です〜〜〜!」
冬の五稜郭の冷たい空気漂う廊下を、熱量豊富な人々が駆け抜ける。
その様に通りかかってしまった人々が固まるのも構わず、土方は逃げる2人に銃を撃ちまくっていた。
それが外れる度に五稜郭が損壊していくのだが、そんなのに構っている余裕のある人間はいない。
「何で俺がお前らの為に遊女にならにゃいかんのだ〜〜〜!!」
「だ、だって、鉄君がそれで良いって言うから〜〜〜!」
きゃ〜〜〜っと逃げながら叫ぶ大鳥に、土方は頭スレスレに銃を放ち叫んだ。
「あのクソガキの言葉を真に受けてどうする〜〜〜!」
シュンッと頭をかすめた銃弾に、大鳥がハラリと落ちた髪の毛2本を慌ててキャッチする。
その髪の毛に対する大鳥の執念に、島田は思わず感心してしまったのだが。
土方は再び頭上に銃をぶっ放して叫んだ。
「鉄之介〜〜〜!!!」
今生の天敵、生きる小悪魔、地獄の鍵をも壊す少年の名前を。



そこに。
「五月蝿いですよ、副長」
膨れっ面を隠そうともせずに鉄が顏を出したのである。
何故か伊庭に肩車をしてもらっている少年は、目線は土方より上になっていた。
「てめぇ鉄!いつから俺の息子になった!?」
ガウっと叫んだ土方の言葉一つで事情を察したのか、鉄は突然笑顔になって土方に応えた。
「やだな〜僕ら新選組隊士は全員、土方副長と近藤局長の子供たちですよ♪ね、島田さん?」
「ええ!?」
突然話しを振られた島田は、思わず母親姿の土方を想像してしまい、鼻を押さえてしゃがみこんでしまった。
「そんな親不孝な子供は、いらん!!」
しかし土方はそんな島田に関心も見せず、鉄に銃口を向けた。
これまたしかし、鉄もそんな事には動揺しない。
「いやそれより副長」
「何だ!?」
「実は僕、考えている事があるんですよ〜」
銃を向けられてなお余裕しゃあしゃあの鉄に、土方は苛立ちを隠せないが一応聴く。
「だから何だ!?」
「銅像作りましょうよ、副長の」
「銅像!?」
呆気に取られる土方に、鉄はにこにこ顔で語る。
「そうそう銅像♪で、着物姿が良いか洋装姿が良いか遊女姿が良いかって、僕悩んじゃって〜」
「へ〜そうかそうか、そんなに悩んでいたのか」
「そうなんですよ、副長ご自身はどう思いますか?」
にこにこと尋ねる鉄に、土方もニコニコと笑い…
「まずはお前を白装束で棺桶に放り込んでやる〜〜〜!!」
いきなり銃をぶっ放したのである。
「うお!?」
伊庭が反射的によけると、土方は即座に次の射撃体勢に入る。
そんな物騒な事態の中で、鉄は伊庭の上でプンプンと腕を振った。
「なんて失礼な言い草と態度ですか、副長!!」
「失礼なのはどっちだ!!!」
「わ〜〜〜〜〜んっお母さんが虐める〜〜〜〜!!」
ああ言えばこう言うの繰り返しで、鉄はわざとらしく両手を顏に当てて泣きだしたではないか。
「おいおい、歳さんちょっと大人げ無いんじゃないの?」
「五月蝿い!ならこいつは子供気が無いじゃないか!!」
伊庭の呆れた顏に土方は叫んだ。
そして即座に鉄に銃口を向けた瞬間…
「これ!!!」
その後頭部を誰かにベシっと叩かれたのである。




驚いて振り返ると、土方の後頭部を叩いたのは例の老人であった。
彼はカクカクと崩れそうな体を震わせて、土方に怒鳴った。
「母親が実の子供に、なんて態度だ!!!」
「は、母親〜!?」
叫ぶ土方に、鉄の鳴き声が被る。
「うえ〜〜んっお母さんごめんなさい〜〜!!」
「まったく!子供をあんなに泣かせるとはっ。うちで母親としての教育もしてやるから、来なさい!」
子供らしく泣く鉄を同情した風に見つめて、老人は土方の腕を引いた。
その有無言わさない様子に、土方は少し狼狽した。
しかし、誰が何と言おうとも、あれは俺の子じゃない!!!
土方はそう叫ぼうとして、鉄を振り返った。
その時、土方に目に映ったものは。
「…にや…」
泣き顔の隙間から見せた、鉄の本来の顏…そう、小悪魔の笑みを土方は見てしまったのである。
それを目にした瞬間、思わず土方の脳の細胞が幾つか吹き飛んだ。
咄嗟に老人の手を振り払い、銃を構えて鉄を撃とうとした土方。
「あっ!」
老人は叫んだが、老人の反射神経では土方の素早い動きに敵わない。
「クソガキが!!!」
土方がそう叫び、引き金を引こうとした瞬間。



「伊庭さんロケットパンチ発射〜〜〜!!」
鉄の、子供の反射神経の方が一枚上手だった。
鉄は伊庭の義手をはめ込んだ左腕のどこかを、ポチッと押したのである。



土方の指が銃の引き金を引くより、早く。
伊庭の左手の義手が、勢い良く吹きだす。
そして…
「うぐぁ!?」
土方の股間を、直撃したのである。





一瞬のうちの出来事に、誰もが目を丸くしていた。
島田は未だに鼻を押さえながら、倒れる土方を見て。
伊庭は、自分の左手が飛ぶのを呆然と眺めて。
老人は、倒れた土方が股間を押さえてもがいているのを見て…
「…お、お前さん、男だったのかい?」
愕然と、呟いたのである。




結果的に、土方は遊廓には連れていかれずに済んだのだが。
「…ふ、副長、まだ…痛みますか…?」
シクシクと泣きながら布団に横たわった土方を、島田が看病し。
「ゴメンよ〜歳さん、俺の左手のせいで…」
鉄に勝手に体を改造されていた伊庭もそれに付添い。
「あんのクソガキ、いつかぶちのめす」
土方は布団を噛みしめて、痛みに堪えたという。


大鳥と榎本が、土方によって壊された天井などの修復現場に走っている頃。
「副長の体が元に戻ったら、型を取ろう〜っと」
鉄だけが一人元気に笑っていた。




ここは北の五稜郭。
戦う男達の咲き乱れる…地獄の一丁目。










□ブラウザバックプリーズ□

2008.6.9☆来夢

艶やかに鮮やかに男盛りが咲き誇る




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