県立春日山高等学校の生徒会室には魔物が住む。

ハレルヤ!

「そんな噂を耳にした事があるかね」
「無いです」
目の前で優雅にお茶を飲む烈人に、一都が素直に答えた。
手にしているのがペットボトルなら判るが、本当に優雅なティーセットをご使用中だ。
傍らにはトボトボと自分のカップに紅茶を注ぐ千尋の姿。
よく見るとドレッドへアっぽい風貌の千尋は、一都と透にもそれを用意してくれた。
「ここって、生徒会室…ですよね」
「その通り」
「先輩達は応援団部ですよね」
「よく覚えてたね」
ニコニコと微笑む2人に、一都と透が顔を見合わせた。
さて、状況がよく理解できないのですが…と思っていると。


「やっぱりポットを勝手に使ってるじゃないか!」
ヒョイっと烈人と千尋の背後から顔を出したのは、インテリ風眼鏡の生徒だった。


どこかで見た記憶があるような?
首を傾げる一都達に構わず、彼は烈人に向かってガーッと口から炎を吐きそうな声を上げた。
「うちの備品を勝手に使うなと何度も言っているだろう!」
「うちのって事は我が校のもんだろうが。同じ生徒同士なんだからケチケチすんな」
ズビーと紅茶を啜る烈人。
ムムッと唇を噛むインテリ眼鏡。
「大体にして、どうしてここを部室として使用しているんだ!」
「ドアがあんだろ〜昔から」
「そっちとこっちは、棚で区切られていた筈だろう!?」
「棚が消えたんだよ、ある日忽然と」
「まるで魔法のように」
上から怒鳴られてもへっちゃらな烈人に、千尋も優雅にティーカップを傾けながら笑った。
ああ、つまり…と一都達は理解した。
どうやらこの部屋は棚によって二分割にされていたらしい。
それをこの2人が勝手に繋げて、そして「あちら」のスペースの備品を勝手に使っているらしい。
「一都」
ちょいちょいと透がドアから顔を外に出して、手招きする。
何だと彼と一緒に廊下に顔を付き出した一都は、透の指さす物を見て納得した。
「ああ、成程」

部屋の後方のドアには「生徒会」というプレートが。
部屋の前方のドアには「応援団」というプレートが。

確かにここは間違いなく応援団の部室で、確かにそこは間違いなく生徒会室なのだ。


つまりあのインテリ眼鏡は。
「我が校の誇る、品行方正にして成績優秀・スポーツ万能な生徒会長、伊庭賢司君だよ」
パチパチパチ…と拍手しながら紹介する千尋に、伊庭生徒会長は叫んだ。
「俺はいつかお前らに勝ってみせる!!!」

き〜〜っと言いながら去っていった(と言っても、部屋のあちら側に寄っただけ)伊庭の後ろ姿に、一都が尋ねた。
「勝つ?」
キョトンとした後輩に、烈人がチラリと千尋を見た。
同時にチラリとレットを見る千尋。
何とも息の合った動きを披露して、2人は同時にフルフルと首を緩く振った。
「ま、それは置いておいて」
「さておかないで下さいよ」
「良いから置いとけよ」
「あ、さっきの生徒会室に住む魔物って、もしかして2人の…」
あーっと何か発見をした子供の様に声を上げた透だったが、その瞬間、彼のおでこに分厚い辞書がヒットしていた。
スコーンといい音を立てて崩れ落ちる友人に、一都がゴクリと唾を飲む。
…そうなのか。
「まったく、埃を立てるな埃を!」
しっしっとティーカップの周囲を払う烈人より、一都が恐ろしく感じたのは。
「カフェ・リンガフランカ特製の紅茶なんだよ」
飲んでご覧と優しく微笑む、しかし辞書を投げた張本人の、千尋だった。


それにしても、応援団の部室には烈人と千尋、そして一都と透の4人しかいなかった。
はて、他の団員はいつ来るのだろう?
「さぁ、不定期集合だからな、うち」
ケロリと烈人が言い放ってくれた。
つまり、毎日熱心に活動しているわけではなくて、気まぐれにこうして過ごすだけの部活という事か。
「失礼な!活動をする事だってある!」
「…いつですか」
「文化祭と体育祭?」
「うわぁ、2学期限定」
何とか復活した透の唸りに、烈人がちっちっちっと指を振った。
「後、応援を求められた時もだ」
限定じゃないぜ、と言いたいらしいが、どっちにしても何が変わる話でも無い。
そんな暇な活動内容なら、どうして自分たちを引きずり込むのだろうか。
一都は未だに捨て難い「帰宅部」への夢を熱く語りながら、2人にその辺りの解説を頼むと…


