県立春日山高等学校の春は曙。

ハレルヤ!

「…9時になろうとしてるのに、何でこんなに人がいねぇんだよ」
時計の針は確かに9時10分前。
一都の腕時計も同じ時間を示しているのに、未だに教室には10人に満たない生徒しかいなかった。
目の前の透以外は名前も分からない連中ばかり。
「あ、お経が聞こえる」
「本当だ」
透の言う通り、廊下の方から読経の声が聞こえてくる。
何だろう、どこかで葬式でも始ったのか?
チラリと覗きに行こうとした2人を、突然教室に入ってきた声が止めた。
「勧誘されるぞ〜取り憑かれるぞ〜!」
「え?」
「本当に見えるんなら、それも良いかも知れないけどね」
教室の前ドアから顔を見せたのは、2年生の二人組だった。この学校では制服のネクタイラインの色で学年が判るようになっている。ちなみに2年生は赤で、一都と透は1年生の緑だ。
「取り憑かれる?」
「あれは成仏部。校内の未成仏霊を成仏させるさせる事を活動目的とした、部活だよ」
二人組の長髪の男が、ニッコリと微笑んで教えてくれた。
「ついでに興味を持った奴を取り囲んでお経を聞かせて入部を迫る、という事もしてる」
二人組の茶髪の男が、二カッと笑って教えてくれた。
そう言われてみれば、お経の声に混じって「ぎゃ〜」だの「うわ〜」だのという悲鳴も聞こえているような。もしかしたらあれが、入部を迫られている者達の悲鳴だったりするのだろうか。
うわぁ、と顔を見合わせた一都と透は、ふっと目の前の2人を振り返った。
「ところで、どちら様で?」
「何で2年生がこんなとこにいるんすか。授業が始る時間でしょ」
こちとら未だに生徒も揃わなければ、先生も姿を現しませんが。
自分達の事はとりあえず棚上げで、目の前の先輩2人に尋ねると。
彼らは同時に笑って、同時に言った。
「今、勧誘タイムだから」


春は新学期シーズンである。
希望を胸に、睡魔を頭に抱えた若者達が、新たなる門出を迎える季節である。
「どこもかしこも新入生狩りに勤しんでるから、1,2年は授業にならねぇんだよ」
「新入生狩りって」
ドカっと机の上に座った茶髪は「岩田烈人」と名乗った。
「1年生は皆そこかしこに拉致られて、中々教室まで辿りつけないんだよね」
「拉致って」
烈人の傍らの長髪は「小曽根千尋」と名乗った。
しかし、一都と透には疑問が残る。
「俺らは普通にここまで来たよな?」
「ああ、確かに喧しい学校だな…とは思ったけど」
正面玄関を通って下駄箱から階段を登って5階の1年生の教室まで。確かに朝からテニスラケット持った連中が走り回っていたり、柔道着の軍団がいたり、野球のボールが飛び交っていたり、廊下でデッサンをとっている輩や、スピーカーから管弦楽を流す集団がいるとは思ったが。
「5階まで誰にも呼び止められなかったぜ?」
うんうんと頷き合う2人は、大体にして教室が5階ってどうゆう事かと不満タラタラだった。4階が2年生、3階が3年生、2階に職員室やら特別教室やら、1階は下駄箱と更衣室と特別教室が揃っている。その他に管理棟と呼ばれる建物がある。割りと大きな学校だ。
「ああ、もう部活に入った奴は狙われねーんだよ。そうゆうリストはすぐに出回るからな」
「へ〜って、俺らは何にも入ってないっすよ?」
「入ってるんだよ」
「何に?」
ポカンとした2人に、小曽根がポケットから2枚の紙を取り出した。
そこには「入部届け」という文字と、2人の名前が書いてある。
そして、真ん中には「応援団」という文字が…


「応援団?」
「これ、本人控えね、はい」
どうぞ、と手渡された紙をしみじみと見つめて、一都が手を上げた。
「意味が分かりません」
「応援団に入部したんだよ、お前ら」
「事情が飲み込めません」
「烈人が団長で俺が副団長だよ、宜しくね」
はい、と続けて手を上げた透は、千尋の答えに眉間に皴を寄せた。
「あなたが団長で、あなたが副団長…」
「で、お前らが団員。他の連中は後で紹介すっから」
一都と透は顔を見合わせた。
元々同じ中学の連れなのだが、どちらも「俺、応援団入る」と言った記憶も言われた記憶も無かった。
「勝手に人の名前書いちゃ駄目でしょ!?」
「いーんだよ」
「先生が許さないっしょ!?」
「許されるんだよ、俺達なら」
「何で俺達を!?」
気がついたら応援団に入部してました。
寝耳に水なその展開に、後輩2人が同時に声を上げると。
待ってましたと烈人がニヤリと笑った。

