少年たちよ、野望を抱け

めぐりあい

慶応三年、新選組は揺れていた。
まだ空気の冷たい春、かねてから不穏な気配の色濃かった伊東一派が離脱。御陵衛士として新選組を離れた事も大きかったが、時代はそれ以上に大きなうねりを持ち始めたのである。
大政奉還。
この言葉が土方の耳に届いた時、土方は江戸の土を踏んでいた。



不安はある。
隊士の中に芽生えたそれは、次第に局内を襲うだろう。
だから土方はいつも通りにしていた。
土方はいつも通り、厳しく寡黙で峻烈だった。
江戸での隊士募集を終え、彼は秋が終りを告げる頃には京都に舞い戻っていたのである。
「随分急がれましたね、土方さん」
「…総司か。俺がいなけりゃ、ここはまわらないだろうが」
土方は不堂村に構えた屯所に出迎えにでた沖田をちらりと見た。
「ふふ…そうですか?」と笑う沖田の姿は、以前とは比べ物にならない位に細い。そして白い。
沖田が労咳で倒れてからしばらく経つ。
これが最強を誇った新選組一番隊隊長か…そう思うと、土方の胸にチクリと痛みが走った。
気のせいか肩も重い。
やはり普通を装っていても、そうはなっていないのかもしれない…が、ここは押し通さねば。
「無理はなさらない方がいいですよ?」
「無理なんかしてねぇよ」
「そうですか〜? もうお年ですしぃ…長旅もいつもの倍以上に疲れたでしょう?」
「そんな事ねぇ。俺はこれが普通だ」
玄関で執拗に土方を問い詰める沖田。
「嘘ですよ〜ツライツライ」
「辛くねぇよ!!」
「本当ですか〜? 肩が重いんじゃないですかぁ?」
ニヤニヤと笑う沖田に、段々とむかむかしてくる土方。
「一体何が言いたい!?」
がうっと吠えると、屯所の奥から島田が顏を出した。
彼は土方の帰還を喜ぶ顏を瞬間で示したが、次の瞬間にはそれが不思議そうな表情に変わっていた。
「あ、島田さん、土方さんってば無理しているでしょう〜?」
「…いい加減にしろよ、俺はいつも通りで無理はしてねぇ!!」
「あの、副長…」
が〜〜っと吠える土方に、島田がおずおずと言う。
彼はそっと土方の背後に指をさすと、こう呟いた。
「その、背中の子供は何ですか?」と。





土方は「子供?」と振り向いた。…が、子供などいない。
右を向いても、左を向いても、ぐるりと一回転しても、子供なんていなかった。
「いねぇぞ?」
「ほらね、土方さんってば普通じゃないでしょう?」
「何だと!?」
仕舞いにはけたけたと笑いだした沖田の横で、大変申し訳なさそうに島田は言った。
「いえ、副長が背負っている子供の事です」
土方は一瞬戸惑った顏をしたが、おずおずと自分の背中を振り向いた。
すると…土方の背中にひっつく子供が、いた。
「…誰だ?」
「……市村鉄之助…です」
思わず尋ねた土方は、次の瞬間には背伸びをしてその子供を叩き落としていた。



むっすりと黙り込む土方の横では、沖田がこれ以上はないという位おかしそうに笑い転げている。
「え、江戸から新入隊士を背負ってきちゃったんですねぇっ!」
涙を流して転がる沖田の向こうには、小さくなっている…ように見えるが、実は実際に小さいだけの市村鉄之助がちょこんと座っていた。
「…こほん!…あ〜…君の入隊は断ったはずだが?」
「僕は納得してないし」
ピキっと土方のこめかみに血管が浮く。
「大体にして、人の背中に付いてくるなんて…」
「僕が納得しないうちに出発しようとしたからですよ。そしたら近くにいた隊士の方が、副長の背中にひっついて気付かれずに京都までこれたら口添えしてやるって…」
ピキピキ…とこめかみの血管が太くなる。
「誰だ、その隊士ってのは!!!」
「そう言われた夢を見たんですよ♪」
にはっと市村が笑った瞬間、沖田の笑いが弾けたように大きくなった。
「五月蝿いぞ総司!良いからこのガキ連れて出てきやがれ!」
「じゃ、じゃあ、この子採用ですか?」
「馬鹿野郎!不採用に決まってるだろうが!どっかほっぽり出せ!」
ゴロンゴロンと転げ回りながら笑い続ける総司に、土方が顏を真っ赤にする。
「冗談じゃない!僕はここまで来たんだから隊士になりますよ!」
「却下だ!」
「それこそ却下です!!」
「勝手について来たくせに、えばるな!!」
「ずっと背中にいるの気付かなかったくせに!! おじん!!」
土方と大声で言いあう市村少年。
もう総司は笑いが止まりようもないらしい。
そして部屋の外では、その騒ぎを興味津々で聴いている隊士達の姿があった。…というよりも、それだけの大声だと嫌でも聞こえてくるのである。
「…面白いぞ…」
それが大方の隊士の感想だった。