「跡取りが欲しかったから」
「小間使いが欲しかったから」

2人の声が綺麗に被った。
…後半だけ。


「小間使いって言いましたよ!?今間違いなく小間使いって!!!」
ぎゃーっと抱き合う一都と透。
「こらこら千尋君、本音を言っちゃいかんだろう」
「いやぁ、根が素直なもので」
だが、後輩が騒いでも2人は余裕だ。
「確かに小間使いが欲しいとも思ったが、俺達だって伊達に人気者をやっているわけじゃない。どうでも良い輩を入れるワケにもいかなかったから、それなりに苦労して選出したんだぜ〜?」
「一都がフラれたのを見て決めたのが、苦労した選出!?」
「俺がフラれたんじゃねぇよ!!」
色々突っ込みたいポイントは多いが、とりあえずそこが最優先で訂正すべきところだ。
自分がフラれたのではなく、自分の下駄箱の前任者がフラれた。
これが一都の言い分である。
「どっちでも良いけどよ、面白かったから良いじゃねぇか。悩んでる最中にお前がフラれて、おあつらえ向きに相棒がいて、ま〜ま〜ま〜1000歩位後ずされば、俺達ほどとはいかないのは当然としても、それなりに見られるルックスでもあるし…」
「フラれてませんて!」
「やっぱり俺はオマケ!?」
「オマケも重要だぜ?最近はオマケの方が充実してるお菓子の方が多いんだからな!というわけで、上手く調教すればまぁまぁ使い物になりそうなコンビだから、こうして栄誉ある応援団にいれてやったというわけだ」
「俺達はお菓子じゃありません!」
「コンビじゃないっすよ!!」
「充分息が合ってるじゃないか」
あははは〜と千尋と笑いあう烈人の言い分に、2人が更に抗議を重ねようとした。
その時。


「喧しくて会議が出来ないから出ていってくれ!!!」
伊庭生徒会長に怒られて、部室から追い出されてしまった。


ポイポイと廊下に投げられた一都と透は、尻餅を突いて見た世界に目を丸くした。
目の前に、鍋。
廊下の真ん中に、鍋。
「何してんだ、お前ら」
「あ、中松っちゃん」
それは、巨大な鍋を両手に抱え持った、美術教師の中松だった。


工具入れを腰に下げ、ワークパンツにブーツを履いた姿は、どう見ても建築現場の職人である。
どこからどう捻ったら美術というキーワードが出てくるのだろうか。
それより何より、その鍋は?
「鍋するに決まってるだろうが」
ポカンとする一都と透を呆れた顔で見下ろして、中松はそう教えてくれた。
いや、全然判らないのだが。


「学校で鍋するんですか」
「どこでやろうが自由だろうが」
のっしのっしと鍋を両手に去っていく中松に、後から声を掛ける事は出来なかった。
「中松っちゃんの鍋は最強に美味しいんだぜ?」
「真夏にキムチ鍋やられた時は、ちょっと凄かったよね」
くっくっくっと笑う先輩2人と、去り行く教師と、自分たちを放り投げた生徒会長と。


「何なんだよ…」
「俺が知るか」
一都と透は、前途多難な学園生活を思って溜め息をつくのだった。


ちなみにその頃の職員室では。
「はーい、リンガフランカ特製の紅茶にコーヒーはいかがっすか〜?」
茶髪のパーマを一本に結いた生徒が、トレイ片手に営業スマイル全開。
テストシーズンでも無いので、生徒の立ち入りは制限されてはいないのだが。
「渋谷〜お前なぁ、教師相手に商売するなよ」
「そ〜んな先生に美味しい情報を♪このブレンドコーヒー、うちの姉(21歳)が煎れたものですぜ」
そそっと男性教師の耳元で囁く渋谷の声に、ガタガタと複数の教師の立ち上がる音がした。
彼らは一斉に渋谷の元に集まると、持参のマグカップを差し出した。
「お前の姉ちゃんって事は、リンガフランカの看板娘だな!?」
「そのとーり」
「我が校の卒業生にして、我が校始って以来の美少女と謳われたあの…」
「そのとーり」
「典子さんはお元気かね!?」
「コーヒー1杯いかがっすか?」
ふがーっと鼻息の荒い独身男達を前にして、渋谷がにんまりと笑った。

「典子さんとこ寄って帰るか〜?」
「そうだね、紅茶も途中になっちゃったし」
放課後の校舎を後にする烈人と千尋の声は、幸いにして職員室には届かないのだった。











初出…2008.1.7☆来夢

□ブラウザバックプリーズ□

実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。