県立春日山高等学校も、夏休み直前

ハレルヤ!

「おー花火やろうぜ、花火」
相変わらず蒸し暑い部室で、烈人の手に握られた大量の線香花火に、一都が目を輝かせた。
「うわぁ、ありますねぇ!」
「…って、全部線香花火ですか…」
「おう、文句あるか」
嬉しそうな一都の隣で、透がテンションを上げられずに固まってしまう。
やっぱり花火と言えば、バビュー!とかシュコー!とかズバーン!とかゴゴゴゴ!だろう。
というのだが。
「バビューとかシュコーとかズバーンとか、擬音だけじゃわけわからねぇよ」
「だからぁ!もっと派手なのやりましょうよ!」
「ばっか!学校の中でそんなの出来るわけねぇだろ!」
「ええっ、学校の中でやるつもりだったんですか!?」
言い合う烈人と透をよそに、一都は「一本二本三本…」と笑顔で線香花火を数える。
「これだけあれば、1時間は楽しめますね♪」
うひひひ…と肩を震わせる一都に、烈人が眉をひそめた。
「こんなの束にしちまえば5分も持たねぇよ」
「駄目ですよ、一本ずつやらないと!」
「だから、花火はもっとグワーッとしたのが!」
「五月蝿ぇな!大体にして線香花火で1時間とか、誰がやるんだ誰が!」
ぎゃいぎゃいと喧しい後輩に烈人が怒鳴ると、すかさず一都の手が上がった。
右手を垂直に、上に。
「俺がやります♪」
その笑顔に、透がポンと手を叩いた。

思い返せば中3の夏。
「あの日、皆で花火をする約束だったのに、透が遅刻したんです」
「しょうがねーだろ、呼び出し受けてたんだから」
「ちなみに何で」
しみじみと思い出を語り始めた2人に、烈人が団扇を仰ぎながら尋ねた。
生徒会側から扇風機を持ってきたいところだが、生徒会長の伊庭がいないと、何となくその気にならないのだ。そんな烈人の気持ちは露知らず、窓の向こうの青空に目を細めながら透は言った。
「数学の提出課題だったテキストブックを、全ページのり付けしました」
こつこつと。
米粒使って、こつこつと。
全部のページを片隅だけに、こつこつと。
そして提出したという。
「馬鹿」
「でしょー」
「数学なんて抹殺してしまえば良いんだ!!」
「お前、よく受験受かったなぁ」
呆れ半分感心半分で烈人が言うが、一都は呆れ100%だ。
「後から聞いたら、先生は『もしかしたら回答が書いてあるんじゃないか』って、くっついたページの間間を覗いてみたらしいっすよ。疲れた分、怒りも増したって」
「そんな努力するなよな!」
「お前の努力の方が無駄だよ」
ぺしっと団扇で透の頭を叩いてから、烈人は「で」と一都を見た。
それが花火とどう繋がるのか、と。

つまり、透が来ないと彼の言うところの「派手な花火」が始められない。
しかし透がいつやってくるか判らない。
そこで、退屈し切った一都達は…
「地味な花火をしながら待とうという事になったんです」
「で、線香花火か」
イエス、と頷く一都に、今度は透が呆れ顔で語った。
「で、俺が遅ればせながら到着したら、ですよ」


街灯の下で円陣を組んでしゃがみ込み、線香花火に興じる一団がいた。


「しかも警官に職質受けてました」
「別に俺たちが悪いわけじゃないって!」
自分たちは純粋に花火をしていただけだ!と言い張る一都には悪いのだが。
確かにその光景を想像すると、ちょっと異様な熱気を感じるよなぁ、と烈人は思った。
というか、円陣を組む必要はあるのか?
「線香花火競走をするには、一番良い陣形だったんです」
「陣形って」
「外からの風も遮断できるし」
「遮断って」
「そのうち、あの狭い空間で頑張る線香花火に愛着が…!」
「頑張るって…」
目をキラキラさせる一都を団扇で扇ぎながら、烈人はそのキラキラを遠ざけようと必死だった。