暫くして、腹を立てまくっている土方が席を外した。
「いや〜市村君でしたっけ? もう、気に入っちゃいましたよ、私は」
「恐れ入ります」
笑いすぎて流れた涙をふく総司に、市村少年はお澄まし顔で会釈した。
「どうぞ気軽に「鉄」とお呼び下さい」
「じゃあ、鉄君って呼びますね。私の事も好きに呼んで下さい」
「では、時に沖田先生…」
すっかり鉄が気に入った沖田は、鉄の言葉に耳を傾けた。
「どうすれば隊士として認めて貰えるでしょうか?」
その質問に沖田は「う〜ん」と少し考えた。
「そうですねぇ…。毒を飲ませて迫ると…死んじゃうし。清水から突き落とすと…やっぱり死んじゃうし。馬にでも轢かせて瀕死のところで、認めろって迫りますか?」
真顔で提案する沖田に、鉄は言った。
「犯罪以外で何か。殺すのはいつでも…」
「ああ、そっか…」
土方が聞いたら失神しそうな空気の中、二人は夜更けまで相談を続けた。



夜、激動の時世を駆け抜けようとする土方の親友、局長・近藤が戻ってきた。
近年では政治へ重心を傾けていた近藤は、局内の事は副長に任せて各方面を飛び回っていたのである。
それで何が出来るわけでもない、そう土方は思っていたが、近藤のその考えは語らずにおいていた。
「お疲れ、近藤さん」
「おお!歳こそ隊士募集御苦労だったな!」
やはり近藤の姿、声に安心する自分を自覚しつつ、土方は留守中の事などを聞こうと思っていた。
だが、二人きりの部屋で、近藤はやけに土方に近く座った。
「………近藤さん?」
小声でも充分に聞こえるだろう距離で、近藤は真剣な表情で土方を見た。
「聞いたぞ、歳」
「…何を?」
「お前…お前ってやつは…っ」
「…は?」
いきなり近藤は目をウルウルと潤ませると、がばっと立ち上がった。
そして驚く土方を見下ろして、その柔らかな頬をぺし!と叩いたのである。
「………〜〜〜〜っ!?」
呆気に取られる土方は、思わず叩かれた頬を手で押さえながら近藤を見上げた。
すると近藤は潤んだ目からぽろぽろと涙を落としながら、土方に語ったのである。
「お前…子供がいるならいると、何故親友の俺に言ってくれなかったんだ!!!」
「………は!?」
「こんな御時世だ、一緒に幸せに暮らすのは難しかろう。だがな、歳、俺はお前とお前の子供位は幸せにしてやれると思っているぞ!? なのに…なのに、お前ってやつは、それを隠し続けて、あまつさえその子供を…子供を〜!!」
一気に語る近藤に、土方は頭が真っ白である。
子供!?
俺に子供!?
いつ、どこの、誰との!?
「……………!?」
思わず色々と回想してしまう土方である。
が、とりあえずすぐに思いつく存在はいない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 何かの誤解じゃないのか!?」
「何言ってやがる!事実、お前が子供を大切そうにおぶっていたという目撃証言もあるんだぞ!?」
その近藤の発言に、土方の眉間が「ん?」としかめられる。
「いくら離れたくないからといって、子供を隊士に…新選組に入れようとするお前の決意!俺は…俺に何故言ってくれなかったんだ〜〜〜〜〜っっっ!!!!」
この瞬間、土方の脳裏にピキーンと走る映像があった。
もしかして…
「こ、近藤さん、その子供ってもしかして…市村鉄之助?」
思わぬ近藤の迫力に、後ずさりながら尋ねる土方に、近藤は号泣しながら叫んだ。
「お前!自分の子供の名を、俺に尋ねるのか〜〜〜〜!!」
「やっぱりそうなんだな!?」
「可愛い少年じゃないか、鉄之助君は〜〜!!」
近藤が絶叫する前で、土方の血管がプチンと切れた。
『あんの…クソガキ!!!』



