No Brand Saurus

立科は呆然としていた。
文の無事を確認したくて慌てて出向いた警察からもたらされた結果は、柿本が死亡したという事実だった。
爆発で吹き飛んだのは文ではなかったのだ。
何故、柿本が?
文については、柿本が所持していた携帯からその名前がクローズアップされていたらしい。
爆発直前に電話を掛けた相手が、文だと言うのだ。
その後、爆弾に付いていた携帯電話への着信が起爆スイッチを作動させ、結果として倉庫内での爆発を引き起こした。
文がそんなことをする筈が無いし、出来る筈も無い。
「高刀彰彦を調べて下さい!彼女はそこにいるんです!!」
拉致監禁されて。
実際に本人と会話をしたという立科の訴えに、しかし警察は二の足を踏んだ。
「高刀…」
荒神傘下の大物である。
だが、そこに本当に文がいるのならば、一筋の手掛かりではある事も確かだった。

彰彦や佐古が会社へ出ていた午後、電話を取った竜が頭を抱えていた。
その表情を見ただけで須和と弥彦の脳裏を1人の女性が横切る…遊莉だ。その電話は間違いなく遊莉からのものだろうと、竜が口にする前に須和が手を振った。
「俺は知らん」
「文さんに洋服沢山買ってきたから、玄関開けてくれって」
「もう来てるのか!?」
「いや、これから向かうからって…」
ひぃ〜〜っと須和が顔を掻きむしりながら叫んだ。ただでさえやりたくもない文の見張りでここにいるのに、更に遊莉がやって来るなんて悪夢だ。片方は彰彦の、片方は佐古、それぞれ大切な女だから厄介この上ないというのに。
「お前、相手して差し上げろ」
「俺がっすかーっ!?」
ええーっと流石に遊莉のマシンガン口撃に恐れをなしている竜も泣きそうな顔をしたのだが。
そんな彼らをいたぶる様に、その音は残酷に響いた。
ピンポーン、と。
来た、と背筋が伸びる。
須和と弥彦に追いやられる様にして、竜が玄関へ向かった。インタホンを取ろうとしていた保に「遊莉さんだから、門を開けちゃって下さい」と竜が声を掛ける。素直に開いた門を通って、さぁ遊莉が玄関に現れるまで、何秒かかるか…
再度鳴った呼び鈴に、「はいはーい…」と竜が間髪入れずにドアを開ける。
ここで数分待たせたら何を言われるか判らないからだが、彼はそこで目を丸くした。
「失礼、私こうゆうものですが」
ドアの向こうにいたのは遊莉ではなく、冴えないスーツ姿の中年男2人だったのである。
「…あ?」
黒い、顔写真付きの警察手帳を見たところで、竜は特別な感情は抱かなかった。
ただ遊莉じゃないという事で心が冷静になっていく。遊莉がそこに立っていれば狼狽えもするが、そうでないなら話は別だった。
「ご用件は」
「先日こちらの地区でありました倉庫の爆発について、地元住民の皆様に聞き込みをしに伺っています。ご主人はご在宅でしょうか」
「そうですか、…少々お待ち願えますか」
少し頭を下げながらも目は険しく刑事達を睨んだ竜が背を向けると、刑事2人も顔を見合わせた。

彰彦がその報告を受けたのは、職場での事だった。
目の前には相変わらず細い目を微動だにしない佐古が、淡々と彰彦に手に入れた情報を委細漏らさず伝えたところだ。
「死体が出たか」
「柿本だと確認されたそうです。爆弾に取り付けられた携帯電話がスイッチで」
「…文に手が伸びるな」
やはり根津はお婆の言葉を聞いていたのではないだろうか。「運命の女」を見つけたね、というあの言葉だ。ペアのグラスと良い、それを疑う理由ももう無いだろう。
「文さんには言いますか」
「そうだな…どうせ隠してたって報道されるのも時間の問題だろ?」
面倒だな…と彰彦が目元を揉んでいると、佐古の携帯が振動した。
自分にセクハラを働いていた男が死んだ事、直前にその男の番号からの着信があった事、それらを文はどう受け止めるだろう。柿本が死んだと聞いても、喜ぶ文の姿を想像する事は彰彦には出来なかった。
そもそも「喜ぶ文」というものを見た事も無いな…と彰彦が首を振った時。
「アキさん!」
佐古が鋭い声を飛ばした。
「警察が家に」

誰が訪ねてきたのかと気になるのは当然だろう。
ドアが開くや否や明るい声が飛び込んできたら、遊莉だとすぐに判る。しかし今日はその声は無く、対応に出た竜が慌てて戻ってきた。
「…何?」
そういえばこの家に誰かが尋ねてくるなんて、遊莉以外は初めて見たかもしれない。
保が焼いたスコーンにこれまた保が作ったジャムを塗りながら食べていた文は、保の巨体が向かった玄関をそっと伺った。保1人の大きな背中に隠れるようにして、どうやら2人ほど人が立っている様だ。
何だろうと興味深く耳を澄ませると、少しだけ聞こえてくる声。
…爆発…倉庫…不審な…柿本という…見た事は…
「…え?」
今、柿本という単語があった。
「ちょっ…」
聞き間違いか?いや、まさかそこにいるのが柿本なんて事は…
そう考えると文の体にビクッと細かい震えが走ったが、拒否する心と裏腹に、足が玄関の方へと向かう。
首を横に振る保の動きを見ながら、そっと廊下を進むと。
「戻って下さい」
脇からすっと出てきた須和が、小声で文の行く手を阻んだ。
「あ、今、知り合いの名前が…」
「アキさんが戻ってくるまで、奥にいて下さい」
小声で、そしてあくまでも文をまともに見ない様にして、須和が言った。触らないように、手の平を見せながら戻れとジェスチャーのように示す。そんな彼の体を避けるようにして文が玄関を覗き込むと、丁度響いた声があった。
「では、もし亡くなられた柿本さんについて気付いた事がありましたら…」
連絡を下さい、というその事務的な声に、文が「え」と声を上げた。
その声に気付いたのか、訪れていた男達が保の体の左右から奥を覗くように顔を見せる。
その顔と、文の目が合う。
「柿本って」
「あっ」
ぐいっと須和の体を押しのけるようにして飛び出した文に、須和の止める動きが一歩遅れた。女を触る、という事に躊躇したのだ。
パタパタと足音も露にやって来た文に、保が思いの外怖い顔をした。だが、文は構わずに男達に尋ねた。
「柿本が亡くなったって、言いましたか!?」
「あなたは?」
キラリ、と刑事達の目が光った気がした。
保がそれに気付いて、ハッと文の口に手を当てようとした。
しかし。
「あれ〜文?」
刑事達の背後から響いた、呑気な遊莉の声に。
「私は、春日文です」
文の自己紹介が響くのはほぼ同時で、そして保の動きよりも一歩早かった。










初出…2008.3.19☆来夢

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実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。