とりあえず線香花火愛を語る一都はおいておき。
「ところで、この線香花火はどうしたんですか?」
応援団の部室に花火があるのも不思議だが、それが線香花火だけというのもまた不思議。
「あー去年、肝試しで使えないかなって、大人買い」
「使えたんですか?」
「使えなかったから余ってるんだろうが」
去年のじゃ湿気ってるんじゃないかと落ち込む一都の傍らで、もう一度、烈人が透の頭を団扇で叩く。
「肝試し?」
「おー夏休みに入ったらやるからな、やるんだからな、やるんだぞ」
「何で念押しするんですか」
「ここが本場だから」
「は?」
透と一都が、揃って烈人から1歩遠のく。
何となく、冷たい風が脇をすり抜けたような…
「本場って?」
「だから、うちの学校が本場だから」
「いや、だから本場って…」
ゾゾゾゾゾ…と何かが湧き上がる背筋を擦りながら、一都が透の後ろに隠れた。
盾にした透の腕にも、鳥肌が立っている。
「知らなかったのか?うちの学校って、スポットとして有名なんだぜ?」
「スポットって…」
「心れ…」
「ぎゃああ〜〜〜〜っ!!!お、小曽根先輩、嘘だって言って下さいよ!!」
悲鳴を上げながら抱き合った2人は、思わず烈人の相棒の名を叫んだ。
何となく千尋ならお化けもはね除けてくれそうな気がしたのだ。
別に彼が寺の息子とか教会の息子とか、そうゆう事はないと思うのだが。
例えそうだったとしても、別にだからお化けをはね除けられるとは限らないのだが。
だが、そこで2人は揃って気付いた。
「あれ?そういえば小曽根先輩は…?」
そういえば、部室に千尋の姿が無いという事に。

烈人がいれば千尋が一緒なのが当たり前。
教師たちもそんな風に思っているくらいだから、2人がそう思い込むのも無理は無い。
「ま、まさか途中でドロンと消えたとか…っ!」
「小曽根先輩は雪女か!?」
「あいつ男だぞ」
一応、と訂正しながら、烈人が「あいつも呼びだし食らってんだよ」と教えてくれた。


小曽根千尋。
悪名高き岩田烈人の相棒。
烈人がどのように悪名高いかはよく判らないが、とりあえず彼とコンビ扱いはされている。
と、千尋本人も自覚はしていた。

「何でよりによって岩田なんだ」
目の前で渋面を作る美術教師の中松に、細くも小さくも無い体育教師の細井がその太い首を横に振った。
「いやいや、問題はそこじゃありませんよ」
「だって私は課題に『自画像を描け』と出したんですよ?」
「自分の顔より見慣れてる顔を描きました」
しれっと中松の疑問に答える千尋。
呼び出しを受けて職員室にやって来ても、その飄々とした態度は崩れる事を知らない。
「ま、僕の青春時代を代表する顔の一つって事で」
「成程〜」
「や、だから問題はそこじゃありませんって」
思わず納得する中松に、細井がやれやれと太い腕で頭をかいた。
彼らが千尋を呼び出した理由。
それは、彼が美術課題に提出した絵にある。
中松も言う通り「自画像」という課題に、千尋は烈人の顔を描いたのだが。

「なーんで、黄色一色なんだ?」
目にも眩しい黄色一色のキャンバスに、教師たちが首を傾げたのが理由だった。


「出来、悪かったですか?」
「いいや、素晴らしいよ」
「ありがとうございます」
「でも、この顔は岩田の顔なんだよなぁ」
「いつも目の前にあるもので」
「そうかぁ、考えようによってはそれも自画像かぁ」
うんうんと語り合う千尋と中松に、細井が「はいはーい」と割って入った。
確かに出来は良い。
コンクール出展の話もある。
だがしかし、余りに目立つ黄色一色に数人の教師から「大丈夫か?」という疑問が湧いたのも事実。
「何か理由をくれ」
黄色だけで描いた理由を。
そうお願いする細井に、千尋は暫し宙を見つめてから。

「青春って、眩しいじゃないですか」
ニッコリと笑って答えた。











初出…2008.7.28☆来夢
実話が入ってるんです…3つほど(笑)

□ブラウザバックプリーズ□

実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。