「ごめんね、あなたとは付き合えません」
一都がそう言われたのは、下駄箱での事だった。

入学式前に行われた入学説明会の日、1,2年生は春休みだった為に部活動の人間しか登校していなかった。
どうやら旧1年生の下駄箱の持ち主と間違われ、どうやら「フラれた」らしい。
見ず知らずの女の子から「お断り」された一都は、5分ほどフリーズしてからその結論に辿り着いたのだが。


それが、決定打だったそうだ。
「そりゃお前、告白もせずにフラれた男だぜ!こんなおもろいもん見せてもらったんだから、気に入っちゃったんだよ!」
ガハハハハ!と笑う烈人に、一都は顔を赤くして頭を抱えた。
まさか見られていたとは。自分は完全に被害者というか、無関係なのだから何てこと無い筈なのだが。
「何だかすげぇ恥ずかしい」
「泣くな一都、きっとお前を振り向いてくれる女もいるさ!」
「俺がフラれたんじゃねぇよ!」
よしよしと一都を慰めていた透は、ガウッと吠えついてきた彼を避けながら小曽根に尋ねた。
「俺は?」
「この子の友達だから」
この子、と指さされたのは一都。
つまり、一都の巻き添えらしい。
「俺は添え物か!」
「俺に言うなっ」
先輩に文句は言えず噛みつく透に一都だって噛みつき返す。
「せっかく…せっかく高校では夢の帰宅部でバイト三昧、遊び三昧しようと思ってたのに!!」
「あ〜判る判る。中学って部活に絶対入部ってとこ多いもんな」
「しかもよりによって応援団って、きっと男だらけのむさい部活なんだっ」
「まー確かに男しかいねぇけど?」
「男どもに囲まれて男臭い青春を過ごすなんて嫌だっ!!」
「告らずにフラれるお前と違って、俺はそんなに女に苦労してねぇけどな」
「俺も〜」
「フラれてませんて!!!」
うんうんと一々返事をくれていた烈人は、一都の抗議を無視して時計を見上げた。そろそろ1限目も半ばに差し掛かる時間だ。…が、生徒はまだ教室の半数にも満たない。
「とりあえず放課後迎えに来てやるから、待ってろよな」
どうやら引き上げようとしている彼らに、透が質問をした。
「入部を拒否ったらどうなるんすか?」と。
すると。


「………楽しい3年間が始るだけさ」
烈人と千尋がニヤリと笑った。
それも、地響きを感じるような凄みのある笑顔で。


「…背後に虎が見えた」
「え、俺は鎌を持った死神だった」
あははははは、と笑うしかない一都と透に、2人の笑顔は瞬時に「普通」に戻る。
「じゃあ後でな〜」
「逃げても無駄だからね」
おほほほほほ、と2人の姿がドアへ消える。
突然現れて突然去っていく。
何が何やらと一都と透が顔を見合わせると、どちらかが口を開くより先に、廊下から野太い声が響いた。


「おー岩田、まーたまた小曽根と一緒か」
「人をセット物みたく見ないで下さいよ」
「嫌なら割れてみろ」
そっと廊下を覗くと、そこには岩田の遙か上に顔が突き出る大男・体育教師の細井がいた。どこが「細い」のかと思うが、名前だから仕方ない。ちなみにこの細井が、一都達の担任教師の筈だ。
「小曽根〜お前、今年こそはプールは入れよ」
細井にあっかんべーをして四字固めを受けている烈人を助けようともせず、千尋が首を傾げた。
まるで優雅なお嬢さんだ。
「困ったなぁ、生理なんですよ」
「1ヶ月ずっとか」
「予定では」
「止めろ」
「無理を仰る」
「岩田に止めさせたら良いだろうが」
「ギブギブギーブ!!」
何事も無かったように微笑むだけの千尋に、細井は烈人の悲鳴を聞いてから漸く彼を解放した。


さて、と一都が透を見つめ、透が一都を見つめる。
廊下では相変わらずお経が鳴り響き、烈人と千尋は呑気な足取りで階下の教室へと去っていく。
教壇に立った細井は少ない生徒数に何の反応も示さず。
スピーカーから女性教師が淡々と告げた。
「はい、そろそろ朝の勧誘終了して教室に戻って下さい」

漸く、新一年生の授業が始る。












大昔に姉妹サイトでUPしていたお話を、記憶を頼りに再構築してみましたっ
初出…2007.12.19☆来夢

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実在の人物・団体・地域などに一切関係ありません。フィクションの塊です。著作者は来夢です。無断転載禁止です。