ドドドドドド…と鬼の足音に、すれ違う人々がギョッとする。
「市村鉄之助!!!」
バシーンッと沖田の部屋の障子を土方が開けると、中で総司と鉄が綾取りをしていた。
「あ、お父さん」ニッコリと鉄が。
「誰がお父さんじゃ!!」
「あ、おじさん」にんまりと総司が。
「誰がおじさんじゃ!!!」
あくまでニコニコしている二人に、土方の殺気走った目がギロリと向けられる。
「お前…近藤さんに、自分が俺の子供だって言ったな?」
「言いましたよ」
土方の詰問にけろりと鉄は答える。
「何でそんな事を言いやがる!?」
「だって〜年齢的にはありえますよね?」
「ありえるからって何だっ!!?」
「お父さんって、事を撤回して欲しかったら、入隊を認めろ」
ニヤリと笑う鉄に、土方がぶるぶると震える。
「こ、この、クソガキ〜〜!!」
土方は怒りのあまり顏を真っ赤にすると、刀をスラリと抜いた。
そしてギラギラと光る刀身を掲げると、鉄に向かって叫んだのである。
「ぶっ殺すぞ!!!」
だが。
「お父さんに殺される〜〜っ!!」
きゃ〜〜〜っっと叫びながら、小さな鉄は土方の脇をするりと抜けて、廊下へ飛びだしていった。
その叫びにワラワラと隊士が顏を出し始めると、鉄は芝居っ気たっぷりに叫んだ。
「あ〜〜〜れ〜〜〜!! 父上、お助けを、お助けを〜〜〜!!」
「あのやろうっ!! ちくしょ〜黙れ〜〜!!」
それを追って部屋を飛びだす土方。その背後で沖田がクスクスと笑っていた。
「やっぱり可愛いなぁ、あの子」



しかし土方にとってはそうはいかない。
「あ?土方さんの子供!? これが?」
「ぱっつぁん、これはヤバイだろう、コレは」
「ええっ!? 副長の子供っ!?このチンクシャが!?……でも、似てるかも?」
「うわ〜〜っ確かに生意気そうな顔つき」
「子供ってやっぱり親に似るんだなぁ。この、イタズラ猫っぽいところとか」
「つか、土方さんの子供なら、苛めても良いか?」
鉄が駆け巡るところ、隊士達が好き放題言っている。
「そうか…お前ら、そう思ってたのか…」
ゆらぁとそこに鬼の形相の土方が現れれば、一同はさ〜〜っと散っていく。
鉄は「ああっお父様っ」とまだ叫んでいた。
「この!! 俺の子供ならもっと二枚目ははずだ!」
逃げる鉄の首根っこを捕まえた土方は、口から火を吐きそうな勢いで怒鳴った。
そしてズルズルズルと鉄を引きずって玄関に行くと、彼をぽいっと放り投げたのである。
「出ていきやがれ!!!」
「そんなっお父様!!」
が〜〜っと吠える土方に、鉄がすがりつく。
「誰がお父さ…」
そう土方が言おうとした瞬間だった。
ごつん!!と土方の脳天に衝撃が走る。
「…!?」
思わぬ衝撃に頭を抱えて土方はうずくまった。
すると頭上から恐ろしい言葉がふりそそぐ。
「自分の子供になんて仕打ちだ!」
「こ、近藤さん!! ち、違うんだよ、こいつは…!」
そこにいたのは握り拳が震えている近藤だった。
彼は土方の訴えはきかず、鉄を抱き上げると幼子にするかのようにあやす。
「お〜よしよし。真っすぐな目をした良い子じゃないか。よし!大丈夫だぞ!この局長の権限で、君は今日から新選組の一員だ!!!」
「本当ですか!?」
うわ〜〜っっと喜ぶ鉄は、調子に乗って近藤に抱きついた。
そして近藤の死角から、土方に向かって「あっかんべ〜」をしたのである。
「…くっ」
ムカッと立ち上がる土方だったが…。
「そういうわけだからな、歳!この子を追いだしたら、俺が承知しないぞ!!!」
と、近藤の異例にすぎる采配により、文句がつけられなくなったのだった。





それから鉄は土方の小姓におさまった。
土方は近藤の誤解を解こうと必死になったが、結局暫くは聞き入れられず、最終的には鉄の協力を得て誤解を解いたのであった。
そう、土方も鉄の入隊を認める事を条件に。




以降の総司と鉄による土方への度を越したいたずらは…周知のとおりである。












□ブラウザバックプリーズ□

2008.6.9☆来夢

旅は道連れ、世は哀れ?




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